不穏な気配 其の3
――よく会うね?
――あぁ
――今、面倒くさいって思ったでしょ?
――イイエ
――でも……会える内が華よ。
――何かあったのか?
――ううん、何でもない。
――そうか?
――そうよ。さ、今日も飲もう。
※※※
「おーい」
ここ最近、昔の事を良く思い出す。なのに、まるで突然分厚い霧に包まれた様に記憶が遮られる。大切な何かが抜け落ちている様な気がして、だが思い出せない。霧から掬い上げても直ぐに消える。顔も、名前も思い出せる。ただ、それ以外が曖昧だ。俺、何で彼女と話しているんだっけ?
「早く起きろー」
あぁ、まだ酒が残って頭がガンガンする。目を開く。歪んで、掠れた視界にエリーナの顔が飛び込んできた。露骨に不満そうだ。
「出かけるぞ」
「何処に?時間は大丈夫なの?」
「何処でも良い。時間は空いた……なんか、フォシルのヤツにどうしても外せない急用が出来たとか言ってな」
「誰?」
「都市長の秘書。都市長に代わり会議一切を仕切っとったんだが、おかげで警備の話とか全部宙ぶらりんになった」
「暇なんだ?」
「んにゃ。アイオス達は今アチコチ確認して回っとる」
「皆、元気すね」
「建前だよ。実際は例の占い師を探している。記憶の件と合わせたらほぼ黒だろう。最大の問題は人類統一連合か否か、だとしたらなんで君を狙ったのか、だな」
どうやら時間が空き時間に昨日俺が会った占い師を探しているらしい。確かに怪しい雰囲気は感じたし、途中から明らかに記憶が抜け落ちているのに強い違和感がある。
何かされたんだとは思うが、当人が思い出せないなら人海戦術で探し出した方が手っ取り早いと判断したのだろう。
「今、君とあった占い師が辿った痕跡をアクアマリンが丹念に調べている。相手が魔術士なら何処かに魔力の痕跡とかが残っているかもしれない」
「見つかるかな?」
「期待はしていない。が、結果は会議参加者と都市長にも伝える。話次第では応援を寄越してもらえるから捜査にも弾みがつく。流石にココまで人数が増えれば見つかるのは時間の問題と思いたいな。但し、参加者の誰も人類統一連合と組んでいないのが前提となるがね」
「そんな連中なんだ?」
どうやらかなり面倒な組織らしい。エリーナの顔が怒りにくしゃっと歪んだ。それでも可愛らしい顔立ちのせいでそう見えないが。
「規模が分からんのよ。アレの目的は世界を人類だけの物にすること。今起きている貧困とか魔獣とかその他諸々全部の原因が独立種にあると勝手に決めつけて、いなくなれば全てが元通りになると信じている」
「滅茶苦茶だ」
「そう。勝つ為になりふり構わなかったのはお互い様。何より人類側でさえそんな風に思っていないのに、奴等だけは300年前に人類を救うために現れたとされる預言者の言葉を信じて疑わない」
「預言者?」
何か良からぬことに巻き込まれた以上、俺も部外者ではなく当事者。エリーナは今まで黙っていた情報を話し出した。人類統一連合と預言者。確かにあの島にいる限り、知る機会は巡ってこなかった。
「そう。その面倒くさいヤツが人類側に肩入れしたのが原因で、それまで奇跡の力とか呪いとか雑多に称され、体系化されていなかった人類側の魔法技術が魔術に昇華、魔術師の数が激増した。更にゴーレムを与え、挙句に何をどうしてかワシ等の居場所まで教えたモンだから戦いは一気に泥沼に陥った」
「最終的にどうなったの?」
「人類側が継戦派と和平派に分裂、人類間で始まった泥沼の内乱の末に和平派が継戦派全員を粛清、首をワシ等に持ってきて終戦を訴えた事で漸く戦いが終わった」
驚いたな。何が驚いたって和平派という言葉から考えられない物騒な手段で和平を実現したという話。でも、そんな強引な終わらせ方だと継続派は納得しないんじゃないか?
