幕間2 暗躍 其の2
「一つ、気になったんですけど」
静寂を破る声。雨音に重なる声に3人の視線が集まる。ローズだ。が、彼女は何故だかシトリンをジッと見つめ――いやその首に付けられたアクセサリを睨みつけながら一言呟いた。
「ソレ、何?」
と。直後、空気が一気に緩んだ。今、それを話す必要が何処にある?そんな空気がそれまで重苦しかった空気を撹拌する。
「あぁ?お前、なんでそんなモン気にしてるんだよ?別になんだっていいだろ?そもそも、今はそれどころじゃない」
些末な話題に割く時間は無いとばかりにシトリンが語気を荒げた。
「彼からですか?」
が、ローズは構わず追及する。全く引かない、引くつもりがない。ルチルとアイオライトはこんな時にと大いに呆れた。今度は別の意味で重苦しい空気が大会議室を支配した。
ローズはシトリンが首からつける何かに激しく執着する。言葉を発しない代わりにジッと、恨めしそうに睨む。その態度は明らかに子供っぽく、ともすればアメジストと同レベルにさえ見えた。
「あぁ、そうだよ。プレゼントだとさ。気を効かせてくれたのは有難いが、地球ってこんなモン女に渡すのか?まぁ、悪い気はしないから黙って受け取ったけどサ」
それで話が終われば、と呆れがちにシトリンは経緯を語った。曰く、伊佐凪竜一からの贈り物だと。
「ソレはッ!!」
しかし火に油。激しく食って掛かるローズ。「悪い気はしない」と、首に付けたソレを指でなぞる仕草がよほど気に障ったらしい。まるで気に入っているようではないか、と。
「オイオイ。今はそんな場合じゃァないだろ?」
「そうだぞ。ちょっと落ち着け、俺達が争ってどうする?ソレに……ソレ、アレ?ソレ、もしかして首輪?」
荒れるローズに制止するルチルとアイオライト。が、急展開。アイオライトはシトリンが首に付けている物が首輪だと知るや酷く動揺し始めた。
「いや、お前……え?そういう関係?嘘だろ?」
焦るアイオライト。僅かばかり前に自分が言った台詞など完全に忘却の彼方。
エルフ含む独立種界隈や人類間において、特に異性に対し首輪を贈るというのは既に廃れた風習となっている。
問題は廃れた理由。既に廃絶されたが、過去には奴隷という忌まわしい文化が存在した。当時、上流階級は購入した奴隷に首輪を贈った。お前を購入した、金額分を返すまでは働け。そんな意味を込めて。
時は流れ、奴隷文化は恥ずべきも過去として廃止され、歴史に汚点として記され、首輪を贈る文化も同時に廃れる事となった。が、廃止されたのは奴隷の身。首輪を贈る文化までは法に明記されなかった。
現状において相手に首輪を渡す行為は、大別して二つの意味を持つ。お前は私/俺の所有物だという直球ストレートな意味。ただ、この意味を籠めて贈る人間はいない。
実際のところ、単純に侮蔑する相手への贈り物――つまりお前が嫌いだ、あるいはお前と関わりたくないと、暗に伝える意味においてのみ使用される。その際もストレートにそのまま贈るのではなく、複数の中にそれとなく紛れさせる形で。
当然、伊佐凪竜一が回りくどい後者の意味を知る筈もなく、となれば前者の意味で贈り物をしたという事になり、更に更にシトリンがそんな意味を持つ首輪を臆面もなく付けたという事は、彼に支配されることを良しとする=私は伊佐凪竜一のモノであることを承認した事になってしまうのだからさぁ大変。
「意味、分かってるの?」
ローズは異性から贈られた首輪を望んでつける長姉に対し、その意味の重大性を問い質す。伊佐凪竜一はともかく、シトリンが過去の歴史を知らないなど先ずあり得ない。加えて、如何に妹の恩人だからといえ、限度がある。礼を失する行為ならば、その時に教えて然るべき。そして、シトリンは伊佐凪竜一の教育係。
