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見知らぬ世界 其の5

 ――早く、早く助けてくれ!!


 ――お願いだ、早くしてくれぇ!!


 ――嫌だ。このまま消えたくない


 何かが、頭の奥深くから浮かび上がってくる。夢?夢か?夢の中の声は最初は幾つもの声だけだったが、やがて闇の向こうにうっすらと、ボンヤリと何かの光景が浮かび上がってくる。アレは――

 

「今はまだその時ではない。何れ全てを知る時が来るその日まで……ただ、今は微睡(まどろみ)の中に沈むがいい」

 

 直後、誰かの声が聞こえた。穏やかで静かで、心を落ち着かせるような低い男の声が聞こえると同時、俺の意識は再び真っ暗な闇の中に消えた。


 ※※※

 

 再び目を覚ました。肌にうっすらと寒さを、背中には硬い感触を感じた。周囲を見回した。薄暗い部屋、その中央に寝ていた。


 ココはドコだ?と考えるのは2度目か。最初は森の中で、次は地下室の様な場所。床も壁とも天井も一面の灰色。石を敷き詰めて作られた部屋は見ているだけで気分が滅入る。


 部屋の端には申し訳程度のベッドと簡易トイレ、その上部には鉄格子が(はま)った小さな窓が見えた。嫌な予感がして、反対側をみると予想通りの大きな鉄格子が出迎えた。


 今いる場所がどうやら牢屋らしい。嘆きたいやら叫びたいやら。以前よりも状況が悪化しているじゃないか。森ならばどこまででも逃げられたのだが、牢屋に閉じ込められては何も出来やしない。


 ハァ、と大きなため息を付いた俺は眠る前の事を思い出した。大きな鬼は意識を失うその直前に牙の破片を飛ばした。


 当たれば身体など残らない位の大きさと勢いで吐き出された破片は俺じゃなく、恐らく金髪の女を狙っていると直感的に察した。


 しゃがんでいれば大丈夫だと、頭が判断した。何も知らない世界で大怪我したところで助けて貰える補償なんてない。何より、あの場に居た連中は揃いも揃って俺より強いのは確実。最善、一番賢い選択肢だと理解した、()()


 だけど、身体は真逆に動いた。気が付けば俺は狙われている女目掛けて走り出して、女も俺の行動に気気付いて、だけど全く危機感を持っていないのか茫然と俺を見つめるばかりで何もしようとしなかった。


 他の連中も同じで、まるでこの女がどうなろうがどうでも良い、どころか更に一部に至ればクスクスと笑ってさえいた。


 そんな光景に酷く苛立った。だけど、それだけじゃなくて――何だか分からない内に、その女を助けていた。どうしてそうしたのか、今になってもさっぱりわからない。冷静にあの時を思い返してみれば確か一瞬だけ……と、そこで自分の身体の異変に気づいた。


 身体のアチコチを触る。記憶が確かなら腕が肩辺りから吹き飛ばされた気がする。その時の光景と共に、熱の様な痛みも思い出した。


 なのに、吹き飛ばされた腕はくっついていて、色々と動かしてみても何らの違和感もない。シャツのボタンを外して傷口を確認してみたが、傷らしい傷も何一つなかった。


 どうなってるんだ?夢だったのか?いや、そんな筈はない。あの痛みも、女の驚く顔も鮮明に記憶として残っている。


「オイ。聞こえてるかァ?」


「は?」


 声が聞こえた。しかもこの変な世界に来てから初めて聞く日本語だ。驚いた俺が声が聞こえた方向を振り向けば、鉄格子の向こうに女が立っていた。銀色の長い髪に褐色肌で長身の女の姿は忘れたくても忘れられない程度にインパクトが強い。俺が最初に会った女だ。

 

「お。やっぱ聞こえてんじゃねぇか。よぉ。アレから3日振りだが、覚えてるか?」


 3日。どうやら俺はこの窮屈な部屋で3日も寝ていたらしい。が、今はそれよりも確認しなければならないことがある。


「こ、ここは何処なんだ?あんた達は一体誰で、俺はどうしてココに居るんだ?って、そもそもなんで言葉通じてるの?」


 矢も楯もたまらず、俺は矢継ぎ早に質問を繰り出した。理由は分からないが、言葉が通じるならば色々と聞きたい事がある。


「色々と教えてやるよ。だから早く出な。動けんだろ?オイ、鍵開けろ」


「はっ」


 女が何処かに向けて指示を出すと、直ぐに看守らしき誰かがやってきて鉄格子の鍵を開けた。錆びたキィキィと耳障りな音と共に鉄格子が開き、俺は女に促されるままに石畳の通路を歩かされた。


 ※※※

 

 どうやらこの場所が牢獄である事は間違いないようで、石畳の通路の左右には一定間隔おきに鉄格子が嵌っていた。中には人が居なかったりいたりとマチマチだが、牢屋の数にしては入っている人間は少ないところを見るに、治安は良さそうな気がした。


