到着 ~ サジタリウス領 港町アスケラ 其の2
「行くぞ!!」
視界に叫ぶ青年が足を踏み込み、一直線に俺へと向かう姿が映ったかと思った直後、視界が派手に揺らいだ。吹っ飛ばされていた、と少しして気付いた。反射的にガードした腕を突き抜けた痛みが身体を軋ませ、背中に痛みが走る。壁に激突したらしい。
見た目はただの好青年なのに、本当に人間がコイツ――と思考する暇もなく、崩れ落ちる石の壁の上から更に衝撃が襲った。何のためらいもない追撃に身体から悲鳴に似た嫌な音が上がる。
「立てッ、この程度じゃないだろ!!」
分かっているよ、だから一々叫ぶな。心の中で叫びながら瓦礫をどかし立ち上がると、周囲から驚きの声が上がる。
「ヤツの本気の一撃をものともしていないのか?確かに護衛に選ばれる程度のタフネスは持ち合わせているようだが……」
ついでにエンジェラも驚いていた。つーか皆さん俺の気持ちも知らず楽しそうですね。
「しかし、防戦一方では身の証は立てられんぞ?それにこの先もな」
ほんの少し緩んだ気持ちと身体が、一言に硬直した。まさか俺達が来た理由を知っている?いや、そんな筈は――言葉の意味が分からず困惑していると、直後に吹っ飛ばされた。手痛い一撃。身体が強張って回避が間に合わず、再び瓦礫の中に吹っ飛ばされた。全身から痛みが走る。が、特に防御した腕が酷い。折れてるんじゃないかコレ?
「起きろッ!!」
シンプルな怒号が覆いかぶさる。やはり何度聞いても俺に怒りを感じているようだが――それよりも何というか、ほんの少しだけ苛立った。一方的な理由で巻き込まれるのは構わないとしても、初対面の人間に怒りをぶつけられる理由は思い当たらない。
瓦礫をどかし、立ち上がると再び驚きの声があがった。ハーフか?なんで立ち上がれるんだ?本気じゃないのか?等々、何やら好きなように言っている。ハーフの意味は分からないし、勝たなきゃいけないから痛いの無理してるだけだし、本気出したいけど色々な事情で出せないんだよ、と言えない代わりに心中で一々悪態をつく。そうして、少しだけ落ち着きを取り戻した。
「アレで立てるのか?信じられん。しかも一度ならず二度も……あの身体か?妙な魔力の流れを感じる。ルチル、アレは一体なんだ?」
「さてね」
「我々も測りかねているところだよ。ともすれば悍ましささえ感じるが、しかし彼の精神は至って健全だ。それよりも、カルセドを潰したくなければこの辺にしておいた方が良いぞ?」
「潰れる?ジルコン、馬鹿な事を言うな」
「そう言ってウチの若いヤツが1人やられた。ジャスパーと言うんだがな」
「じゃす?その名前は確か、去年アンダルサイトが引き抜きに行ったというカスター大陸の精鋭……まさか」
外野からの雑音が色々と聞こえるが、誰も彼も俺の状況なんてまるで気に掛けてくれない。なんか俺ばっか貧乏くじ引いてる気がするなぁ。
でも、状況が逃げる事を許してくれないとは言え、自分で決めたんだから自分で何とかするしかない。意識を一か所に集中する。相手は目の前のアイツだけ。勝とう、今はそれ以外に選択肢は無い。
呼吸を整え、集中し、痛みを堪え、もう一度集中する。何度も何度も何度も何度も、短い間にまるで暗示の様に意識を前方で俺を睨みつける青年だけに向けると次第にソレ以外の全部が視界から消え失せ、雑音も一切聞こえなくなる。
同時、青年の行動の一挙手一投足がはっきりと見えるようになった。足を踏み込み、大きく蹴り出し、俺の元へと向かってくる。
さっきまでは見えなかった攻撃がはっきりと見える。右の拳で殴るのも、その直前に身体に魔力が走っているのも見える。アレで攻撃を過剰にブーストしていたんだ。道理で痛いわけし、ほんの一瞬だけだから強化しているのさえ分からなかった。だが――
「何ッ!?」
青年の焦る声が耳を掠めた。攻撃が空振り、大きな隙を晒した。予想外に困惑する顔が間近に迫る。
「がッ!!」
だが、直ぐに矯正した。急停止、振り向きざまの裏拳。が、それも空を切る。避けられないと考えていた攻撃が立て続けに回避され、更に驚き、隙を晒す。その顔目掛け、思い切り拳を振り抜いた。今度はコッチの番――と思いきや、振り抜いた直後に聞こえたのはパシンという音と顔面を殴ったにしては物足りない感触。
攻撃は寸でのところで止まっていた。手首を掴まれていなければもうあと少しで顔面直撃と言う状況にカル何とかのの表情は大きく歪んでいるが、それでも防がれた事実に変わりはない。
「こいつッ!!」
連撃を防がれるや、間髪入れず思い切り蹴り飛ばしてきた。咄嗟に防いだ腕がまた悲鳴を上げた。振動が身体を、思考を揺さぶる。痛いなんてもんじゃない。こんな攻撃、そう何度も受けきれない。
どう考えても俺の方が圧倒的に不利――なのに優勢の筈のカル何とかの顔がドンドンと歪み始める。怒りが込み上げている様子が見て取れるのだが、相変わらずその理由が分からない。
「カルセド。もういい。彼の実力は分かった」
エンジェラが静かに制止した。
「済みません、続けさせてくださいッ。俺はまだ納得していません!!」
が、止まらない。いや、上司が言ってるじゃないか。しろよ止まれよアクセル全開かよ。何というかコイツも融通が利かないな。初期のジャスパーよりはましだけど、この性格はコレはコレで厄介だ。自分が納得しないと止まらない――あぁ地球にもいたなァ、こんなヤツ。
「真面目にやれッ!!」
「やってるだろ!!」
一方的な物言いに、反射的に叫んでいだ。もしかして、俺が本気出してないから怒っていたのか?確かにどうすればいいか未だに測りかねているけど――どうしよう?と、ルチルを見ればエンジェラと何やら楽しそうに談笑している。
君さァ、隣のジルコンも一緒に仲良く楽しそうに談笑しているよ。あの、俺結構必死なんですけど。どうにかして目立たないように勝とうと必死ですよ、俺?
