リブラ帝国 ~ 夜
――リブラ帝国上位区画内 要人宿泊施設内
「いえあのそのそあのあの、いや先ずソレをですね……」
「そうはいかない。我が兄、アンダルサイトが管轄する鉄騎兵団の不備は私の不備も同じ。何より君は我が父上の客人の護衛なのだ。だから、どうかお許しいただきたい」
俺の話を頑なに無視するのはエンジェラ=リブラ。リブラ帝国第三子、近衛兵団エヌ・ゲルビの団長。周囲からは偉い美人だが自他ともに厳しいと評判で、更に周囲からの縁談も全て能力が足らんという理由で蹴っているらしい。あの、それ何時か自分のクビ締めますよ?
まぁソレは本人の問題なのでさておき、そんな人がなんでか俺の部屋に夜遅く、しかも護衛の1人も付き添わずにやって来たのかと言えば俺に謝ると言うたったそれだけの為だった。
この人が就く近衛兵団長と兼任する皇帝監視役と言う職はリブラ帝国において皇帝と並ぶ最上位らしく、だったら部下を部屋に入れられないよねと言うのも納得できる。
彼女が頭を下げるという意味は、皇帝が頭を下げるに極めて近い状態だろう。だけど幾らこっちが言っても何一つ考えを曲げない。この人、真面目だけど妙に頑固で何処か融通が利かないな。
「で、でもソレだけじゃないでしょ?」
苦し紛れにそう呟いた。確たる根拠がある訳ではなかったけど、正直なところ俺に謝りたいというたったそれだけの為に護衛もなく1人で俺に会いに来たという理由に納得がいかないのも確かだ。
「ふむ。君、思った以上の人材だね。強いだけじゃなく、何処か冷静だ」
何の根拠もない当てずっぽうの指摘だったけど、当たってたのか。しかも褒められた。ちょっと嬉しいんでこのまま黙っておこう。先ほどまで俺に傅いていたエンジェラは立ち上がり、対面の椅子に腰かけると俺に微笑みかけた。
「さて、では本題といこう」
態々頭を下げるという言い訳を作ってまで何を話にきたのか、興味深く見つめる俺の目を彼女はジッと見つめ返し――
「何を調べにここに来たのだ?」
いきなり核心をついた。この人やっぱこええ。全部見透かしてるんじゃないのか?
「ウフフ。失礼。答えを聞くまでも無かったようだ。ウソをつくのは下手らしいね、君」
「いえ、その……」
「あぁ、気にせずとも良い。予想はついていてな、ヴィルゴの件だろう?コチラにもある程度は伝わっているよ。要は我らの中に人類統一連合と繋がっている輩がいないか、あるいは協力していないか調べに来た。恐らくそんなところだろう?」
俺は何も言えなかった。
「ウフフ。君は素直だな。喋らずとも顔に出ているよ。ホントです、ってね。実を言えばね、私の本題もソレ絡み何だよ。コレは皇帝監査役からの依頼と受け取ってもらって良い。君には帝国の内部調査を行ってもらいたい」
「へ?」
「帝国内部に人類統一連合と繋がっている輩がいる可能性は我々でも把握している。だが、ソレが誰か分からない。本来ならば我々が直に内部調査すべきなのだが、依頼した人物が連合の手の者だったという最悪の可能性もある以上、迂闊に動けなくてね。君は自身の能力もそうだが、それ以上に独立種と信頼関係を築いている。正にうってつけの人材。恥ずかしい限りだが、人類側は今、誰を信用して良いか分からない状態なのだ」
そう言ったエンジェラの顔は何処か沈み込んでいた。なるほど、と納得した。
「ココまで尻尾を掴ませないとなれば、相当以上に力を持っていなければ無理だ。危険なのは承知しているが、無論断って貰っても構わない」
「いや、やりますよ」
俺が即答すると彼女は驚いた。
「一度受けた以上、引き下がることは出来んぞ。事と次第によれば人類統一連合から狙われ続けるが、それでも良いと?」
「もう巻き込まれてるんで。それにアイツ等の生き方は認めちゃいけないと思う。自分達が正しくて、それ以外を認めず拒絶排除するってのを認めたら、世界がドンドン駄目になっていくって知ってるから」