 やがて牢獄の端へと到着、更に階段を上り続けた先にある大きな鉄格子を抜け、小さな部屋に到着した。奥には控える数人の看守が一斉に直立不動で敬礼した。この隣の女は、相当に身分が高いらしい。


 看守の更に奥には奥に鉄製の大きな扉が見えた。多分、外に繋がっているのだろう。


「コチラで管理しておいたアナタの私物ですが、でも用途不明の物ばかりです。コレ、一体何なんです?特にこの奇妙な板っぽい物」


 部屋に通された俺を見た看守は中央に置かれた木製の机の上に籠をドサッと置くと、その中からスマートフォンを摘まみ上げた。よく分からない物だから怖いのだろうか。が、しかし説明したところで理解できるかどうか怪しい。


「言えない理由でもあるのか?」


 耳元から女の声がした。大柄な女が興味深そうに俺と荷物を見下ろしている。


「あー。いや、その遠くの人と連絡を取ったりするのに使う道具。で、あの、同じヤツが無いとダメなのでココでは使い物にならないです」


「コレが?嘘でしょ?」


「どうやらオレ達とは全く違う場所から来たって話は本当みたいだな」


 俺の説明に看守は怪訝そうな表情を浮かべながら、同時に机の上に置いたスマホを指で突いた。その反応と、耳元の女の驚いた口調と台詞からするに、やはりここは地球と違うようだと結論した。まぁ、分かり切っていたんですが。


「やっぱり、ここは俺の居た場所とは違うんですか?」


 今度は俺が質問した。


「オレ達の連絡手段はコイツだ」


 と、女は大きく開いた服の胸元に手を突っ込み、無造作に何かを取り出した。小さな瓶。その中に小さな何かが居た。


 驚く俺に、女は瓶の蓋を開け放ち、中にいた何かを解き放った。瓶から飛び出した何かは大きく背伸びをした。同時「ふあー」と、力の抜けるような甘ったるい声が検査室に響いた。何だコレ?


「連絡用の人工妖精(エアリー)って奴だ。原理は落ち着いたらでいいだろう」


 女はぶっきらぼうに説明したが、何が何だか分からない。が、向こうも同じだ。携帯の機能を説明したところで向こうも同じく分からないと匙を投げるだろう。だから説明を飛ばしたらしい。


 この銀髪の女性、一見すればワイルドでガサツっぽく見えるだけで結構繊細で人の心の機微(きび)をよく分かっているようだ。


「じゃあ過不足なく受け取ったか?問題ないの確認したらボスのところに向かうからな」


「はい。あの、ボスって?」


「忘れたんか?無謀にもお前が助けたヤツだよ。馬鹿だねぇ、力の差は肌で感じてただろうに」


 ハッキリと指摘された。俺は、何も言えなかった。やはり助けたのは無意味だったようだ。まぁ、身体が勝手に動いていたのだから強かろうが弱かろうが、知っていようがいまいが同じ行動を取っただろうけど。


「ま、そう落ち込みなさんな。ボスもそこまで冷血じゃない」


「嘘……」


 看守がそう呟きかけると慌てて言葉を呑み込んだ。


「まぁちょっと位は、な。で、だ。ボスはお前に興味が出たそうだ。良かったな。本来ならば極刑、その場で消し炭になるところだったんだぞ」


「消し……嘘でしょ?」


 女はケタケタと笑った。冗談とは思えなかった。あのゾッとする目を見れば、確かにその程度はし兼ねない冷酷さを感じた。


「嘘だと思うか?なら後でお前と会った場所、見せてやるよ。周辺一帯に何も残ってないぞ。あのデカブツがボスを怒らせのが原因でな。ま、とにかく今は運が良かった事を喜びな。本題だ。ボスはお前の世界の話を聞きたがっている。勿論、見返りもあるぞ。ボスが満足すれば最低限だがここでの生活は保障してやるし、生きる為の情報も教えてやる」


 女は再び笑った。今度はさっきの様な悪戯っぽい笑みではなく、安心させるような笑顔を向けた。好条件だと思う。


 今の俺はこの世界に来た経緯だけがスッポリと抜け落ちている。どうやって来たのか分からないのに、戻る手段が分かる訳がない。となれば、その辺りを思い出すまではこの世界で暮らさねばならない。


 なんで言葉の壁がいきなり取っ払われたのか不明だけど、不幸中の幸いだ。で、更に生活の保障と必要最低限の情報も教えて貰えるとなれば、僅かだが生きていける目途も立つ。俺の住む世界の事を教えるだけにしては十分すぎる見返りだ。


 とは言え少しだけ不安もあるし、もっと言えば余りにも俺に都合が良い条件に少々胡散臭い何かを感じ取ってもいるのも確かだが――とは言え、選択肢は無い。記憶の一部は抜け落ちているが、地球での話ならば大抵のことは覚えている。


 選択肢が存在しない以上、この提案に(すが)るしかない。提案を受け入れる旨を伝えると、女は満面の笑みと共に鉄製の扉を開け、外に出るよう促した。何にせよ、首の皮一枚繋がった。

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