「がんばってくださいねぇ。もし負けても一生懸命看病しますからぁ」
アメジスト君、何そのだらしなく歪んだ顔?君、看病にかこつけて何するつもり?やっぱ駄目だな、頼りになるのは自分だけだよこりゃ。
「よそ見をする……」
ゴメン。そう言いながら振り向きざまに殴り飛ばした。今度は本気。頼むから起きないでくれという身勝手な願いを込めた一撃はカル何とかの防御を容易くぶち破り顔面にヒットした。そのまま思い切り吹き飛び、石造りの倉庫の壁をぶち破ってその奥に消え行くナントカ君。中から商品がーという複数人の断末魔っぽい叫びが聞こえて来た。あぁ、何か色々とゴメン。
「何だと……」
「バカなッ、オイ、カルセド返事をしろ!?」
崩れ落ちる瓦礫の向こうから一向に姿を見せない青年に数人が声を掛けた。反応はない。だけど正直これで良い。これ以上戦ったらお互いどうなるか分かったもんじゃない。
「く、くそぅ……」
残念無念。祈り虚しく、崩れ落ちるレンガの下からカルセドが立ち上がった。フラフラした足取りに反し、未だ目つきは鋭い。少なくとも戦意を喪失しているようには見えない。一見すれば線の細い青年然とした容姿とは全然違う、確かにエンジェラの傍にいるだけあって出鱈目に強い。
「ふ、不覚」
と思いきや、力尽き倒れた。やった、助かった、何とか勝った。ハァ、と大きなため息が自分の口から洩れるのを確かに聞いた俺はその場にへたり込んだ。
「あーあぁ、なーぎ君勝っちゃったぁー。目立っちゃ駄目ぇ―って言ったのにぃ」
やっと落ち着けるかと思いきや、そうは問屋とエルフが卸さず。右の耳からルチルが俺を責める声が聞こえ……
「看病!!看病しますね。じゃあ、あの2人っきりで……」
左からはアメジストの呑気な声。君達さァ、取りあえず俺を労おうよ?ね?
「いやいや。よくやったよ。負ければ立場の悪化、勝てば嫌でも目立ってしまう。人は時に天秤の如く2つの決断を秤に掛けねばならないが、何方の答えが正しいかは時と場合による。今回の件は致し方あるまいよ。まさかエンジェラが手駒の近衛を率いてくるなんて予想できる筈も無い」
唯一まともなジルコンが正面からドンと俺を慰めてくれた。そうですよね、ありがとうございます。
「が、相手が不味いなァ。寄りにも寄って近衛兵のナンバー2を一撃でのしちゃったからなぁ」
ジルコンはそう言うと嬉しさと困惑が半々に混じり合った、何とも表現しがたい表情を俺に向けた。あ、彼、そんなアレなんだ。
「じゃあ不味いじゃない!!」
「だーかーらー、そう言ってるじゃない。なーぎくぅん。反省して?」
「あの、それより看病……」
君、ちょっと黙ってて。と、ただでさえ摩耗した精神をすり減らされる言葉攻めに辟易していると、カツカツと何かが近づいてくる音を捉えた。見上げれば赤いドレスの女性が俺にほほ笑みかけている。
「見事」
俺を見下ろすエンジェラは開口一番、そう言った。
「結果は結果。君がカルセドよりも強かったという、ただそれだけだ。よくやった、褒めて遣わそう」
彼女は笑みと共に手を差し伸べた。周囲がざわつく。近衛兵達は口々に何だアイツやらなんと不敬なとか羨ましいとか羨望と嫉妬と怨嗟がない交ぜになった台詞を露骨に吐き出す。あの、いいのこれ?
「構わん。雑音を気にしていては事を成せんぞ?お前達、カルセドの介抱と瓦礫の除去、被害の確認を急げ。それから此度の件、被害の補填はリブラが行うと都市長以下に伝えておくように」
「しょ、承知しました」
港町にエンジェラの凛とした指示に、それまで聞こえていた雑音がピタリと止んだ。自力で近衛兵団長の座に就いたという言葉に偽りはないようだ。
「皆には私の我儘で迷惑をかける。よって、今日は私が奢ろう。出立は明日とするから今日だけはゆっくり羽を伸ばせ」
「「「「はッ!!」」」」
無数の声が一糸乱れずエンジェラに反応すると、各々が散っていった。
「カルセドの面倒はアタシがするよ」
「いいのか?」
「コッチも迷惑かけた。ホントはもっと加減しろっていったんだけどな」
「アレでか?一体何者だ?」
「秘密兵器さ」
「なるほど、確かにこれならば……ともかく身の証を立てた以上、君の事をとやかく言うつもりは無いし言わせない。それでは青年。またな」
そんな言葉を置き去りに、エンジェラは颯爽と引き上げていった。結果が良かったか悪かったかはまだ分からないけど、どうにかこうにか信頼は勝ち得たようだ――けど疲れた。頼むから、もう本当に頼むから争いごとはこれっきりしてくれ。