「知っている?」
しまった。そういや、この人は俺が異世界から転移したって話を知らないんだっけ。と言うか、言わない方が良いなコレ。絶対に頭がおかしいと思われる。
「ふふ。だから嘘が下手だよと言っている。何か隠しているのがバレバレだよ。だけど……私も君の考えに全面同意する。私は常々、世界は様々な生き方を許容すべきだと考えている。が、ただ1つ除かねばならないものがある。己以外の生き方を認めないという生き方だ。不寛容には不寛容でもって接するべきだと、私はそう思う。そうせねば不寛容に全てが潰される。それはやがて世界そのものを崩しかねない」
皇帝とかその近くにいる人って、何となくもっと独善的って印象を持っていたけど、この人からその気配を感じないな。ウソを言っているようにも思えない。何よりその為だけに頭を下げるなんて真似をするのは色々な意味で覚悟が決まり過ぎている。信用して良いと、何となく直感した。
「協力、改めて感謝する。それにしても……君、意外と無欲だな。報酬の話、しなくて良いのか?」
あぁ、すっかり忘れてた。余りにも色々あり過ぎて、でも何にしようかと思うが具体的な何かが思い浮かばない。そんなに無欲という訳でもない筈だったと思うけど――
「ゆっくり考えておくと良い。が、しかし成功報酬である事をお忘れなきよう。それから死んでは意味がないこともな。君に死んでほしくないという人物は相応にいるだろう?それから、特に指定がないならばコチラで勝手に用意させてもらうからな」
まぁ、思いつかないならソレが無難だろうか。それでお願いしますと、そう伝えると彼女は今日何度目かの微笑みを俺に向けた。
「さて、では最後に。今後の事を話し合う意味も含め、父上と会って頂きたい。明朝に迎えを寄越すので寝坊などしないように」
いきなり話が飛んだよ。まさか帝国のトップといきなり会談は予想してなかった。が、今回の件はそれ程に重大な意味があるという事なんだろう。そう考えると、今更ながらに気安く引きうけて良かったのだろうかという疑問が沸々と湧き上がるが一度引き受けた手前、今更引っこめるのは流石にマズい。
「では今日のところはコレで。私はこの件を父上に伝えねばならないのでね」
エンジェラは立ち上がり部屋の扉の取っ手に手を掛け――一度コッチを向き直ると俺の目を見つめ微笑んだ。
多分引き受けてくれた事への純粋な感謝なのだろう。同時に相当に面倒な事態に陥っていると察した。でなければ4姉妹とアイオライトやジルコンの知り合いと言うだけでこんな大役を回さない。
パタン。部屋の扉を静かに閉める音を背に受けながらベッドに向かい、靴を脱ぎ捨て横たわった俺は大変だと、天井に向けて本心を吐き出した。
「大丈夫ですよぉ。私がついてますからねぇ」
オイオイ、ちょぉ待てや。何でベッドの下から聞き覚えのある声が聞こえるんだよ。飛び起き、ベッドの下を覗き込み、まるで某ホラー映画よろしくベッドから這い出てくるアメジストと目が合った。君さぁ、何時からソコにいたの?
「心配しなくても大丈夫、ついさっき転移してきましたぁ」
違う違う、そうじゃない。俺が心配しているのはソコじゃない。
「よぉし、相変わらず常識が綺麗に抜け落ちてんなオイ!!」
おかしい。今度は背後から聞き慣れた声が聞こえて来たヨ。勿論、扉を開けた音なんて聞こえません。異世界にプライバシーは無いのか、それとも俺にプライバシーが無いのか。非常に重要な問題だよコレは。
「酷いッ、姉さまは良くてなんで私は駄目なの?」
「お前を取っ捕まえに来たからだよッ」
そんな台詞と共に颯爽と俺の横を通り過ぎたルチルはベッドの下から這い上がったアメジストの首根っこを掴むと部屋の外へと強引に引っ張っていった。そういえば、確か転移防止する魔術ってのがあったような気がするんだけど――エンジェラに頼み込んだら報酬前払いで貸してくれねぇかなぁ。




