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旅立ち 其の1

 帆船は荒れ狂う風を受け、海を進む。進行方向に広がる一面の海に胸が躍り、背後を見れば小さくなる港に不安が過る。


 バサ、と帆がなびいた。見上げれば一際強い風を受け止め、大きく膨らんでいる。アイオライトの話では、船は基本的に帆に風を受けて推進力としているが、それとは別に周囲の水を取り込み、後方から勢いよく排出して推力の足しにしているそうだ。聞けば聞くほど、魔法の凄さに驚かされる。


「早く船内に入った方が良いぞ。この辺はまだ結界内だから荒れてないが、外に出たら一気に荒れ狂うぞ」


 確かに今は揺れていない。寧ろ、空を見上げても嵐の様子など確認できないが、少し視線を傾ければ曇天が青空を覆い、心なしか風も強くなってきたような気がする。


 ※※※


 木製の大型帆船は基本的に荷物の運搬がメインで、客室の数はそこまで多くはないらしい。しかも基本的に相部屋で、オマケにそこまで広くもない。


 因みに俺は誰と一緒かというと、シトリンです。良いのか?普通は同性同士じゃない?と、アレコレ聞いてみたのだけど、アイオライトは既にこの形で予約されていて今更変えられないと苦虫を嚙み潰した。あぁ、と一緒に苦虫を嚙み潰した。


 食事などは部屋に置かれた冷蔵庫の様な箱の中に期日分がキッチリと分けられているので食堂は存在しない。というか、そのスペースさえ荷物に回しているとかナントカ。


 船員は小間使い用の使い魔?と呼ばれる人工生命体に仕事の手伝いをさせる関係で、必要最低限度の人員で済むと言っていた。その最小限の中に、積荷狙いの海賊や一部危険な海の魔物との戦闘を前提とした護衛が連れ添っている。


 で、この連中は帆船を持つ大陸の商工職業組合、ギルド?と呼ばれる組織とは別口、一般的には武装ギルドと呼ばれる荒事を専門に担当する別の職業組合所から派遣された兵士なので、トラブルを起こしても商人側は助けてくれない。


 向こうも商売だから誰彼構わず喧嘩を吹っ掛けるような真似はしないが、基本的に大人しくしていた方が無難と教わった。んだけどなァ――


「よぉ、兄ちゃん!!なあ、待てよ。アンタ、あの島に住んでるんだって?」


 いきなりこれだ。甲板から階段を数段下りた直ぐ先にあるやや広めのフロアは、武装ギルド用に割り振られている。


 この場所を経由して船底の荷物置き場や宿泊者の部屋へと向かう構造上、守りの要となるこの場所を避けて通ることは出来ない。つまり頭の悪い連中がいた場合、嫌でも顔を合わせなければならない。


 で、どうやら今日乗り合わせた連中の大半は頭が悪いらしい。周辺には酒を小分けにする小さな樽が何本も転がっている。全員、顔が赤一色に染まっている。見事な酔っ払いだ。特に、内2人の態度は酷い。


「ならアレだろ?あんたが噂のチキュウジンってやつかい?大陸じゃあ、いろんな意味で噂になってるぜぇ。美男美女だらけの島にいきなり現れた正体不明の人間だってなぁ?」


 柄悪ッ。酒臭ッ。


「しかも、島一番の美人姉妹に手ェ出したんだって?羨ましいねぇ」


「だがよぉ。こんな貧相なガキに(なび)く位に男の趣味が悪いんならさぁ、俺達にもチャンスあるよなァ?」


「丁度今1人いるらしいし、今晩後相手願おうかね。ギャハハハッ!!」


 下品な奴等だけど我慢我慢。しかし、アイオライトの助言通りに大人しくしていればコイツ等はどんどんつけ上がる。


 それだけなら我慢すれば良いが、シトリンに手を出すとなれば話は別だ。今の彼女は潤沢な魔力があるがソレをうまく使えない、要約すれば爆弾みたいな状態らしい。大人の時とは違って繊細な調整が出来ず、周囲に甚大な被害を及ぼしてしまうから俺という護衛が必要だと話していた。


