新大陸 到着
視界の先には地平線の果てまで続く大地、新しい大陸。間近には活気にあふれる港、遥か地平には見知らぬ山々が連なる。
陳腐だが、正しく絶景。人の往来はハイペリオンよりも遥かに多く、何より俺と同じ人間がそこら中にいる。あっちは商業区域に行けば時折見ることが出来る程度で基本的に俺一人。だから、ただそれだけでも酷く新鮮に感じた。
「じゃあ行こうか。最初の目的、フォーレ海は無事に越えた」
アイオライトが視線を背後に広がる大海に向けた。釣られて海を見た。視線の先に恐らくハイペリオンがある筈だが、その姿は見えない。
「ローズのお陰で予定よりも早くカスター大陸に到着した。この後は都市を二つ三つ跨げばヴィルゴに着く。ゆっくり行けば十日程。早馬を使えば半分程度だが、まぁそんなに急ぐこともない。何より急いだところでどうせ会議開催日まで待たされるんだ。って事で道中を楽しもう」
「酒、じゃろ?」
屈託なく笑うアイオライト。そんな彼の目論見を見抜いたエリーナが怪訝そうに見上げ――
「まぁ、そうともいう」
当の本人は臆面も無く肯定し――
「まぁ、呆れた」
誰?会話に割り込んで来た女の声に、アイオライトの背後から現れた声の主を見た。長い耳に凛とした顔、青を基調にしたローブ。当然の様にココに居るという事は、顔を合わせる機会がなかったアイオライトと相部屋の人か?
「失礼。私、アクアマリンと申します」
挨拶が酷く余所余所しい。何となく避けられている。いや、露骨だな。彼女、俺の顔を見ようともしない。アイオライトの視線が俺とアクアマリンの間を往復し、直ぐにバツの悪そうな顔色を浮かべるエリーナを見下ろした。
「そりゃあ。四姉妹に首輪を贈った鬼畜って有名ですし」
その言葉は俺の心の傷口を的確に綺麗に職人技の様な美しさで抉るので止めて頂きたい。そもそも騙されたんだと説明したのに、終ぞ誰も信用してくれなかった。挙句、贈り物の件を教えてくれた司書さんでさえ「そんな事は言ってない」って否定されたら、もうどうすりゃあ良いんだ。これ虐め?違うよね?
「アイオライト様が多分ローズ様に嵌められたとおっしゃってましたが、証拠がないので……ねぇ。そもそもそんな理由、ないでしょう?」
おっしゃる通り。
「それからエリーナ様。くれぐれも人前で首輪をつけないでくださいよ」
至極当然の要求を出すアクアマリン。あぁ、そうだった。肌身離さず付けてる首輪の存在が知れたらどんな目に合うやら。何より俺が贈った知れるや早速新大陸に居場所がなくなる上に、最悪の悪名が轟いてしまう。が、その程度では外さないだろうなァ。
「ウム。その位は分かっているさ」
意外だった。今の子供っぽい性格から判断すれば、絶対に外してくれないだろうと考えていたのだけれど。
「ですよね」
アクアマリンもアイオライトもホッと胸を撫で下ろした。が、エリーナは無邪気――というよりも邪悪に近い笑みを俺に向けた。嫌な予感がします。とても嫌な予感が。
「ホレ、コレ見ろ」
エリーナは自信満々に一枚の書類を取り出した。まだ文字が全然読めなくて何が書いてあるか分からない。
ただ、おおよそ何が書いてあるかは隣の2人の反応を見ればわかる、と思いきやそうでもなかった。仲良く唖然と紙切れを見つめるばかりで微動だにしない。何?何の書類なの?スイマセンさっきから嫌な予感が止まらないんですが。
「オイ、ちょっと待て。まさかこれで提出したのか?」
「えぇ……コレ、不味いですよぉ」
漸く口を開いたが、何とも要領を得ない。相変わらず何が書いてあるか分からないが、絶対に嫌な予感がする。
「伊佐凪竜一。ワシ等はココに居る間は夫婦だからな」
oh――なんてこった。予想よりも遥かに最悪だった。夫婦とな?という事はそれは戸籍とか、あるいは婚姻届に近い書類なのか。
破いたらなかったことにならなねぇかな。と、良からぬことを企むが、気取られ、サッと隠されてしまった。止むを得ない。下手に先が読む頭脳がある分、今の彼女を止めるのはアメジストよりも遥かに難しい。というか、やっとポンコツストーカーから離れられたと思ったら次は君?
「でも、なんでさ?」
「なんでって、異世界から飛ばされてきましたって馬鹿正直に報告する気か?」
確かに異世界から飛んできました、なんて普通は信用しないってのはそりゃそうなんですが。でも、他に手段あったんじゃないですかね?
アイオライトも当初は俺と同じ反骨心に溢れていたが、暫くもすれば渋い顔に変わった。どうやら俺の素性をどう説明するかについて上手い言い訳を思いつかなかったらしい。多分、全面的に信用してたんだろう。急に出せ、と言われても妙案は出るものじゃない。
「確かにそうだが、幾ら何でも強引すぎやしないか?」
「しかし、他に伊佐凪竜一という突然この世界に現れた人間の身柄をちゃんと保証出来る方法があるか?」
「武装ギルドの試験が終わってなきゃなぁ」
「ですね。通れば身請けしてもらえたんですが」
「今はアメジストが身元引受人になっとるが、市民証は『仮』。その分、審査も多い。多けりゃ何処かでボロが出る」
「だな。あぁクソッ、あんな事がなきゃあ」
アイオライトが苦悶する。アメジストが暴走した一件が今になってジワジワと効いてくるとは思いもよらず。
「別に書類偽造しても良いが、リスクはある。不正取得防止に市民証の正式発行には時間が掛かる。
となれば、アメジストを証人に夫婦となるのが一番安全で確実。という訳で……」
エリーナはとても嬉しそうだ。今までに見たことが無い位の満面の笑みで俺を見つめているし、心なしか顔が上気している様な気もする。
「ヨロシク頼むよ、旦那様」
いやぁ、宜しく言われてもコレ傍目に見たら犯罪だよアウトだよ。長いようで短い旅の始まりは、いきなり波乱含みのスタートとなってしまった。コレは酷い。最悪、夫婦は納得するんではよ理知的な大人の姿に元に戻ってくれねぇかなぁ。
「あぁ、身体ならもうとっくに治ってるけど。でもせっかくだから当面はこのままでいくからな」
希望は脆くも崩れ去った。アメジストが居なくなったかと思えば今度は彼女かァ。俺の人生、なんでこうも前途多難なんだ。頼むからこれ以上の問題は起きないでくれよ。




