決断 其の2
――翌日
朝。まだ鳥の囀りも聞こえず、朝日も射し込まない夜明け前。あれから色々と考える内に、何時の間にか寝落ちしていた。だからか、寝起きは最悪に近かった。
頭を冷やそう。なんとなくそう思い立ち、ベッドからフラフラと起き上り、来賓室の扉から廊下に出た。鎧騎士が歩くガシャッ、ガシャッと金属同士がぶつかる音が視界横から前方へと遠ざかる。
規則正しく、かつ一定の場所を巡回する鎧騎士は俺の姿を見ても行動を変えるなどせず、与えられた命令を愚直にこなす。
城内を歩き、警備する鎧騎士を何体も見送り、城外へと続く大きな扉の前に辿り着いた。直立不動の鎧騎士が二体、扉の左右で剣を掲げる。定期的に巡回する他とは違い、鎧騎士は魔力で開閉する扉を操作する役割がある、と聞いた。
外に出たい、そう告げると鎧騎士は内部に蓄積された大量の魔力の一部を扉に流し込む。ゴゴゴ、と鈍重な響きと振動を伴い重厚な扉が開き、内外を繋いだ。
初めて見た夜の城外は地球とはまるで違っていた。闇を照らす街灯はこの世界には存在しないが、代わりに石畳の道路が仄かに輝き、道を照らす。
魔力の賜物だと聞いた。石畳の継ぎ目を埋める目地材の中に魔力と反応して光を発生させる材質を混ぜ込んでいる、とかナントカ。その材質が地中の奥深くから漏れ出る魔力に反応して光っているらしい。
闇の中、仄かに浮かび上がる光の道を当て所なく歩き続けた。
剪定された庭園の木々や手入れが行き届いた花々、周囲の飾りや彫刻に込められた魔力により千変万化する噴水、宮殿の様な外観をした城、膨大な魔力を少しずつ幹や葉から放出して仄かに光る超巨大な樹木。
通り過ぎる景色は日の光の下で見る時とはまるで違う、奇妙な怪しさを感じた。
ただ、と空を見上げた。夜空に広がる一面の星は地球と変わらない。黒い闇の中に浮かぶ無数の白い点。仕事を始めてからは見上げる余裕なんて全くなかった満天の星空に、ほんの僅かだけ童心が蘇った。
ドン
懐かしい、と遠い地球の過ぎ去った過去を思い出した矢先、背中から衝撃を受けた。身体と視界が僅かに揺らぎ、幻想的な光景と遠い過去が霧散した。
背後に、何やら柔らかな感触がする。ギュッと押し付けられた柔らかな胸と分かるのにそう時間はかからなかった。背後から手が伸びる。細い、白い手が温かい膨らみに抱き寄せる。
まーた君ですか。アメジストだ。彼女は無言のままずっと俺を抱きしめ続けた。無風で音らしい音が何もない城外の庭園に彼女の息遣いだけが響いていたが、少しずつ荒くなり始めた。まるで泣いているみたいだ。
もしかして、彼女は俺が一人黙って帰るつもりだと、そう勘違いしているんじゃないだろうか。確かに昨日4人から詰め寄られた時にははっきりとした答えを出せなかった。
「答えはまだ決めていない。残った方が利口だと思っているけど、正直なところ戻りたいという気持ちもある。何もかもが破壊されて、誰もいなくなっても地球は俺の故郷だから。だけど……仮に戻るにしても直ぐに戻るつもりはない。この世界に来てからまだ日は浅いけど、君達を含めて色々良くしてもらったから、だから帰るにしても恩を返してからだと思っている」
はっきりと、そう伝えた。まだ自分がどうしたいのか自分で選べなかった。が、少なくとも黙って帰るつもりはないと。
「私……あの、私……あなたが望むなら別に外でも一向に……」
背後から妙に上ずった声がした。ははぁん、さてはコイツ興奮してやがったな。やっぱ駄目だな、心配して損したし、寧ろ平常運転で安心したよ。と、半ば呆れつつ、抱き寄せる手を優しく振りほどいた。
「まーたテメェは、だから迷惑掛けんなっつってんだろうが!!」
直後、今度はシトリンの声が聞こえた。正論です。彼女を手を退け後ろを振り向いた俺の視界に映ったのは予想通りアメジストの姿。ネグリジェ姿じゃないだけまだマシだが、その顔はだらしない位に緩み切っていた。
あぁ、何時もの顔だ。で、その後ろには憤怒の表情をしたシトリン。彼女はこの状況の何処にそんな要素があったのかという位に興奮するアメジストの顔をアイアンクローの様に引っ掴むとそのまま闇の中へと引き摺って行った。
「ちょっと待って、駄目よ。せめて子供が……」
相変わらず何をどう飛躍した末にソコに着地したのか。突飛な結論を言い終わる前にアメジストは闇の中へと消えていった。溜息と共に、空を見上げた。徐々に白み始めた夜空が見えた。
部屋に戻ろう。頭を冷やす為に外に出た筈が、頭は冷えども結局答えは出せず、背中に残る暖かな感触に邪魔された。
「帰るならー、次元の壁超えて会いにいきますからねー!!」
戻るべきか、残るべきか。未だ渦巻く疑問を、闇の向こうから元気かつ非常識な叫びが押し流した。さてはアイツ、反省してねぇな?
「そんな簡単に出来るかよッ。後、次元の壁超えるより先に常識身に着けろッつてんだろぉが!!」
直ぐ後に、今度はルチルの叫び声がした。彼女まで来てたのか。まぁ、アレだ。残るにせよ、帰るにせよ、俺――彼女から逃げられないみたいだ。なら帰る意味の半分くらいがなくなったような気がしてきた。コレはアレか、番の運命だから諦めろって事か?
(彼女を選ぶも良し、選ばないも良し。全ては君の決断次第だぞ、ナギ君)
(そうやでー。あの子はちょっと思い込みが激しいところがあるけど、でも一途で素直なエエ子なんや)
(うむ。懸命に探した甲斐もあったというものだ。君が戻りたいと言う理由は理解できるが、慣れればコチラも中々住み良いと思うぞ)
一気に疲れが押し寄せたところで今度は別の声が聞こえた。脳に直接語り掛けてきたのは地球の神と神樹のオバチャン。が、頼むから助言してくれ。あと関係ない雑談を人の頭の中で始めないでくれ。脳内で始まる娘自慢と同調する神の雑談に愚痴りながら、俺は来た道を引き返した。
静かな道を無心に歩けば嫌でも色々考えてしまう。特に戻りたいという気持ちは止めどなく、沸々と湧き上がる。色々理由はある。食べ物の嗜好とか、後は環境の変化も少なからずある。何れも慣れてしまえばどうという事はないレベルだけど。
ただ、最大の問題はあのゆるふわストーカー。後は、ちょいちょいプライバシーを侵害する神様達もか。
(大丈夫だぞ。我々は君の状況を見つつ一方的に話しかけているだけだ。君のプライバシーは完璧だ)
あぁ、そうですか。とは言えどうするか。今の生活を受け入れるか、自由を求めて、誰もいないのを承知で地球へ戻るか。
答えは――保留にしよう。とすれば、当面の目的だ。勝手に入れない、誰も覗けない位に厳重なセキュリティの家。これ以上、今の生活を送るのは無理だ。この星で生きていくなら最低限のプライバシー確保は必須、というか無いと落ち着かない。明確な目的が出来れば部屋へと帰る足取りが少しだけ軽くなった気がした。
先の事は不透明だし、これからどんな風に考えが変わるかも分からないけど、前向きに生きていこう――




