大切な記憶 過去
ハ、と意識が覚醒した。周囲を見回した。灰色の壁に四方覆われた小さな部屋にいた。見た感じ、牢屋に近い。ドコだ?そもそも俺は一体何をどうして――
「おはよう」
何処かで聞いた声が直ぐ近くから聞こえた。あの女、占い師の声だ。未だ淀んだ意識が反射的に声の主を見ようと動き、ガシャンという嫌な音と共に阻止された。何かに引っ張られるような感触がした。
「無様ね」
声が笑う。動こうとして、その度にチャリチャリと耳障りな金属音が耳をくすぐる。引っ張られるような感覚の中に冷たい何かの感触。そこまで来て、後ろ手に鎖で繋がれていると分かった。勢い削がれ、力なく床に顔を打ち付けた。石畳のひんやりとした感触が頬に広がる。
「アンタ……」
床に顔を打ち付けながらも俺は声を見上げた。何時かの占い師が見下ろしていた。フードの下に隠れていた冷めた目と視線があった。が、直ぐに隣に吸い寄せられた。
「そんな。なんで……」
酷く混乱した。
「貴方の役目はもう終わり」
「何を言っている?いや、その前にッ!!」
「会いたかったんでしょう?」
ローブの女の言葉に、言葉が詰まった。
「だから呼んであげた」
言葉に詰まる。本当は疑っていた。心の何処かで、地球はまだ存在していると信じている。
最初は神様の言葉を信じた。だけど日が経つに連れ、疑心暗鬼に駆られた。俺は崩壊した証拠を断片的な映像でしか見ていない。それに滅びた、と言われただけ。本当は滅んでなどいなくて、地球も、人類も生きているんじゃないかと。そんな、拙い希望に縋りついた。
「信じる?信じない?なら聞いてみたら?貴方が知っている事なら何だって答えられるわよ?」
「こんなことをして、どうするつもりだ?」
「別に。ただ、あの忌々しいエルフから離れない貴方が邪魔だっただけ。だから離れる理由を用意してあげたの。さぁ、お逃げなさい。逃げて、この世界で2人やり直せばいいわ。そうしたかったんでしょう?」
「違う!!」
「嘘よ。言葉はそう言っても心はそう言っていない。私には分かるのよ」
確信がある、と女はコツコツと靴音を響かせながらゆっくり近づく。
「記憶を覗き見たんだから」
見下ろし、根拠を告げた。見下ろす女の目を見た。長い髪の下から覗く目が、偽りではないと思わせるだけの強さと鋭さで睨みつける。
「何を言って……記憶?」
直後、激しい振動。しかも断続的に、何度も何度も地面が揺れ、更に遠くから爆発音まで聞こえた。
「何をしたッ!!」
「始まったのよ?」
「何が!?」
「世界を正しい姿に戻す為の戦い。この世界は私達人類のモノなのに、独立種なんていう汚らわしい生き物がいるのが許せないのよ。だから無用な争いが起こる」
戦い?正気か?そんな一方的な理由で戦いを仕掛けるなんて無茶苦茶すぎる。
「違うッ。人同士でも争い合っている!!」
叫んだ。無駄だと分かっていて、それでも叫んだ。死ぬ。戦いが始まれば誰かが否応なく死ぬ。昨日まで酒を酌み交わした相手も、通りすがりの誰かも無関係に死ぬう。あの時の様に――記憶の底に焼き付く、地球最後の光景がフラッシュバックした。無意味に死体が積み上がる悍ましい光景に、頭が、心が激しい拒否感を示す。
「地球ではそうだったんでしょ?ここは平等という劇毒を受け入れ、盲信する未熟な世界とは違うのよ。全てに生きる価値がある訳ない。私達が独立種をこの世から消し去れば、残った人類もきっと考え方を変えてくれるわ」
「何も分かっていない!!」
「それはお前だァッ!!私達には権利があるんだよ。世界は私達のモノだっていう神からの啓示が。預言者が私にそう教えてくれた。まぁ、お前にはもう関係ない話だ。この世界を命を懸けてまで助ける理由なんてお前には無い。その気になったらこの女に言えば逃がしてやるよ。但し、嘘を付いたら力づくでねじ伏せる、最愛の女を攻撃出来るなら抵抗すればいいさ」
女は、一息で言いたい事を全て吐き出した。やはり全て無駄だった。決意が固いんじゃない。それ以外の選択肢を知らないか、あるいは全部塗りつぶしている風に見えた。
だから躊躇いない。女は言い捨てると踵を返し、笑い声と共に牢獄から消えていった。クソッ、何なんだ一体。が、そんな俺の元に別の女が寄ってくる。床に這いずる俺を見下ろすその目は確かに……でもどうして?なんで?
「君は……本当に?」
無意識に俺はそう尋ねていた。
「えぇ。わたシはアナタがよくしる、※※※※……」
が、外の戦闘が激しさを増し始めた影響ではっきり聞こえなかった。爆音轟音と共に部屋が揺れ、彼女の声を遮断する。
(駄目だ。その話を聞いてはいけない!!)
(そうやで。アンタの世界は本当に滅びて、世界に会った命は残らず輪廻の輪にきえていったんや!!)
今度は神様とハイペリオンの声が脳内に響いた。彼女が何かを囁くが、ソレ等も全部この2人にかき消された。
「でも、じゃあココに居るのは何なんだ!!」
矢も楯もたまらず叫ぶが、しかし神様の答えは頼りない。
(旅立つ少し前、君と話したことを覚えているか?)
あぁ、覚えている。ある意味では忘れたくても出来ない話だった。
※※※
「異世界に飛ばされた人の情報を教えて欲しい」
(言わんとすることは理解できるよ。残念だが、日本人は君だけだ。君がどうしてそんなことを聞きたいのか、君が知りたい何者かと君がどういう関係かは聞かないが、仮にいたとしてどうするつもりかね?そうか、弔いたいのだな。それが迷う理由かね?)
「おかしいか?」
(いや。君以外が不条理と笑おうが、君が確かな信念で選んだのならば笑う理由はない。誇りを自ら踏みにじっては人は人になれない。そして他人に踏みにじらせても笑わせてもいけない。)
※※※
その時の話が脳裏に蘇れば、同時に間接的ではあるが俺の会いたい人は死んでいるという事実に対する表現しようのない感情も一緒に蘇って来た。
(今、君の傍に見える何者かが君が弔いたい誰かなのだな?だが……)
(アカンで。それは敵の罠や!!)
神様は必至で頭に話しかけるが、直後に部屋が大きく揺れた事で気を回す余裕がなくなった。今度はさっきまでの比じゃない。激しく揺れ動き、大小いくつもの亀裂が走り、その隙間からパラパラと何かの破片が落ちてくる。下手をすればこの部屋自体が持たない。
「外で何が起きている?」
「ソレをあなたがシる必要はない。さぁ。わたシの手をとって、いっシょに逃げまシょう?ネ?」
彼女はそうやって俺に手を差し出す。あの時のままだ。俺の記憶の底にこびりついて、忘れたくても出来ない記憶の中の彼女そのままだった。