だからあの島に魔獣をけしかけたりと無茶苦茶な真似をしていると考えれば一応合点がいく。でも、300年前の因縁で今を生きている誰かを傷つけるのは道理に合っていない。
「300年も経てば少しは大人しくなると思っていたんだが、ここに来て活動が活発化。今後は時間も余り取れないかもしれない……だから行くぞ!!」
ははぁん、サボる気だな?聞かずとも分かります。外に行くんですよね?遊びに出かけるんですよね?言わんとすることを察するとエリーナが満面の笑みを浮かべた。
そんな顔を見ていれば、さっきまで見ていた夢の話の事なんて何処へやら。まぁ、思い出せないならそう大したことじゃないんだろう。
※※※
終始楽しそうなエリーナを眺める。まるで子供の様に――すいません子供じゃなかったですね。殺意籠めた目で睨まないでください。ま、それはともかくエリーナが楽しそうなら特に文句はない。
今は小さな身体に収まっているけど、島では一番世話になったし、何だかんだで俺の事を一番気に掛けてくれていたのは彼女だ。大半が妹のアメジスト絡みなのが悲しいところだが――
大陸としての規模は隣のナントカという大陸よりも小さいと聞いた。ただ、この都市はほぼ中央に位置する平原にあり、大陸間の往来の中継地点になっている関係で人が特に多い。
人口の規模は地球と比較にならない位に少ないけど、なるほど活気だけなら地球以上に見えた。行きかう人波が一様に同じ方角へと向かう。
この都市の守護者と言われる巨大な鋼鉄の巨人、ゴーレム。エリーナが話した昔話に登場するゴーレムは、昔起きた戦いの際に預言者から与えられた兵器。元は精霊だか神だかが「何か」と戦う為に作り出した兵器を使い、人類は独立種と戦った。
が、戦いが終わればお役御免。物も言わなければ動きもしない過去の守護者は今や都市の顔として金づる、あるいは見世物になっているのは何とも皮肉な話。
ただ、戦に参加したアイオライトは力なく笑った。戦い以外の役目があるならそれに越したことはない、と。年齢が年齢だから寧ろ普通なんだけど、俺と同じ位に若い人間が言うと違和感は一入だ。
「今、誰の事を考えた?」
近い近い近い、顔が近いよ。
「いや、特に」
「本当かなぁ?」
が、彼女は信用しない。小さな顔がドンドンと近づく。眉はつり上がり、目も心なしか濁っている。明らかに怒っていると伝わる。相変わらず威圧感は全くないけど。
表通りから少し外れた裏道を歩く人影はまばら。ただ、大通りを見れば何十人もの通行人がそれぞれの目的地へと向かう姿。人目がない訳じゃないんですからちょっと落ち着いて、と説得する間にもエリーナの顔がジワジワと俺の顔に近づく。柔らかそうな、薄赤い唇がスッと視界から消え、額の当たりに柔らかい何かが触れた。
何時かと同じ、まるで子供をあやすような対応をするエリーナ。精神が肉体に引っ張られていても、年齢差は理解しているようだ。
「コレで許してやろう」
俺は世間から許されそうにないという問題があるんですがね。ただ、人生最大の危機を迎えかねない俺とは真逆に上機嫌な彼女の顔は眩しい位の笑みを俺に向ける。
「早くいくぞ」
エリーナが急かした。彼女があんな性格になるには理由がある。ただ、精神と肉体のバランス云々よりも、生真面目な性格で人一倍苦労している大人状態の反動じゃないか、そんな気がして来た。実際、苦労している訳だし。
個人的には元に戻って欲しいと思う反面、特にアメジストの暴走に苦労させられる日常を間近で見て来た訳で、だからどうしても「はよ戻れ」と強く言えない。
「ホラ、早くせんか」
再び急かす声が大通りから聞こえてきた直後、誰かの声がした。記憶の中に聞いた声。でも、何処で?視線は走り出すエリーナを外れ、背後の裏通りへと向かい、見た。アレは――
「待て、何処に行く!?」
後ろから声が聞こえ――
(待ちたまえ。ソレは罠だ!!)
(アカンで。彼、なんも聞こえてへん!!)
頭の中にも声が響いた。が、幾つもの声が重なった次の瞬間、意識がブツっと途切れた。




