見知らぬ世界 其の6
牢獄へと続く鉄製の門を潜った先には巨大な石の壁、更に先ほどよりも倍以上は大きな鉄製の門。灰色と黒という重苦しい二色で構成された重苦しい牢獄を後にして、次に飛び込んできた光景は一面を染める緑。
山だ。木々は地球のそれとよく似ている物もあれば全く違う物もあったが、青々と繁る様子だけは地球と同じだった。懐かしい。そんな感情と共に、帰りたいという故郷への郷愁がそよ風の様に胸をくすぐった。
「お待たせ」
「オウ。じゃあ行くか」
遠くの景色を呆然と見ていたら、直ぐ傍からまた別の女の声がした。何時の間にかもう一人いた?いや、と僅か前の記憶を思い出した。そもそも門を抜けた時に辺りを見回した時には、俺とその女以外に誰も居なかった。
何時の間に、と急に目に飛び込んできたのは零れ落ちそうに大きな胸と、黒い髪をした女。彼女は確か――
「どうしました?」
丁寧な物腰と柔和な笑顔で俺を見つめるのは、彼女達のボスの隣に立っていた黒髪の女だ。忘れたくても忘れない顔立ちと身の丈ほどもある長い杖は記憶の底にこびりついて忘れたくても出来なかった。
まぁ、要は超絶美人という訳で。無論、長身の女の方もだ。ただ、こちらは格好良いとか美形という表現が適切な分類だが。運が良いのか悪いのか、分かんなくなってきたな。
「あなたの世界の常識は私達とは違うのですね。今、私の足元に描かれている模様は長距離転送用の魔法陣。コレを使ってあなたをハイペリオンまでお運びします」
「転移?それにハイ……?」
「転移とは一瞬で遠くまで移動する技能の事ですね。ハイペリオンは私達の都市の名前。この山の向こう側にそびえる巨大な神樹の周囲に作られた街です」
黒髪の女性はにこやかに説明すると俺の手を握り、魔法陣に入るよう促した。暖かく柔らかい感触が手を伝い、何とも言えない良い香りが鼻腔をくすぐった。そんな程度が感じ取れる位には距離が近い。いや、ホントに近いんですけど。
「ハイ、着きましたよ」
ん?もう?俺が黒い髪の女性に見惚れている内に転移とやらは終わってしまったらしい。それらしい光景と言えば、3人揃って魔法陣という模様の中に入った瞬間、灰色の光に包まれた位だが――しかし目の前に広がる景色は先ほどとは全く違っていた。
一瞬で遠くまで移動する技能、という説明をどこまで信じれば良いか分からないが、少なくとも今いる場所はついさっきまでいた山とは違う場所。
一言で表現するならばドーム。石畳の床に石造りの壁という構成こそついさっきまでいた牢獄と同じだが、広さは段違いで、しかも明るく、天井は丸みを帯びている。一番近い建造物は何だったかと記憶をほじくり返し、やがてその名を脳裏に描いた。ギリシャのパンテオンだ。最も、ココはあそこまで豪華ではなく、寧ろ酷く質素だったが。
※※※
石造りのドームの外に広がる光景は牢獄の外で見た雄大な景色とはまた別の意味で絶景だった。豪奢な意匠が施された柱、大人が三、四人は横並びで歩いてもまだ余裕がある程度に広い廊下と、その上に釣り下がるシャンデリア。窓の外を見れば木漏れ日の向こうに広がるのは一面の青色。
見る分には地球に現存する城と大差ないが、最も大きく違う点は廊下を行き交う兵士。規則正しく一定間隔で歩く鎧騎士の中身は空洞で、聞けばボスの魔力で動いているという。
地球とよく似た中世の城を歩いているだけならば何も思うことはないが、中身が空っぽ、伽藍洞の騎士がまるで人間と同じように動くその様を見れば、ここが地球とは違う場所なのだろうという感覚が沸々と湧き上がる。そんな騎士達に連れ添われながらしばらく歩いていると、やがて途轍もなく大きな門の前へとついた。
