到着 ~ サジタリウス領 港町アスケラ 其の1
無意識に舌打ちする。額からは汗が噴き出し、身体は露骨な敵意に強張る。予想していたのとは全然違う歓迎に、頭は何をどうしてこうなったのかとひたすら答えの出ない自問自答を繰り返す。
――いや、何で俺は新しい大陸に渡る度に妙な因縁やら争いごとに巻き込まれるの?そう言う運命なの?
「さぁ。掛かって来い!!」
眼前の青年が叫ぶ。油断も隙も無いという点はジャスパーと大違いだが、実力はどうだろうな。多分同じ位だけど、油断も隙も無いだけ強そうだ。
※※※
――アインワース大陸南端 サジタリウス領アスケラ
「先ずは長旅お疲れ様でした」
船外から港を見た。無数の帆船に行き交う人々、その奥には石造りの建物が無数に並び、その奥には赤茶げた大地が見渡す限り広がる。吹きつける風はまだ涼しいが、視覚から分かる大陸の様子はやや蒸し暑そうな印象を受けた。そんなサジタリウス領内の港に降り立った俺達が先ず面食らったのは数十人以上の兵士と、その最前列に立つ鉄騎兵とは明らかに違う装いをした1人の女。
「マジか」
「アナタが出迎えとは……」
「ちょっとまずいですね」
どうやら想定外の相手らしい。面食らうルチルとジルコンはともかく、マイペースなアメジストすら動揺している。が、俺にはさっぱり分からない。真っ赤な衣服を纏った女性は鎧らしい鎧を身に纏っておらず、白い鎧の最前列に立つその情景はさながら戦場に咲く花の様に目立っている。
「我が父、アゲート=リブラの大事な客人に何かあってはリブラ家の恥。故に私自らが迎えに参りました」
「「「エンジェラ=リブラ……」」」
俺以外の3人が仲良く呟いた。で、誰なんですかね?ここに来るまでにその名前は出なかったような気がするんですが。
「現皇帝アゲート=リブラの娘」
「リブラ家の長女」
「同時にリブラ帝国最強の近衛兵団エル・ゲヌビを統括する近衛兵長ですよぉ。しかも、まだ全然若いのにその座を自力で射止めてるんです。凄いですねぇ」
それは、つまり――
「華奢な身体と端麗な見た目に騙されると痛い目にあうぞ。彼女と言う華の棘はとても鋭い。迂闊に触れて返り討ちに会う男など数知れず。実際、ウチの連中でも勝てるかどうかというレベルだよ」
完全に想定外ですよね?どうやら、とんでもない人物が迎えに来たらしい。しかもジルコンの話が本当ならオークでさえ止められないとか、ホントに俺と同じ人間か?
※※※
長男が仕切る鉄騎兵団エス・カマリが来る筈だった港町は慌ただしく、それ以上にピリ付いていた。原因は言わずもがなエンジェラ=リブラ。
誰もがリブラ家長女の存在に只ならぬ雰囲気を感じ取っており、多くが仕事の手を止め様子を窺っている。リブラ家には特殊な家訓みたいなものがあるそうだ。厳格な男系のリブラ家に生まれた女|(不在の場合は継承権を放棄した男)には別の強権が与えられる。
皇帝を監視、必要ならば力づくで退位させる権利とその為の戦力、近衛兵団エル・ゲヌビ。事実、全世界から有能な人材を集め、更にソコから選りすぐった精鋭中の精鋭とソレを指揮する監査役が常に皇帝の背後から睨みを利かせることで正しく繁栄してきたそうだ。
よって女系に求められる資質は力と正しさ。で、エンジェラ=リブラは特にその思想を強く反映していると評価されている。加えて自他ともに厳しい、と言えば聞こえは良いけど要は極めて厳格で融通が利かない性格なんでしょ?