 拳を握り込んだ。こんなところで海の藻屑になりたくねぇと考えたのもある、アイオライトとの約束を反故する事への後ろめたさもある。だが、俺に良くしてくれたシトリンに何かあるのはやはり我慢ならない。


「もう一度言ってみろ!!」


 矢も楯もたまらず叫んだ。ココまで勢い任せなのも珍しい。が、考える余裕もない。


「お?なんだヤンのかオイ!!」


「だが喧嘩売る相手間違えてんぜ?テメェみてぇな貧相なガキが俺達に勝て……」


 やる気満々だったゴロツキ共の空気が一変した。余裕が消え失せ、酒で柔らかくなった口が固く閉じた。視線がゆっくりと背後に向かい、驚き、硬直した。俺も同じだった。鬼のような形相をしたアイオライトが背後に立ち、特に品性下劣な男の首にナイフを押し付けていた。


 船内を照らすランプの灯りの中に浮かび上がる美しい光沢は、触れれば人の首など容易く跳ねそうに鋭い光を放っている。何時の間に?俺はともかく、武装ギルドの連中は相応に腕が立つはずなのに、その連中の誰一人としてアイオライトに気づかなかった。


「酒臭い口を閉じろ。それ以上喋ると首ィ掻ッ切って海に放り出すぞ」


 珍しいと、そう思った。彼の口調は俺が今まで聞いたことが無い位の怒気が溢れていた。少なくともアメジスト相手でもあそこまで怒ったことは無い。


「おい。ちょういマテ、待って、待て」


「わか、分かった。な、頼むから。ってかアンタまで……のの乗ってるの?」


 ゴロツキ共は大いに焦り、酔った口で言い訳を並べる。アイオライトの殺気を肌で感じ取ったらしく、一様に恐怖で顔を引きつらせている。酒で赤らめた顔が、一瞬で真っ青になった。


「俺がいちゃあマズかったか?それよりも、お前達の仕事は何だ?護衛だろ?こんな時間から酒浸りで仕事放棄するつもりなら、ギルドに報告しなきゃあならんよな?カスター大陸の武装ギルドマスターと俺は知り合い。お前達の今後は俺次第になるが、どうする?依頼の仲介、報酬交渉、戦後支援その他諸々、全部自分達でやるか?酔ったまま泳いで帰るか?それとも大人しくするか?選べ」


「わ、分かった。済まねぇ」


「なら酒を抜け。甲板出て胃の中モン全部吐いてこい!!」


「「は、はいッ!!」」


 先ほどまでの強気な態度、威勢の良さは見る影もない。俺への態度を一転させ、しどろもどろなゴロツキ共は、アイオライトからの三択を即決するとすぐさま階段を駆け上がり、奥の扉の向こうへと雪崩れ込んでいった。


「全く。仕事に出る以上、何かあればギルド以前に手前の生活が立ち行かなくなるって理解してるのかねぇ?」


 気さくに話しかけるアイオライトの態度は、もう既に何時もの良く知る彼の態度に戻っていた。


「してないみたいすね」


「だろうね。だけどまぁ仕方ないさ。ああいう奴は何処にでもいる。地球にもいただろ?」


「まぁ、何処にでもいますよ。ありがうございます」


「気にするな。さ、俺達は早いけどもう休もうかって、おっとッ」


 少々酒臭いフロアに辟易したアイオライトが部屋へと戻ろうとした直後、船が大きく揺れた。


「揺れるなぁ」


「まだ結界の中なんだが。あぁ、島に簡単に入れないよう二層の結界で守られてるんだ。島を目視出来ないように隠す第一層と、魔法で嵐を起こして物理的に阻む第二層。何れもローズの仕事だ」


「へぇ」


「さ、今度こそ戻ろう。ホントなら酒でも思ったんだが、アイツ等が結構な量開けちまったせいで残りが心許ない」


 アチコチに転がった空の樽を恨めしそうに眺めるアイオライト。もしかして、機嫌悪かったのってソレが原因じゃないよね?と、非常に聞きづらい質問を胸に、俺も部屋へと引き上げた。

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