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幕間1 これが この女の本性 其の1

 ――ハイペリオン城内 大会議室


 地球から来た男の情報に誰もが浮足立つ。自然の中にある法則性を明らかにし、体系化したカガクなる学問が世界の根幹を成す異世界の存在はとても奇異で、誰もが魅了された。


 恐らく、と誰もともなく確信した。この星で発展した魔術と地球の科学が融合したならば、今の世界をより良くすることが出来るのではないか、と。


 しかし大きな問題が横たわる。最たる問題は地球という惑星への転移方法。転移は正確な座標を知らねば行えない。転移用の魔法陣を解析すれば手掛かりになったかもしれないが、現状で知るのは困難を極める。


「かの地球人の話に偽りは無かったのだな、シトリン?」


「あぁ。嘘はついてなかった」


「と、するならば大きな疑問が残る」


 会議室に集まった誰もが「疑問」の意味を正しく理解している。かの世界の根幹が科学であるとしたならば、何故似たような世界に飛ばさなかったのか?そして一番重要なのは、どのような手段で転移させたのか?


 地球人は転移という言葉も概念も知らなかった。となれば、地球側には科学技術を根幹とする転移技術が存在しないという証左。事実、質問に対し「存在しない」と明言した。


 しかし、これ以上の調査は非常に困難。何せ当人の記憶が喪失しており、転移直前の状況が全く分かっていない。


「記憶を喪失しているという話も本当か?」


「間違いない、と言いたいが……」


 話題の中心は喪失した記憶へと移る。地球人の男は記憶を失っているが、それが何故か転移直前という一番重要なタイミングであるのか、への違和感が大きい。


 が、その違和感は地球人との対話を可能とする為に脳を調べ言語を解析した赤い髪の女の言葉により更に膨らむ。


「記憶を引き出せた点から記憶転写の魔法陣は正しく機能していた。だけど、転移直前の記憶()()()何故か、全く転写出来なかった。さして重要ではない筈なのに……何というか、厳重に封がされているといった表現が正しい。アレは誰かが意図的に行った結果だ。でなければ魔法陣が焼き切れるなんて事が起こらない」


 会議室内がザワついた。赤い髪の女を信じるならば、あの地球人は明確な意図があってこの場所に送り込まれた事になる。しかし、誰もがあの地球人に何らの特殊性を見いだせなかった。


 話し方はごく普通、何処まで行っても平々凡々、()()()()を除けば身体能力もごく普通である事などは、記憶を探る際の追加調査で判明している。


「アメジスト総裁。かの人物、危険と断言するには情報が少ないですが、しかしこのまま放置しておいてよいとも思えません。どうか慎重にご決断を」


 ひと際老齢の男が会議室中央に座る女にうやうやしく提言した。が、当人は何事かを考え、まるで無視している。


 誰もが何も語らず、ただ中央に座るアメジストと呼ばれた女の言葉を待ち続ける。圧倒的強者。神樹から生まれ落ちた異形と形容される女は言葉通りの実力を備え、特に魔術において比肩する者は世界中を探しても存在しない。故に異形以外にも様々な呼び名で称えられ、あるいは恐れられている。


 終末の炎、絶望の顕現(けんげん)、悪夢の王、魔王……どれも仰々しいが、そう呼ばれるだけの実力を持つ点は疑いようない。会議室に集まった面々も相当以上の強者であるが、しかしごく一部以外は束になっても敵わないのが実情。


「分かったことがある」


 やがて、アメジストは静かに語り出した。地球人とのやり取りの中で何かを理解したという言葉にその場に居る全員に、何故だか一抹の不安が過る。


「彼……私の(ツガイ)よ」 

 

 (ツガイ)とは、いわゆる運命の相手。それまでの冷徹冷酷冷静な態度から一転、恍惚とした表情と共に彼女は断言した。直後――


「「「「はぁあああああああああああああああ?」」」」

 

