幕間4 異能 開花 其の2
「な、何なんだアイツはァ!!」
不可能と思われたエリーナの救出を散々に見下してきた男がやってのけた。フォシルの感情は混乱、怒り、恐怖、様々な感情でぐちゃぐちゃになる。
「クソがァ!!」
「行かせるか!!」
「そりゃあコッチの台詞だボケが!!所詮一発限りの馬鹿力ッ、やれ死霊共!!」
ヒステリックな声に、死霊兵の群れが動く。ガシャガシャと音を立て、アイオライト達と伊佐凪竜一の間に壁を作る。
死霊兵のメリットは肉体の枷からの解放。疲れを知らず、痛みも感じず、少々のダメージ程度では止まらない。加えて、既に死んでいる影響からあらゆる感情に対して鈍い。故に、本来ならば怯むほどの戦力差であろうが淡々と、忠実に実行する。
幾つものメリットをフル活用する無数の死霊兵。対するアイオライト達も果敢に攻めるが、足元の魔法陣への対処が残っている為にどうしても慎重にならざるを得ない。
「ハハッ。良いザマだよ元英雄さん!!さぁゴーレム、足元に転がる男を殺せェ!!」
「まだ動けるのか!?」
「クソッ。鉄騎兵の数が多すぎる!!」
嘲笑う声、驚く声、悲痛な叫びがない交ぜに戦場を揺らす中――
オオオオォ
ゴーレムが不気味な唸り声を上げた。核となるエリーナは消失したが、残存する魔力が巨体を動かす。ギギ、と巨大な鋼鉄製の右腕がゆっくりと動く。
「殺せェ!!」
可動域で止まった腕が、フォシルの殺意に弾かれ、勢いよく振り落とされる。
ズゥン
叩きつけられた拳に地面が激しく揺れ、石畳や家屋に無数の亀裂が走る。誰もが死を予感した。が、またしても全員の動きが止まった。再び全員が呆然と見つめる先は、ゴーレムの拳。
「オイ、何がどうなってェ!?」
「いや、コレは……そんな」
「信じられん……」
「コレが、地球の神から贈られた異能だと!?」
「すげぇ……」
眼前にエリーナ救出時とは比較にならない鮮烈な光景が広がる。振り下ろしたゴーレムの拳がどこにも無かった。ならば何処に、と全員の視界がゴーレムの遥か後方の建物に向かう。
弾き飛ばされ、ひしゃげ、原形を留めない巨大な腕部が建物の石壁に突き刺さっていた。仮に何らかの方法で繋げようとしても、恐らく腕としての機能は到底果たせない。
視線が再び動く。血塗れの伊佐凪竜一が、拳を振り抜いたポーズのまま立っていた。彼の仕業だ。致命傷を負い、記憶も殆どない。そんな状況でゴーレムを押し返すなど有り得ないと誰もが考えた。が、全員が矛盾した結論を受け入れた。彼以外に有り得ない。
「な、何が……」
フォシルは混乱した。如何に核が消失したとはいえ、内在する膨大な魔力で起動するゴーレムの火力は落ちていない。だというのに攻撃が容易く弾かれた。が、この程度は序の口。
「オイ……なんだテメェ、何してやがる!?」
フォシルは見た。伊佐凪竜一へと流れ込む魔法陣の光が彼の周囲で渦を巻き、消失する光景を見た。
「何だよソレェ!!テメェ、まさか……まさか魔法陣を無効化してるのか、有り得ねぇだろバケモンがァ!!」
魔力無効。誰もが彼の身に起きる現実を信じられなかった。人類を軽く超えた身体能力に魔力が効かない特質が付与されたとなれば、その存在は世界のパワーバランスを崩しかねない。
「ふざけんなァ!!」
その声は今までとははっきりと違った。怒りよりも焦りの色が強い声と共にフォシルは姿を消し、次の瞬間には伊佐凪竜一の眼前へと転移、同時に片手で首を、もう片方の手で頭を掴んだ。
「なら直接ッ!!」
もはやなりふり構わず。揺らがない筈の勝利が揺らぎ始めた動揺を必死で抑えるフォシルの意志が、何が何でも伊佐凪竜一を殺すという答えに集束する。理解した伊佐凪竜一も腕を振りほどこうとフォシルの手を掴み、しかし振りほどけない。
ゴーレムの拳を吹き飛ばした力があれば魔術師の細腕など容易く振りほどける。が、現実が否定する。フォシルの執念。
誰にも気取られない様に都市全域を覆う結界を準備するのにどれ程の時間と労力が掛かるかなど言うまでもない。女の細腕に宿るのは今更引くことなど出来ないという執念が絞り出す悍ましい力。異能すら超える意志の力。
加えて伊佐凪竜一の疲労。引き剝がされまいと死力を尽くすフォシルの細腕を掴む彼の手は震え、止めどなく血が滴り落ちる。無茶をした代償が今の今になって身体を蝕み始め、フォシルの魔術が牙を剥く。
「お前だ、お前さえッ、お前さえいなくなれば!!」
女の目は常軌を逸していた。顔は目の前の男を殺す以外の全てを投げ捨てた純粋な殺意に滾り、血走った目は己の理想しか見ていない。
やがて、フォシルの表情が恍惚に支配された。伊佐凪竜一の抵抗する力が少しずつ弱まる。アイオライト達は魔法陣とゴーレム、死霊兵の三重苦の前に遅々として辿り着けない。
フォシルは勝利を確信する。不測の事態が幾つもあったが、それでも夢にまで見た世界への第一歩を踏み出せる。理想への一歩。これまで起きた不測の事態は全て神の与えた試練。己はソレを乗り越えた。盲目的で歪んだ信仰が、現実を都合よく解釈する。
ドカン
戦場に突如として響いた爆発音が轟くその瞬間まで。女は自らの勝利を信じて疑わなかった。が、爆音と共に崩れ落ちる。
「今のどっからだ!?」
「今度は何だァ!!」
驚き、戸惑う無数の声が戦場を横断した。
「ゲ!?」
誰かが、まるでカエルを潰したような呻き声を上げた。声の主はアイオライト。反射的に、彼の視線を追い――
「「「ゲ!?」」」
仲良く同じ声を上げ――
「うわぁ……」
最後に気づいた伊佐凪竜一は呆れた。
「アナタぁ、大丈夫ですかー?」
「ご無事で何よりですわ、ご主人様」
全員が見つめる視線の先、損壊を免れた建物の屋上にいたのはハイペリオンにいる筈のアメジストとローズだった。
「コレはマズい……」
アイオライトが堪らず本音を零した。




