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編入試験 其の1

 ――リブラ帝国上位区画内 要人宿泊施設内


 朝。目を覚ませば何とも非日常的ではあるが同時に懐かしくもある光景が広がっていた。


「ム~ム~!!」


 縛られてるよ。アメジスト縛られてるよ。だけどルチルはいないのに誰が――いや、しかし本当に懐かしい光景だ。何時ぶりだろうか。


「おはようございます」


 うわっ。と、少し昔を思い出している最中、不意に掛けられた声につい反射的に叫んだ。起き上がって声の方を見るとエンジェラの姿。君、なんでいるの?いやそもそも鍵は?


「昨日言い忘れてしまった学園に関する情報について教えておこうと思いまして。後ついでに朝食も持って参りました。大したものではありませんが腹に収めておいてください。味の方は問題ないですよ。私を含む兄弟達は武術魔術勉学は当たり前、掃除洗濯から料理に至るまで一通りをこなせるよう厳しく教育されておりますので」


 良い人でした。第一王女の肩書きと初対面の対応から随分と冷めた印象持っていたけど――


「そんなふうに思っていたんですか?」


 だけど良い人でした。良い女ってこう言う人を言うんだよね。シトリンとかもそうだけど。


「んなッ。そ、そそそそそそうかかかッ!!」


 すいません、また声に出してました。


「う、うむ。と、ところで此奴は誰だ?リュウイチ様のお部屋に不法侵入しよううとしていたので捕まえたのだが?」


 総裁です。言えないんですけど、非常に残念なお知らせなんですが総裁なんです。


「むむむむーむむむむむーむむむむむむむむー」

(わたしはあなたのおよめさんですよー)


「知り合いです」


「知り合い、ですか?」


「むむむむむむぅ。むむむむむむむむー」

(違いますよぉ。およめさんですよー)


「何か否定しておられるようですが?」


「知り合いです」


「そ、そうですか」


 彼女はそれ以上言わなかった。アメジストにはそれ以上喋らせなかった。コレ、入学初日の朝なんすけどね。


※※※


 ――学園前


 武術とは付いているが、それでも学園という位だから中学校とか高校をイメージしていた。が、ちょっと浅はかだった。先ずそもそも学園とは言うが超巨大な敷地の奥にポツンと建物があるだけ。しかもそれ自体も荒天用の室内訓練所が大半を占め、教職員や生徒用のスペースなどは全体からすれば殆どないに等しい。


 入学した生徒は入学試験の結果や本人の希望や適正などの諸々から総合的に判断され、それぞれ近衛、鉄騎兵、魔獣駆除の専門学科に回される。学科としての上下は一応ないが、やはり近衛は他の2つよりも上の扱いらしい。精鋭中の精鋭という触れ込みなので仕方ない。

 

「ソイツが編入生か?」


「は、はい。アンダルサイト様」


 隣を歩く職員に施設や学科の情報を教えられる最中、不意に背後から声がした。落ち着いた男の声とその声に驚きながら反応する職員の声に、反射的に振り返った。


 俺よりも一回り以上は背の高い精悍(せいすい)な顔つきの男が立っていた。短く切り揃えられた髪、身体つきはジルコンと比較すれば細いが、それでも十分以上に鍛えられているのが一目で分かる程度にガッチリとしている。


「なるほど。あのジルコンが推薦したと言うからどれ程の化け物かと思ったが、見た目は案外普通だな」


「そうですね。ですがこんな時期に特別推薦されるというので生徒達も色めきだっていますよ」


 突き刺すような2人の視線に冷淡さと疑念が入り混じっているような気がした。特にアンダルサイトは露骨に品定めか値踏みでもしている様にジロジロと見下ろしている。


「試験内容は?」


「教職員との模擬戦を予定しております」


「身体能力の測定は必要なしか。分かった。時間を少し伸ばせ、俺も見ておきたい」


 アレ?話と違うような、確か身体能力の測定じゃなかったか――と疑問を口に出せない間にも話はドンドンと進む。


「承知しました。しかし、授業の兼ね合いもございますので長くは伸ばせませんが、宜しいでしょうか?」


「構わん。では頼んだぞ」


 そう言うと男は俺に見向きもしないまま通り過ぎた。十分以上に鍛えらえれた肉体が俺の横を掠めるように通り過ぎた直後、鋭い針で刺されたようなチクチクとした感覚が表皮から身体を突き抜けた。


「気迫には敏感なようですね、しかも気圧されている様子もない。結構、結構」


「気迫?」


「人の意志が発する目視出来ない力のことですよ。弱い意志は強い意志に呑まれ、戦意を喪失してしまうケースもあります。では参りましょうか」


 アンダルサイトの背を見送った職員が試験会場へと促す。チラ、と目を見た。やはり、さっきよりも明らかに冷めていた。いや、どことなく敵意さえ感じる。


 一体何がどうなっているのか、あの男はそれ程に影響力が強くて(当たり前だけど)、俺を気に掛けているからムカついたとか、だろうか。いやそうであって欲しい。それ位に単純ならコッチも動きやすいんだけど。いやそれよりも試験内容が急に変わったという方が問題だ。ただの手違いとか、急に変わったとかなら問題ないのだけど。


 ※※※


 ――武術学園 中庭


「試験管は東洋武術と西洋剣術の師範クラス。まず勝ち目はありませんが、試験内容は勝敗を見ていません。アナタの実力と適性を測る為という目的をお忘れなきよう。勝敗に気を取られて実力を出し切れない無様を晒す入学試験生は後を絶ちませんので、念のため忠告しておきますよ」


「ありがとうございます」


「結構、素直なのも天より与えられた才能です。さて、では準備は宜しいですか?」


 試験の段取りを整えた教師が俺にそう尋ねた。準備は万端でコチラは問題ない。が、アッチはどうだろうな。ねめつけるような視線を向ける西洋剣術師範は、さっき廊下で通り過ぎた時に感じた気迫を俺にぶつけている。


 最初は見下していると感じたけど、これはどうも違う。まるで殺すつもりみたいだとさえ感じた。まさか、ね。たかがテストで殺し合いになる訳が無いか。


「お、やってるな」


 意識を強引に切り替えようとした矢先、試験内容を評価する為に集まった職員がざわつき始め、同時に聞き覚えのある声が耳に届いた。ジルコンだ。


 抜きんでて背の高い彼に周囲の視線が一気に集まった。それはもう試験など眼中に無いと言った感じで、俺達以外の誰もが羨望の視線を送った。


「アナタの推薦とは言え手加減はしませんよ?」


 ジルコンの扱いに酷く不満らしい試験官が、フンと鼻息を荒げながら厭味を飛ばす。


「それは手厳しい。アナタに勝つにはまだまだ経験が足りませんから、どうか優しくしてあげてくださいよ」


 露骨な不快感を露にする試験官をジルコンが軽くいなしながら、同時に目配せをした。


「オホン。それでは試験を開始してください」


 何はともあれ試験が始まった。ルチルや皇帝と約束した手前、派手に目立つ真似は避ける必要がある。とは言え、試験でそこまで派手に暴れる事など無いだろう。


 ただ、と俺の相手をする試験官を見た。異様なまでのやる気は本当にジルコンが嫌いという理由だけか?

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