幕間3 消息不明
――夜
伊佐凪竜一、エリーナが揃って都市から忽然と消えてた。彼等が滞在する宿泊施設は大いに荒れた。
「何が一体どうなってるんだ?」
夜になっても戻ってこない、もぬけの殻の部屋にアイオライトの声が響く。今まで誰にも見せた事がない程度に青ざめた表情で声を荒げる彼の心中は自責の念一色に染まる。
失態だと、そう言われても致し方ないと彼は自責の念を深める。都市の護衛部隊を借り受け、朝方から不審者の情報を集めて回っていた彼にしてみれば、そんな最中に2人が姿を消してしまうなど想定できなかった。
伊佐凪竜一も相応に強いが、エルフの中でも指折りの強者であるエリーナを連れ去るなどほぼ不可能に近い。しかも、一連は誰にも気取られなかった。
今のエリーナは少女の形をしているが魔力量も知識も成体時と遜色ない。ただ、精神面の幼さ含めた複数の要素が重なり、膨大な魔力の制御に難を抱える状態。よって、強引に拉致しようとすれば抵抗を試み、抵抗すれば周囲一帯が派手に吹き飛ぶ。場合によっては都市そのものが消滅しかねない。だというのに、その様な問題はただの一件も上がっていなかった。
誘拐か、あるいは殺害か。しかしどの可能性も低く、またそれ以上に証拠らしい証拠も全く出てこない。よって、何が起こったかさえ不透明。
「有り得ないですぜ。ナギの兄貴だけでも問題なのに、エリーナの姉さんも纏めてなんて!!」
「そうね。エリーナ様が簡単に捕まる訳がありません」
声を荒げるジャスパーと、対照的に落ち着き払うアクアマリンの声が伊佐凪竜一の部屋に重なる。が、落ち着ているのは一見したらそう見えるだけであり、実際は立っていられない程に憔悴しきっており、ベッドに腰を下ろし呆然と床を眺めている。
「あぁ。この時期、この場所で問題起こすなんて正気の沙汰じゃねぇ。誰かが何かやらかすつもりらしいな。ジャスパーはジルコンに連絡を。アクアマリンはヴィルゴの詰め所に向かって捜索人員の確保を頼む」
「へいッ!!」
「分かりました」
「会議に先立ち、都市全域の出入りは厳重にチェックされているから逃げられるはずがない。近隣都市にも協力を仰いで不審な人物、荷物は全て検閲する様に通達済み。だが……」
「えぇ。この辺りだけなら俺達に協力的な人間ばかりなんですが、今は色々な場所から来てますからね。真面目に協力してくれる奴はいるでしょうけど、運が悪けりゃあ……」
「ハァ、だから人間って嫌なのよ」
アクアマリンが堪らず本心を吐き捨てた。彼女が伊佐凪竜一をやんわりと否定するのは人類自体を忌避しているから。
オークやエルフと言った独立種と比較的距離が近しいこの都市は例外的だが、海を隔てた隣のアインワース大陸やその先のジョブズ諸島群に行けば、人間は人間同士、独立種は独立種同士で集落を形成、接触を最小限に抑えているのが一般的。
それ程に種族間の対立、差別は根深い。そして、その対立を煽り、利用するのが人類統一連合なる組織。
「今は抑えろ。とにかく、この状況を俺達だけで何とかするのが先だ。外に漏らせばどうなるかわかったもんじゃない。特にアッチには絶対伝えるな」
「はい。あの方ですね」
「ってぇと、どちらさんで?」
「アメジスト」
アメジストにだけは絶対に、と指示するアイオライトにジャスパーは驚きを隠せない。エリーナ=シトリンだけでも相当なのに、伊佐凪竜一の傍にエルフ総裁までいると知った。しかも何れも超がつく有名人。四姉妹の美貌はカスター大陸全土は元よりアインワース、ジョブズの隅々にまで轟いている。勿論、強さと美しさの双方である。
「え?総裁じゃないすか?って、まさかナギの兄貴って……いやぁ、もてますねぇ」
「理由があるんだよ。アイツ、ウチの四姉妹と番らしくてね」
「へぇ。ソイツはまた……なら尚の事、俺達だけで何とかしないとダメすね。じゃあ俺、信頼できる仲間に声かけてきますよ。兄貴の一大事だからうだうだ悩んでられねぇ!!」
事態を察し、ジャスパーが急いで部屋を飛び出した。残った二人は大柄なオークの頼もしい背中を黙って見送った。
「では頼みの綱の数は彼等に任せましょうか。私は詰め所に寄ったら周辺の魔力残滓を再確認してみます。後、コレ言おうかどうか迷ってたんですけど……」
ややあって、アクアマリンも動く。が、何かを言おうとして口ごもった。
「何か?」
「都市全体か一部だけなのか分からないんですが、ちょっとおかしいんですよね。魔力の残滓反応が時折微弱な魔力の流れに乱されるんです。そのせいで調査が進まなくて。都市防衛計画の一環なのかしら?にしてもちょっと不自然で」
彼女は独自に行う調査で感じた違和感をアイオライトに告げた。ほんの僅かずつだが身体から漏れ出す魔力が空間や物質に付着し、痕跡として残る。この痕跡を探し、辿る事で対象人物、あるいは物品の場所を特定する技術がある。
アクアマリン程の技量があれば雑作もなく、仮に技量が低くとも補佐する専用道具があるので調査は容易。が、何故かその調査が出来ないと言う。
「どうだろうな。秘書のフォシルは少なくともそんな話をしていなかったぞ」
「都市長は?」
アクアマリンの問いかけにアイオライトは首を横に振った。どうやら最高責任者である都市長からの言質は取れなかった。
「それどころか計画すら知らん、とさ。噂以上だ」
鼻で笑うアイオライト。ですよねぇ、とややってアクアマリンも同調した。他方、アイオライトの顔は一層険しさを増す。ただ、都市の責任者からロクに話は聞かなかったが、秘書の言質ならば信用できる。
「気になるなら追ってみても良いかも知れない」
「誰も彼もが怪しいですものね」
「それもある」
含みを持たせるアイオライトの指示。アクアマリンが、え?と僅か動揺を吐き出す。
「誰かが、何かの目的で調査を邪魔している。もしくは」
「もしくは?」
「邪魔は副次的な効果で、もっとデカい何かの準備……かも知れない」
最終的な彼の判断は、誰の言動も信用しない。重ねた予測にアクアマリンは閉口した。呆れた訳ではなく、それ位の事態が起きうる可能性を肌で感じ取った為。
「では、私は再調査に」
アクアマリンは足早に部屋を去った。残ったのはアイオライトただ一人。
「少し前にナギ君がハイペリオンで遭遇した人類統一連合の男。未だ神樹を目指す魔獣の群れ。今回の誘拐騒動と謎の占い師。全部繋がっている筈だ。待ってろッ。俺の仲間に手を出したらどうなるか、忘れたってんなら思い出させてやる!!」
決意を胸に、主なき部屋の扉を乱雑に閉めたアイオライト。その表情は怒りに燃えていた。




