リブラ帝国 ~ リブラ城 其の2
「父上、説明が簡潔すぎますわ。リュウイチ様、学園と申しましても一般的な学問を修める場所ではございません」
背後から疑問に回答したのはエンジェラ。そうなんだ――と納得しかけた直後、ン?と思考が停止した。あの、なんで急に様づけ?ソレに視線がちょっと、怖いんですけど――
「此度の件、アナタは改めて皇帝陛下からの依頼を受諾しました。この国の頂点たる皇帝陛下から直に受諾した依頼を遂行する必要がある以上、アナタを阻む者があってはなりません。つまり、アナタの立場は実質的に私よりも上です。そもそも、私を従えなければ円滑な調査は不可能です。従って敬称を付けるのはごく自然でしょう?」
あぁ、そうか。いやホントにそうか?でも、仮にそうだとしてなんで当たり前の様に俺を敬称で呼べるのこの人。切り替えが早すぎるんですけど。いや、悪いことじゃないですけどね。
「納得していただけたようですので続きを。学園と銘打ってはいますが、要は近衛兵と鉄騎兵の登竜門です。この都市には様々な職があり、誰もが比較的容易に好きな職に就けるようになっていますが、唯一近衛兵団と鉄騎兵だけは学園卒業が条件となっております。また有能な人材登用を目的に年齢性別の上限下限はありません。年若く入学する者もいれば、齢30を過ぎて門を叩く者もおります」
なるほど、凄い柔軟な方針なんだな。後、話の腰を折りたくないので言えないんですが様付けの件は全然納得してませんよ。
「そうでもしなければ守れない、この大陸が未だ不安定な証左だよ。残念だがね。話の続きだ。実はその学園に丁度3人が集まっている。1人は生徒、1人は特別顧問、もう1人は学園長だ」
「つまり、俺は学園に潜入して3人の素性を監視しろと?」
「いや。アンタの有能さはアタシ達全員が知っているが、残念だけど腹芸までは評価してない」
上げてから落とすなぁ。
「そーもーそーもーぉ」
ルチルはそう言うと俺の前に立つと、際立って整った顔をグイっと近づけた。吐息を感じ、揺れる髪が顔を撫でる距離にまで近づくと、眉と口がほんのりと吊り上がっているのが分かった。
「なーんで逐一目立っちゃっうのかなぁ、ナギ君はぁ」
「落ち着き給えよるルチル君。鉄騎兵の件は彼等の暴走が原因だそうじゃないか。ならば責は此方にある。今更だが、済まない」
「だーからってさぁ。逃げる事も出来たよねぇ。ナ・ギ・君?」
はい。逃げればよかったと思っています。ちょっと頭に血が昇っていた点は素直に反省しております本当です。
「確かに、学園内部から監視する為に目立つのはマズいですからね」
「君の噂については鉄騎兵団の面子に関わるという理由で箝口令を敷いた。何処まで隠し通せるかは疑問だが」
「ツー訳だからぁ。これ以上は目立つなよ?絶対だぞ?」
「君の役目は内部からの監視。情けない話ではあるのだが、人類統一連合の口車に乗せられた人間が誰かはっきりしない以上、信頼できる人間にこっそりと立ち回ってもらうのが安全なのだよ」
「分かりました。でも、あの……今思ったんですけど、記憶を読む魔法陣って使っちゃダメなんですか?」
素朴な質問を投げてみた。まどろっこしいことしなくてもソレで解決するんじゃないかと思ったのだけど――全員の表情が露骨に暗くなった。
「ヴィルゴの件が無ければ、な」
「アレの影響は想像以上に大きな影響を各地に及ぼしています」
「ウム。実は記憶転写の魔法陣を禁術指定にする動きが出ているのだよ」
禁術指定。この世界の用語はほとんど知らないが、それでも何となくだが意味は伝わる。要は危険だから使えないようにしようって事か。確かにあんな事件があれば仕方がないか。
「本来、記憶転写ってのは異文化交流の為に姉貴が用意したモノなんだ。記憶を魔力に変換、抽出する事で誰かから別の誰かに記憶を渡す。そうやって言語や文化を素早く理解し、相互理解を達成、争いを減らすって目的で創った」
