そして新大陸へ
――朝
豪奢なカーテンの隙間から聞こえるのは何時もの小鳥の囀りではなくザァザァと降りしきる雨の音。そしてここ一月の間ずっと身体を休めるのに使っていたベッドの感触――じゃないなコレ。
何時もとは違う違和感に疲れの取れない身体を鞭打ち、起き上がった。見慣れない景色だ。少なくとも俺が今まで使っていた来賓室とは違う。
豪華で整理と清掃が行き届いているという点は同じだが、部屋の壁四面中二面をびっしりと隙間なく埋める本棚にギッチギチに納まったの本。何が書いてあるかさっぱり分からないが、少なくとも娯楽系とは思えない分厚さの本はどれもこれも重要そうで、それ以上に高そうな印象も受ける。
よく見ると部屋の端に置かれた大きな机にも無煤の本が乱雑に積み上げられていた。床にも何冊かが捨て置かれ、あるいは積み上げられていたりと粗雑な扱いを受けている。
この本まみれの部屋、何処かで見たことがあるような、ないような気がするのだが、未だボケっとする頭では所有者の名前と顔が思い出せない。
とは言え、誰の部屋にせよ勝手に入ってしまった訳だから早々に立ち去るべきか。まだ眠いが、とベッドの毛布を引っぺがして――思い切り後ずさった。
人がいた。反射的に飛び退いて、更に驚いた。アメジストじゃない。少なくともこんな荒唐無稽な真似をするのは彼女位しかいなかったし、いないと思っていた。が、毛布の下にアメジストではない誰かが気持ちよく寝息を立てていた。
道理で何時もとは違ういい匂いがすると思ったら……と、まぁそれよりも一体誰だ?見た目は十代前半位に見える褐色肌の少女。銀色の髪は顔にしだれかかっていて見えない。
いやいやいや、こんな知り合い俺は知らない。しかもこの年齢は非常にマズい。この世界もこんな小さな子供に手を出した|(と思われたら)人生お先真っ暗じゃないか。
「う……ン?あぁ、おはよう」
マズい。目を覚ました。どうしよう、コレはマズい、非常にマズい。このままではロリコンの汚名と共に人生が終わる。嫌だ。死ぬのは嫌だけどこんな死に方はあんまりだ。
「ン?どうした……あぁそうか。この姿を知らないんだったな。ワシだよ、ワシワシ。シトリン。分かる?」
シトリン。そう紹介した少女に「そう言えば」と、今頃になって思い出した。そうだ、確かにココは彼女の部屋だ。
が、済みませんが本当にシトリンさんですか?何か色々と、残念極まりないんですが。身体の大きさが明らかに違うし、一人称も何か変わっている。
まぁ、ソレは置いておき、確か大陸に渡る為に必要な諸々の準備とか用意する書類とか、そんな話を聞く為に彼女の部屋を訪れた記憶がある。で、確かその時に余りにも整理されていなかったから次いでに部屋の掃除と片付けもした記憶がある。僅か数日で元に戻り始めてるようだけど。
「部屋の事はまぁ、おいておいて。ワシの身体な、昨日アメジストが無茶苦茶しやがった森を治す為に頑張ったせいで今こんな風になってるんよ。で、君がこの部屋にいる理由だけど……情けない話、アメジストを君の部屋に向かわせないようにするのは不可能って結論になってな。なら、アイツが行きたくないと思う場所に来てもらう他に選択肢がないという話になって、最終的にワシ等姉妹の部屋に順繰りに泊めようって決まったのよ」
あぁ、それで順繰りに――で、いいのかソレ?
「別に誰も嫌がってないし、寧ろ大なり小なり悪いと思っているからこういう結論になった訳だから気にするな。ソレに暫くの辛抱だ。大陸への出航準備はワシの方で粗方済ませておいた。あと数日もすれば大陸行きの船の上だ」
なるほど。彼女達もアメジストの暴走には随分と苦労しているらしい。勿論、俺もなんですけどね。
「という訳で、当面の護衛は頼むぞ」
は?護衛って何?
「ワシの魔術な、割と全能に近い反面、一度使うと反動で暫くこんな状態になっちまうんよ。で、その間の護衛を君に頼みたいという訳さ」
ん?何か話がおかしいな。ここにいるなら護衛なんて必要ない。いや、まさか――
「君が寝てる間に色々と話が進んでね。君、ローブの男ぶっ飛ばしたろ?ソイツが人類統一連合の一人でさ。で、その件でアイオライトと一緒に大陸に行くことになった。ン?どうした?まさか、嫌とは言わんよな?」
いいえ、嫌じゃないんですが。なんか口調と性格、違いませんかね?後、アイツ生きてたんだ。ところで人類統一連合って何?
「まぁ、その辺は追々教えてあげるよ。で、そいつの身柄護送とか他にも色々用事も出来たんで私も大陸に渡ることになった。当初の予定とはちょっとだけ変わっちまったけど、まぁよろしく頼むよ」
よろしく、と結んだシトリンが屈託ない笑みを向けた。なんだか妙な話に巻き込まれている様な気がしなくもないし、そんな状況に一抹の不安が頭を過る訳だけど、彼女の機嫌がやたらめったらに良いのでそれ以上は語らない事にした。昨日、酷く機嫌が悪かったので尚の事。
ソレにアイオライトも同行すると聞いて安堵した。彼がいれば滅多なことでは問題は起きない。俺はやけに上機嫌なシトリンにもう少しだけ休むと伝えるとベッドに横たわった。来賓室と同じベッドだけど、むさ苦しい俺とは違う良い匂いが仄かに鼻をくすぐるベッドに包まりながら俺は再び意識を――
「じゃあワシも」
次の瞬間、跳ね起きた。隣を見た。シトリンがモゾモゾと毛布の中に割り込んできた。いや、彼女のベッドだから何も問題はない。寧ろおかしいのは俺の方だ。
「ン、どした?」
どうしたも何も、2人で寝るのはマズいでしょう?と、真っ当に指摘に対し――
「ワシは気にせん。それに客人に床で寝ろ、など礼儀に反する。ホレ、寝るぞ?」
至極真っ当な、それでいて肝心な何かを無視した指摘を返された。いや「寝るぞ」じゃないんですよ?おかしいな、何時ものシトリンらしくない。子供の身体になると性格まで子供っぽくなるのか?いや、でもご遠慮させて――
「夜を司る女神よ、かの者等を夢よりも深き眠りに誘え」
ンあ。と、ベッドから抜け出る間もなく急激な眠気に襲われた。おかしい。何も変わっていないような、気が――




