見知らぬ世界 其の3
ヘビに睨まれたカエル。無数の視線に、動けなかった。せめて、と息を殺して様子を窺っていたが、連中は俺なんか眼中にないらしく、やがてバラバラに行動を始めた。大半は懐から取り出した小さく光る何かに向けて話しながら、手際よく鬼を鎖で縛り始めた。
鬼がピクピクと痙攣した。どうやら生きていたらしい。直後、その姿が闇に消えた。視界の中央に大きな影。
女だ。あの大きな鬼を仕留めた女は遠くから真っ直ぐに俺を見ていた筈なのに、次の瞬間には目の前に立っていた。動いた瞬間が見えなかった。辛うじて理解できるのはタンッ、という音と背後に小さく映る白い火花だけ。
「※※。※※※※?※※※※※※?※※※※※※※※※※※?」
(オイ。お前誰だ?どこから来た?なんでこんな場所に居る?)
近づくと女の姿が一層よく分かる。見上げる形になっていて正確に分からないが、それでも俺より確実に背が高いし胸もデカい。女は俺を冷たく見下ろしながら何かを語り掛けるが、辛うじて何かを聞いているんだろうという程度がイントネーションから推測できる程度で何を言っているかサッパリ分からない。
「※※?※※※※※※?※※※?※※※※※※※※※?※※※、※※※※※※※※※?」
(オイ?聞いてんのか?なんだ?オイどうなってんだ?コイツ、言葉分かってないぞ?)
「※※※※?※※※※※※※※※?」
(嘘でしょ?じゃあドコの誰なの?)
「※※※※※。※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※。※※※※、※※※※※※※※※※※※」
(知らねぇよ。とにかくコイツに反応が無いって事は質問内容を理解してねぇって事だ。仕方ねぇ、面倒な荷物が増えちまうな)
相変わらず何の話をしているか分からないが、長身の女は眼鏡を指差しながら仲間に何か指示を出した。
「※※。※※※※※※※※※※※※。※※※※※※※※」
(オイ。じゃあお前連れてくからな。抵抗したら死ぬぞ)
「※※※※※※※※※※?※※※※」
(伝わってないんでしょ?律儀ねぇ)
「※※※※※※※」
(仕事だからだよ)
女が俺を見下ろした。目と目があった。冷たい中に少しだけ困惑している様子が見えた。それに、殺意を感じない。少なくとも即座に殺したりする訳ではなさそうだ。
女は何か言い終えると片手で軽々と俺を引っ張り上げ、手に錠を嵌めた。これじゃまるで犯罪者みたいだが、こんな状況で贅沢は言えない。
生きているだけでも儲けものだと、そう思おう。そもそも言葉どころか常識さえ通じない、自分の居た世界とは何もかも違う世界でどうやって生きていけばいいのか。
このまま何も知らずに彷徨って、化け物と出会ったった挙句に喰い殺されて人生終わる位ならばいっそ狭い牢屋の方がマシ――と思った辺りで、引っ張りあげられていた片手がストンと落ちた。
アレ、と女見たら何時の間にか片膝をついていた。彼女だけじゃない、一団の全員がそれまでの行動を全て中断、仲良く片膝を付き、一方向をジッと見つめていた。
自然と、視線を追いかける。直後、カツンという音が響き――
「※※※※※※※※※※※※※?」
(何故こんな場所に人間が居る?)
声を拾った。落ち着いた声色から女だと分かったが、だけど動けない。またしても動けなくなった。さっきの鬼と視線を合わせた時と同じ感覚が、背中から内臓を突き刺し、身体を締め上げる。
怖い。恐怖だと、直感した。背後にいる何かは容易く仕留められた青い肌の巨人とは比較にならない程に強いと本能が告げる。命の危機が再び訪れたが、今度はさっきとは比較にならない。動けない。僅かでも機嫌を損ねれば殺される。そんな気配を背中から感じる。
「※※※※※※。※※※※※※※※※※※※?」
(誰か説明しろ。どうしてここに人間が居る?)
背後からの声色が、ほんの僅か震えた。苛立ちだ。微動だに出来ず、だから一団が膝をついている光景を見つめるしか出来ない俺の視界に映ったのは、明らかに恐怖で震える大勢の姿。出鱈目に強いことだけははっきりと理解できる全員が一様に、俺と同じく恐怖で震える。
「※※※※※※※※?」
(宜しいでしょうか?)
違った。全員が恐怖している訳ではなかった。頭を動かさないよう視線を落とすと、ただ一人、俺の傍にいる長身の女だけが物怖じせず、声の主を見上げていた。
「※※※」
(構わぬ)
「※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※。※※※、※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※」
(恐らくつい先ほど観測された巨大な魔力反応の中心に居たのがこの男です。そして、少なくとも我らが交流を持っていない別の場所から飛ばされてきた可能性があります)
「※※※?」
(根拠は?)
「※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※。※※※、※※※※※※※※※※」
(偽りを見抜く心眼鏡が私の質問に対し全く反応しませんでした。この男、言葉が通じていません)
「※※。※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※?」
(成程。つまりコイツは私達が情報を集めていない地域から来たと?)
「※※※※※※※※※※※※。※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※」
(正確には別の次元からでしょう。この星に我らの手が及ばない地域はありませんから)
長身の女が俺の背後に立つ謎の女と何かを話し合っているが、やはり何を言っているか皆目見当がつかない。
が、多分俺の話じゃないかなと思った。きっと俺の処遇を決めかねている、そんなところか。どうしよう?逃げるべきか?このままついていくべきか?頭の中で、必死に、どうにか生き延びる為の手段を模索する。
ただ、逃げたところですぐに追いつかれるのは目に見えている。森の中に逃げれば生い茂る雑草に隠れる事も出来るだろうが、そもそもあの出鱈目な機動力だ。逃げ始めた直後に捕まえられるの目に見えている。やはりこのまま成り行きに――
ザリ
身を任せるしかないと諦めた直後、微かな音を捉えた。視界の端に、何かが動いた。