積み上がった幾つもの事実がシトリンの心情を雄弁に語る。つまり、シトリンの伊佐凪竜一への好意は相当なものである、と。ところで、彼は何処で好感度を稼いだんでしょうね。
「オイオイ、せめてアタシみたいに腕輪代わりにしとけよォ」
ルチルは長姉のぶっ飛んだ行動に驚き、呆れながら左腕をヒラヒラと動かした。長姉と同じ首輪があった。一見すればブレスレットの様にも見えなくもない為、確かにシトリンよりは幾分かマシに見えるのだが――
「アナタまでッ!?しかも左手って!!」
今度はルチルに猛犬の如く喰らい付くローズ。エルフにおいて贈り物のアクセサリを身体の左右どちら側に付けるか、というのは大きな意味を持つ。その文化もまた廃れており、大半は何方に付けようが気にも留めない。が、ローズは激しく動揺した。
指輪、イヤリング、ブレスレットなど左右のどちらかに付ける事が出来る贈り物を贈られた場合、着用者が右側に付けていた場合は友好の証、左側に付けていた場合は愛情の証となる。
因みにネックレスの場合は地球の文化における婚約指輪に相当する。婚姻関係を結ぶ相手か、さもなくば親子などの血縁や絶対的な信頼関係を築いた上司部下といった余程に親しい仲でしかありえない。
奴隷文化という悪しき風習に汚されてしまったが、本来相手の首に付ける物を贈るというのは、ネックレスを自分の首に見立てる事で相手に自分の首と命を捧げる=人生を捧げるという重大な意味を含む。
「別に、ただ利き腕じゃない方ってだけで、深い意味はねぇよ」
ぶっきらぼうに、臆することなく返答するルチル。
「オレもただ無下に出来ないって、ソレだけだよ。世界に一人だけ、孤独になっちまったアイツが勘違いとはいえ好意で贈ってくれたんだ。否定できんだろ?時が来れば本人にそれとなく教えるつもりだったんだよ」
シトリンもやはり臆することなく、淀みなく答えた。それは本心だろうし、姉妹ならば余計に理解できただろう。但し、理解できるのと納得できるのは似て非なる。
「で、その後良い雰囲気になったら私をあなたのモノにして下さいって言うつもりだったのか?」
アイオライトがシトリンを茶化し――
「酷い!!そんな愚劣なッ。彼には罵って、蔑んで、力づくで嵌めさせるが似合っているのにッ!!」
ローズは心中に隠していた本心をぶちまけた。
「「「うわぁ……」」」
そりゃあそうなるでしょうね。シトリン、ルチル、アイオライトの三人は仲良くローズの本音にドン引きしつつも、同時にやっぱ伊佐凪竜一に変な入れ知恵したのコイツかと、妙に納得した。
当然、正解。ローズは伊佐凪竜一の周辺にいる人物に躊躇いなく支配魔術を使い、自分に首輪をプレゼントするよう誘導した。理由は勿論、伊佐凪竜一に贈られたと吹聴、その後に伊佐凪竜一の所有物宣言を大々的に行う為。それはシトリンがほんのりと思っている感情とは段違いに強く、それ以上に歪んでいる。
ただ、目論見が外れた。彼は思いのほかにお人好しで、ローズだけでなく全員分のプレゼントを購入し、更にローズに先立ってシトリンとルチルに贈ってしまった。
そうこうしている内に窓の外に広がる黒い闇はドンドンと白み、やがて夜が明けた。4人がどうでも良い会話に花を咲かせる間にも、何かは着々とこの島を目指す――のだが、君達はそれでいいのか?という位に4人が4人共に恋愛談義に夢中になり、行方不明になった伊佐凪竜一とアメジストを完全に忘れ去っていた。
ああ無常。




