幕間4 絶望浸食 その1
ゴーレムが繰り出す苛烈な攻撃により都市中央部は廃墟と化した。が、それでも尚ゴーレムは止まらない。
肩に立つローブの女の命じるまま、300年の時を超えて破壊と殺戮を行う。弱点は胸部の核。が、その核はエリーナ自身、核の停止は即ち彼女の死と同義。
大の虫を生かして小の虫を殺す。その選択が突きつけられた時、即断できる人間などいない。ましてや犠牲となる「小」が自らの親しい人物であったならば尚の事。
だが、と誰ともなく覚悟を決める。止めねば被害は青天井、止める為には仲間を殺さねばならない。非常の決断に迷う時間はなく、やがて4人は覚悟を決めた。そんな選択を強いる女への怒りと不条理と混乱と迷いが胸を支配する中、前を向く。
「クソがァ!!なんで来やがった!!」
迷う心に一筋の光が射した。ゴーレムの肩の上から勝利の余韻に浸る女が何かに怒りを露にする。予想外と誰もが視線を追い、伊佐凪竜一を視界に映す。ゴーレムに組み込まれたエリーナを覚醒させる可能性が最も高い男。しかし――
「どけッ」
「そうはいかないでシょう?」
直後、その姿を覆うように人影が出現し、彼を滅多打ちにし始めた。
「兄貴ィ!!今、助けに……」
何かと戦っているようだが防戦一方に見えたジャスパーは咄嗟にそう叫び、次の瞬間には勢いよく大地を踏み込んだ。
「駄目よ」
その足が背後からの声に止まる。気勢を上げるジャスパーを制止したのはアクアマリン。
「なんでだよ!!」
「アレは粘土人形。大地属性の使い魔で大した強さはないけど、でもあの状況と女の言葉から察すれば、彼の目には粘土人形が地球の想い人に映っている。アナタ、そんな状態で壊せる?」
魔術に疎いジャスパーは、当初彼女が制止した理由を正しく理解出来なかった。彼にはまるでマネキン人形に近い姿形をした粘土状の何かが伊佐凪竜一を一方的に攻撃している様にしか見えない。いや、彼だけではない。
だが世界でただ一人、伊佐凪竜一だけが人の如く蠢く粘土を人間と誤認していると、アクアマリンが見抜いた。ジャスパーの顔が苦悶に歪む。
「記憶だよ。あの女、記憶転写魔法陣を使って地球の記憶を全く別の記憶に上書きしたんだ」
「そ、そんな事出来るんですかい?」
「出来ねぇ。だから強引にやったんだよ。エリーナの件と言い、下手すりゃあ廃人一直線だ」
現状を補足したアイオライトの言葉にジャスパーは怒りを露わにする。脳の記憶領域にアクセスする魔法陣の効果を逆転させ、任意の記憶を脳に流し込み、強制的に上書きする。記憶を取り出す魔法陣本来の用途ではなく、その危険性故に禁止行為となっている。が、女は一切の容赦なく使用した。
「つまり、端から道具としか見ていないという訳だ。外道の所業だよ」
「それに、これだけ的確に変えられるんだから魔術の改竄禁止協定だけじゃなく、人体実験もしてるわね。滅茶苦茶じゃない……だから人類側からも支持を得られないって、何で理解できないのかしら」
「そんなんじゃ、誰からも理解されねぇに決まってるじゃねぇか!!」
冷静に状況を分析する3人も、知識が未熟なジャスパーも一様に否定した。が――
「理解しているに決まってるだろうが!!だから……私達の理念を理解しないヤツにも死んでもらわなきゃあいけないんだろぉが!!」
ローブの女が怒り任せに反論した。いや、反論と呼べない。独善的な言葉に全員が怒る。理念や信念ではなく、妄執や妄念に支配されている。