その彼女は連れ立った近衛兵達に指示を出し終えると此方へと向かってきた。確かに怖いというか、近づくにつれピリピリと肌を何かが突っつくような感覚を感じるようになった。
見た目は確かに近衛兵団長という肩書が示す通り、近づきがたい雰囲気にちょっときつそうな目つきが気になるが、有体に表現すれば美人だ。身に纏うドレスは近衛とは明らかに違う、間近で見れば軍服の様な意匠が見える。それに女性らしい凹凸がある一方で無駄な肉がなく非常にスリムだ。
「お久しぶりです。ルチル=クォーツ」
「コチラこそ。しかし驚いたよ。御父上からはエス・カマリが迎えに来ると窺っていたんだけど、何かあったのかい?」
「いいえ。先ほどお話しした通り、客人に何かあっては父の顔に泥を塗りましょう?それとも、私が来ると何かお困りですか?」
「無いよ。ただ、それならもっと護衛の質を落とせたんじゃないかって思っただけさ」
「質?失礼ですが……」
エンジェラはそう言うと俺達の顔へと視線を移した。端正で整いつつも少しだけ冷たさを感じる顔が俺とアメジストとジルコンを交互に見つめる。
「ジルコン殿は問題ないでしょう。ですがこちらのお二方は?私の記憶には有りませんが、新顔ですか?」
「そうさ。こっちの女はラベンダー=クォーツ」
「クォーツ……純粋種なのですね。コチラの男性は?」
「伊佐凪竜一」
「イサナギ?変わった名前ですね。少なくともアインワースでは聞かない、ジョブズ諸島の方かしら?」
「実ははっきりとしていないんだ。何せ漂着した難破船最後の生き残りだからね」
そういやそう言う設定でした。ルチルの説明を肯定する為、俺は無言で頷いた。が、エンジェラの反応は極端に鈍い。彼女は露骨な不信感に値踏みする様な視線で俺を睨む。視線は足元から徐々に上へと動き、俺と目が合うとジッと見つめた。納得していない、そんな雰囲気をヒシヒシと感じる。
「そんな人物を護衛にするのですか?いや、そもそもハイペリオンに人間が暮らしているなんて話は聞いたことありませんね。誰が身元の保証になっているのです?」
「アタシだ」
「そう。つまり何かあればアナタの責任になるという事で」
「当然、一蓮托生の夫婦だからな」
「は?」
ルチルの自信満々な台詞にエンジェラの表情が一気に曇った。同じく背後で周囲をガッチリとガードしていた近衛兵の動きもピタリと止まり、全員仲良く俺を見つめた。不信感に溢れるジトッとした視線が一気に俺に集まる。いやぁ、やっぱり慣れないよこの状況。以前よりはマシだけど。
「ふ、夫婦?嘘でしょ?」
「ホレ、証明」
ルチルはそう言うと懐から取り出した紙きれをエンジェラに渡した。多分、その身分証明書には俺とルチルが夫婦だって書かれているんだろうな。
「間違いないの?いや、もう1人……どういう事だ?ただの人間がエルフの純粋種を2人も娶っているのか?」
「嘘を言っても仕方ないだろ?ま、一番の証明になりそうな子供はまだだけどね」
「そう……これは確認の必要があるわね」
神妙な面持ちのエンジェラはそう言うと暫し考え――
「カルセド、来なさい」
誰かを呼んだ。程なく1人の近衛兵がエンジェラの元にやってきた。兜を脱ぎ、うやうやしく頭を下げたまだ年若い青年の金色の髪が風にサラサラと揺れる。
「ここに」
「アナタ。彼と戦いなさい。身元の証明は無理でしょうけど、実力は証明できるわ。夫婦と言う関係が本当であれ嘘りであれ、ルチル=クォーツの護衛をしているというその力で身の証を立てなさい」
唐突な提案。まさかそう来るとは思わなかった俺は返答に窮しルチルとジルコンへと視線を移したが、2人共に無表情で俺を見つめ返すばかりで何も言わないし動かない。これは――証明しろって事ですか?それとも船内での会議で決まった通り目立たないようにしておくべきですか?あの、答えて?お願い?
「あの……私とも夫婦だって……」
あぁもう、君ちょっと黙っててもらえるかな。後、ソレ聞かれたらどう思われるか理解してよ。つーかどさくさに自分も夫婦にしようとするな。
「どうした?証明できないか?」
エンジェラの言葉が棘の様に突き刺さる。目を見た。変わらず、不信の色しか浮かんでいない。これはもうやるしかないな。負ければ恐らく俺もルチルもジルコンも纏めて疑われ、リブラ家との関係も確実に悪化し、そうなれば人類統一連合の調査どころじゃなくなる。
全部をマルっと上手く収めるには、どうやら勝つしかないみたいだ。だけど、俺を睨みつける青年の目はエンジェラ以上に俺を信用していないどころか寧ろ殺気すら感じる。何なんだよ一体――
「分かりました」
「そうか。では相手はこのカルセドが務める。まだ年若いが我が近衛の中でも指折りに強い。死力を尽くさねば最悪死ぬぞ」
と、いう訳で港に降り立った俺は何の因果かまたしてもトントン拍子に戦いに巻き込まれてしまった訳ですね。ホントに勘弁してよ、ソレに俺と戦うというカル何とか君はなんでああも殺気充満させてるんですかね?俺、何かした?何もしてないじゃないか。
生きて平穏無事な明日を迎えられると良いなァ、なんてことを考えながら空を見上げると雲一つない真っ青な青空。海から吹きつける程よい風は心地よく、もうこのまま逃げ出したい位に心が穏やかになる。あの、ホントに逃げてい良いスか?あ、ダメ?ですよねぇ――