「だが、最悪の形で悪用された。魔術には改変禁止の規定があってね。各都市に設立された魔術ギルドはその規定を遵守する義務を負い、コレを破れば厳しい罰則を受ける。が、ソコに来て今回の件だ」
「魔術ギルドは今回の件で相当叩かれています。記憶を強引に書き換える改変は並みレベルでは不可能な上、安定させる為には相当数の実験が必要な筈。なのに全く検知出来なかった」
「無論、我々も同じだ。今、世間の目は魔術ギルドと我々為政者に対し非常に厳しい。そんな状況で使えるかと言えば、残念ながら無理なのだよ」
なるほど。あの件、相当以上に各方面に傷跡を残したようだ。
「えぇ。大きな傷跡です。そして、それが原因で有効打を打てなくなりました。記憶転写は個人の情報を丸裸にすることさえ可能ですので、現在は皇帝陛下か司法の許可なく使用できず、理由も重犯罪者から情報を引き出す為だけに限定されています」
「例え正当な理由があったとしても、誰かの記憶を読み取る行為への拒否感は強い。事実、魔法陣の存在露見以後から使用反対の声は上がっていたし、根も葉もない噂も立った。そんな状況にヴィルゴの件は止めを刺した形となった。勿論、皇帝の勅令として指示を出しても良いし秘密裏に使っても良い。が、その隙を許すほどヤツ等は甘くない。露見すればリブラの根幹を揺るがす博打は打てない」
「という訳さ。奴等がどこまで考えて記憶を強引に書き換える特殊な魔法陣を大々的に使ったのかは分からないが、ただでさえ使い辛かった切り札を封じられてしまった。となれば後は地道に調べるしかないよね、ってのがアンタとアタシがココに居る理由だ。お分かりかい、ナギ君?」
分かりました。いやというほどにわかりました。
「君には早速だが明日からリブラ武術学園に向かってもらう事になる。名目上、君は留学生だ」
「父上が申した通り昨日の件には箝口令を敷いておりますが、それでも素性が知れる可能性は否定できません。派手に暴れてしまえば素性が割れ、そうなれば監視と言う本来の役目も果たせないでしょう。無論、リュウイチ様の命が最優先。危険とあれば戦っていただいて構いませんが、可能な限り避けて頂けると助かります。その為ならば私の名前を出しても構いません」
ルチルやジルコンは――あぁ、そうか。だから近衛が迎えに来たのか。
「そうだよ。表向きは私の護衛。ホントはアンタの護衛」
なら派手に暴れたのは――なんで?
「実力を見たかったからですが、身の証と言うのも嘘ではありません。まさか夫婦と偽ってくるとは思いませんでしたから」
でしょうね。
「とにかく、リュウイチ様は今回の件に申し分ない人選であると分かりました。それでは今回は一旦お開きにしましょう」
「じゃあアタシは一旦帰るから」
「帰っちゃうんだ?」
「寂しいのか?大丈夫だよ、直ぐに戻ってくる。何か所かに転移魔法陣敷いてあるからね。じゃあ、分かってるよね?」
はい。目立ちません。頑張ります。
「約束破ったらどうしよーかなぁ」
「ハハハ。楽しそうだな。そんなに誰かに打ち解けた君を見るのは初めてだよ。どうだね、いっそ本当に夫婦となっては」
「父上ッ」
「じょ、冗談だから」
「まぁ。そう言うのは当人同士の問題さ。それじゃあね」
そう言うとルチルは部屋の中央に移動、足元に魔法陣を展開させると次の瞬間には消え失せ、またそれを合図に長く続いた密談も終わった。
帰る道すがら、エンジェラから明日以降の予定を色々と聞かされた。入学に必要な書類はジルコンが既に提出している事。俺の扱いはハイペリオン出身の人間で、将来有望だからと言う理由でジルコン推薦による特別入学が認められた。
入学に際し行われる軽い身体測定含む試験を受ければ晴れて無事入学となるが、誰が人類統一連合か分からない現状ではこれ以上の手助けは出来ないから自力で試験に合格しろ、試験内容は俺の身体能力ならばそう難しくはないと言う話だったが、本当に大丈夫だろうか?
何か、嫌な予感がするんですよね。こうヒシヒシと、トラブルの予感が――