「まぁあああああたですかァ!!」


「ちょっと、もういい加減にしてくださいよッ。ソレ何度目ですか!!」


「確か15年ぶり、通算7回目じゃったか?」


 それまでの厳かで静粛な雰囲気をぶち壊しながら、全員が盛大にキレた。


「大丈夫。任せて、今度は間違いないから。私ね、あの時に確信したの」


 アメジストもまた同じく、先程までと同一人物とは思えない位に緩い口調で言い切った。表情は恍惚(こうこつ)を超え、興奮にだらしなくふやけている。



「「「「信用できんッ!!」」」」


 全員が一致団結、彼女の言葉を否定した。アメジストは涙目になるが、辛辣な言葉は尚も続く。


「そうやって今まで全部違って全部コッチで尻拭いさせてるの忘れたんですか、この鳥頭!!」


「大体アンタ、色恋沙汰になるとただのダメ人間になるっていっつもいっつも言ってるだろうが!!何で学習しねぇんだよ!!こーの恋愛レベル1のクソザコナメクジ!!」


 酷い言い分である。が、間違いはなく、批判も反論も一切上がらない。ただ一人、当人を除いて。


「酷いッ!!なんでみんなそんな酷いこと言えるのッ。そもそも私、皆の上司なんですけど!?」


「黙れ!!」


 唯一、自分を真っ当と信じて疑わないアメジストだけが会議室中に木霊する批判に対し真っ向から反論するが、コレばかりは多勢に無勢の上に部下達の勢いがありすぎて止められない。


 また、恋愛が絡むとダメ人間に早変わりするのは間違いないようで、本来ならば会議室どころか城さえ跡形も残さない一撃を容易く放つアメジストは、部下達の辛辣な言葉にただ狼狽え、落ち込むばかりで何らの行動もとらない。


 余談だが、地球人に助けられた彼女は最後の一撃を放ったギガースを跡形もなく消滅させた。諸周辺一帯は辛うじて原形を留めていたが、当分は誰も住めない荒野と化した。


「まぁ、アレよ。こうなっては仕方がない。問題を切り替えよう。とりあえず、あの地球人がどう思っているか確認する必要があるな。コレは男の方が聞きやすいだろうから任せてほしい」


「ってもよぉ。聞くまでもないだろ?だって第一印象最悪だぜ?」


「そうなのか、シトリン?」


 シトリン。地球人と最初に会った大柄な女が最悪と評した通り、地球人とアメジストとの邂逅は不幸だった。射殺すような視線で長時間睨み続けられたら大抵の人間は悪い感情を抱くものだが、ソレが桁違いの魔力を持つ女の視線ならば尚の事。


 アメジストに内在する魔力量は桁が違い。無意識的とは言え視線を媒介とした魔術を行使している。地球人はその影響を真面に受けた、と彼女は結論した。身を貫く程の恐怖を与えた人間に好意を寄せるなど、普通に考えれば有り得ない。


「そんなぁ……」


 もはや当初の威厳など全く欠片も微塵も無くしたアメジストは目に涙を浮かべ、俯いた。コレが異形やら絶望やらと形容される強者でなければただ可愛いと思えるのだが、しかし残念ながらそうではない。


 また同時に恋愛が絡むとただのダメ人間へと早変わりするが、基本は人の形をした最終兵器的な扱いで、ぶっちゃければ彼女単独でこの世界全ての戦力を相手取る事さえ可能とまことしやかに囁かれるレベル。


 だからメソメソする女の力量を正しく知るこの場の誰もが呆れこそすれ、可愛いなどとは絶対に思わない。


「で、どうします?コレ、助けます?」


 部下達からの評価は遂に「コレ」扱いにまで下がった。酷い話かどうかは当人達にしか分かりえないが、コレ扱いされたアメジスト以外の誰も否定しない辺り、今までも相当に苦労してきたのだろう様子が窺える。


 そんな部下達は一斉にアメジストを見つめるが、当の本人はついさっきまでの涙目は何処へやら、きっと手伝ってくれると、何の根拠もなくのほほんとした表情で期待に胸を膨らませていた。

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