「お連れしました」
黒髪の女が扉にそう伝えると、ギギギと古めかしい扉にありがちな鈍い音を立てながら扉がひとりでに開いた。
続いて銀髪の女が先んじて扉の向こうに入り、黒髪の女は俺の顔を見ると扉の向こうに行くよう促す。ココまで来て取って食われるなんてことはない――と信じたい。覚悟を決め、扉の横に立つや剣を構えた姿勢のまま動きを止めた鎧騎士に見送られながら、扉の向こうへと歩を進めた。
部屋は廊下よりもいっそう豪華だった。やや細長い造りの部屋は、奥まで軽く2、30メートルはあり、横を見ればアーチ構造をした柱がいくつも並んでいる。天井もかなり高い。どうやら二階層で出来ているようだ。アーチ状の上には手すりが見え、その奥にも空間が広がっているのがチラと見えた。
正面を見た。総勢で20人近い男女が集まっていた。気を失う前に見た顔、見ない顔もあったが、一つだけ分かるのは全員が相当に強いという事だけ。誰もがまるで殺さんばかりに睨みつけるその視線は、何時か経験した時と同じく身体を貫き、硬直させた。
「ようこそ」
視線が、声に霧散した。部屋の一番奥の壁に彫られた巨大な樹木の意匠の手前に座った女が俺に言葉を掛けるや、全員が一様に視線を逸らし、女を見た。助かった。あんな視線の中で何か話せと言われてもムリムリ。
「さて。道すがら話は聞いているでしょうから、さっそく話して貰いましょうか」
いきなり本題に来た。
「俺が住んでいた場所の話を聞きたいんですよね?」
「そうです」
「何故です?そもそも、どうして俺が別の場所から来たってわかったんですか?」
素直に話しても良かったかもしれないが、先ず率直な疑問を口に出した。が、質問をし始めた辺りから周囲がわかにざわつき始めた。知らない顔も知った顔も一様に頭を抱えている。何か変な事を言ったか?失礼はなかったと思うのだけど。
「聞きたいのならば教えてあげましょう。私達は世界の情報を集め管理しているからですよ。だから君の情報も知りたい。それが別の次元、世界であったとしてもです。次に同じケースが発生した場合、何かの助けになるでしょう?」
意外と素直に話してくれた。記憶の中に見た、冷徹な印象は全く感じない。が、またもや周囲が動揺した。誰の顔も唖然呆然としており、俺と中央の豪華な椅子に座る女を交互に見比べている。
「別の場所から来たと分かった理由もついでに教えてあげましょうか。君が眠っている間に特殊な魔法を使用して、過去の記憶を引き出しました。無論、本来の目的は翻訳です。意思疎通が出来なければ情報も引き出せないですから。もう聞きたい事はないですか?」
彼女の答えは丁寧で淀みなかった。この世界は不思議だ。地球よりも明らかに文明が進んでいないのに、その代わりとばかりに発展した奇妙な技術は明らかに科学技術で出来る範囲を超えている。
どんな原理か分からないが、俺の頭から記憶を引き出したというならば信用するしかない。しかし、だ。記憶を引き出したのなら直接聞く必要はないんじゃない?
と、そんな当然の疑問は一先ず胸の奥に押し込む事にした。話せと言われた以上、話さなければどうなるか分かったものではない。それに、協力の条件は地球の情報を教える事。考えれば考える程に都合がよすぎて薄ら寒い気持ちもあるにはあるが、とにもかくにも約束を守るのが先決。
促されるままに地球、取り分け日本の情報を教えた。文化、文明、風土、気候、その他にも色々。時折、中央に座る女や周囲から質問に回答しながら、地球の情報を提供した。
一部は怪訝そうに話を聞いていたが、次第に興味と関心に支配されてき、話が終わる事には誰もがアレやらコレやら議論し始めていた。