酷く醜く独善的で、自分達を理解しない者に生きる価値などないと断ずる女の言葉は何処までも軽薄で、人間らしさを感じない。しかし、如何に怒れども鋼鉄のゴーレムを抜くことは叶わない。
エリーナという核を得たゴーレムの圧倒的な火力はかつての英雄、カスター大陸にその名を轟かせるジルコンの膝を容易く折る程に圧倒的。更に核であるエリーナそのものが人質として作用する為に全力を出せない。
もはや頼るべきは伊佐凪竜一のみ。が、彼にクレイ・モデルの打倒は困難。ならば、と恨まれるのを承知でアイオライトが向かうが、ゴーレムとローブの女が行く手を阻む。
「アハハハハハハハッ。ココまで雁首揃えてやることがあんな男に頼るだけってのは芸がなさすぎでしょ?ソレに無理よ!!私の記憶移植の魔術は絶対に解けないし、逃げられないッ!!この女も、あの男も、甘く甘美な記憶に殺される運命な……の、よ?」
女はそう言って伊佐凪竜一へと視線を移し、言葉を止めた。油断した。勝ち誇った。圧倒的な火力と運が味方した計画が崩れ去るなどあり得ないと高を括った。
「なんで……ネぇどうして私を……」
「地球は滅んだ。もう、俺以外に誰もいない」
「違うわ。まだわたシが生きて……」
「君も、死んだ」
「ネぇ。本当にそう思う?今ならまだ……さぁわたシといっシょに……」
その光景に誰もが何も言えなかった。彼の目にはクレイ・モデルが大切な思い人の姿に見える筈。なのに、彼は人形の胸に拳を突き立てた。
「ネェ……なんで?どうして?」
「もう死んだと、言っているッ!!」
伊佐凪竜一は叫び、人形を力任せに殴り飛ばす。アクアマリンの言葉通り、大した強さを持たない粘土状の人形は粉々に吹き飛び、瓦礫や地面に飛散するとそのまま動かなくなった。その光景を呆然と眺める伊佐凪竜一。が、視線が動く。ゴーレムの肩に立つ女を睨み上げた。その目に、怒りが――否、決意が宿る。
地球が滅んだ光景は記憶に僅か残る断片的な映像と、神がそう言ったというそれだけしかない。己の目で直接滅びた地球を見た訳ではない。その事実が迷いを生んだ。もしかしたら、そんなまやかしの希望を生んだ。
が、決めた。己の生き方を。心が囁く。地球が滅んだ証拠を直接見ていない。もしかしたら生きているかも知れない。もしかしたら、もしかしたら――
「俺は、この世界で生きる。そう、決めた!!」
決断した。囁く迷いを振り切り、何も知らぬ世界で右往左往するしか出来なかった自身に救いの手を差し伸べた善意に報いる為、この世界で生きると。
「何なのよアンタッ!?ふざ、けるなよッ!!ならッ、コレだけは使いたくなかったんだけどッ!!」
想定外にローブの女は激高する。鋼鉄のゴーレムの上から魔法陣を空中に描く。その魔法陣に呼応し、都市全域がボウッと淡い輝きを放った。
いや、ごく一部。水路だ。女が空中に描いた魔法陣に呼応し、都市を縦横無尽にめぐる水路の一部に不気味な青白い光が灯り、まるで何かを描くように動き始めた。
「まさかッ!?」
「何をするつもりだ?」
「魔法陣?まさか、都市全域に魔法陣を展開していた!?そうか、魔力残滓が追えなかったのはこんな巨大な魔法陣があったから!?」
「不味いぞ。あの女の言葉が確かならばコイツは!?」
「もう遅いんだよッ!!お前達全員の記憶を壊し、消し、廃人にする!!」
女が叫んだ。直後、全員が膝をつく。辛うじて意識喪失は避けたが、しかし展開された魔法陣の中央に位置する彼らに逃げる術は無く、さりとて鋼鉄のゴーレムを討伐する火力も出せない。絶体絶命の危機。




