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末妹篇 其の3

「私ね」


 甘い、()けそうな声が耳元をくすぐった。は、と気付けば彼女の顔が間近まで迫っていた。ほんの僅か気を逸らしただけなのに、気が付けば吐息を感じる程に近く、もう後少し近づけば唇が重なる。


「あの時、アメジスト姉さんがアナタに運命を感じた様に、私も同じ……いえ、それ以上を感じたの。だから……」


 次の瞬間、右手に鋭い痛みが走った。視線が腕をのたうつ痛みの元を見る。ナイフが、俺の手を貫いていた。鋭く光る鈍色の刃の柄にはローズの細い指が絡まっていた。彼女は俺の手を突き刺した。でもどうして?何故こんな事をする?


「コレが私。抑えようと思っても抑えきれない、血を死と破壊を望む暗い心が私の本性」


 またしても耳をくすぐる甘い声。ローズを見た。抑えきれない興奮に瞳が濡れている。とても熱っぽく、情熱的に見えたが、それ以上に暗く淀んでいる。

 

「でも、アナタは私の心に光を当ててくれた」


 彼女は混乱する俺に構わず続ける。正直なところ全くこれッぽっちも微塵も記憶にないんですが――アメジストといい目の前のローズと言い、どうして身に覚えのない理由で俺に執着するのかサッパリ理解できない。


「だから決めたの。私ね……私をあなたのモノにしてもらおうって」


 何を言っている?と、そう質問しようと思った直後、異変に気付いた。何故か喋れない。いや、動けない、指一本さえ自由にできない。まるで身体を縛られている。いや、そんな生温い状態じゃない。


「ウフフ。コレが私の魔術。私ね、この世界で私だけの特別な力を持っているの。支配。全てを支配し、制御する力。その気になれば言葉だけで他人を操る事も出来る力よ」


 彼女はそう言うと血が滲み出る俺の手を愛おしそうに撫で、手を貫通するナイフを引き抜き、ポタポタと血が滴る手を握ると口元まで寄せ、そして優しく口づけをした。直後、暖かく湿った柔らかい何かの感触が手を伝い、次にぴちゃぴちゃと言う何とも淫靡(いんび)な音が鼓膜をねぶった。


 彼女――手を、血を舐めている。嬉しそうに、さっきよりもより一層恍惚とした表情で、一心不乱に、血が溢れる傷口を舐め、血が止まれば今度は手のひらから指先まで、血が伝った跡を綺麗にふき取る様に舐め続けた。ピンクの舌が怪しく動くその光景はとても煽情的だと思う。が、正直なところ恐怖が先立っていてそれどころではない。


「血ってね、魔術においてとても重要な要素なの。魔力は血流に乗って身体を巡る、血は魔力の媒介なんですよ」


 ローズは名残惜しそうに舌を指先から離しながら、血と魔力の関連性を俺に説いた。唾液が糸を引く。嫌な予感がした。彼女が語る説明に、身体から血の気が引いた。まさか。と、最悪の可能性が過った。が、気づこうが気付くまいが既にどうにもできない。


 身体が、意志を無視して勝手に動く。何時の間にか傷が塞がった手はゆっくりと彼女の背中に回り、やがてギュッと強く抱きしめるような体勢を強制された。


 あぁ、と甘い吐息が耳をくすぐった。きっと、もっと真っ当に真っ直ぐに好意をぶつけられていたら、多分俺はその声と同時に理性を窓の外に投げ捨てていただろう。


 しかし彼女の言動は真逆の結果を生む。理性と生存本能が同時にかつ最大限に警戒する。彼女は危険すぎると、うっかり手を出したら確実に死ぬと全力で警戒信号を発する。


「ウフフ。でも、コレは私の望みじゃないの」


 抱きしめられながら、嬉しそうに彼女はそう言う。なら何が望み何だろう。というかその前にローズと言い、アメジストと言いなんでこう性格がアレなのか。真面なのは2/4とは……アレ、意外と確率は普通、か?


「今、誰の事を考えた?」


 耳元でローズが囁く。とても澄んで、透き通った声。が、とても冷めた冷酷な声にも聞こえた。聞くだけで心臓をギュッと握り締められるような、そんな感覚に襲われた。感情が恐怖一色に染まる。


「うふふ。まぁいいわ。私ね、初めてなの。今まで、誰一人、他の姉妹も、母でさえどうでも良いゴミとしか思えなかったのに。でもアナタだけは違う。私ね……あなたのモノになりたい。アナタに支配されたい。心も身体も全部、全部ぜんぶゼンブゼンブゼンブゼンブゼンブゼンブゼンブゼンブゼンブゼンブゼンブゼンブゼンブゼンブゼンブゼンブゼンブゼンブ……」


 支配されたい、と彼女は狂ったように同じ言葉を繰り返した。ヤベェ。危険どころじゃない、超ド級の危険人物だ。それこそアメジストが可愛く見える、というか彼女は思考の危険さに反してポンコツ過ぎて人畜無害なだけだが。


 だけどローズは違う。殺傷行為に対する躊躇(ためら)いが微塵もない。そんな彼女が今まで隠していた本性を晒すという事は、もう隠す必要も理由もないという事。つまり俺はこのまま――

 

「焦らないで?私、好きなものは最後まで取っておくタイプなの。じゃあ、おやすみなさい」

 

 またもや意味不明な事を、と叫ぼうとして直後、再び真っ暗な闇に放り出された。記憶と意識が混濁する――


 ※※※

 

 朝。豪奢なカーテンの隙間から暖かい日差しが射し込み、小鳥の(さえず)りが聞こえる。目を覚ますと何時もの如く目覚ましがわりの携帯を探して、暫くもすればあぁと無意識の行動に呆れた。ここは地球ではなくて、俺はもう会社に行かなくていいんだ、と。


 ただ、今日の寝覚めは酷く悪い。来賓用の豪華な部屋も豪華でふかふかすぎるベッドにも慣れた。窓を見た。カーテンの隙間から零れる白い光が見えた。朝。今日も気持ちが良い位の快晴なのに、心は真逆に淀んでいる。


 思い当たる節と言えば、何か怖い夢を見たような気がする位か。が、全く記憶にない。仮にそうだとして、ここまで心身に変調を来す夢――刹那、何か嫌な光景がフラッシュバックした。


 脳裏に浮かんだのは黒い髪の女性に手を突き刺される映像。誰だ?慌てて毛布から手を引き抜いた。当然、傷はない。そりゃあそうだ、夢だし。


 きっと疲れているんだ。ここ最近はルチルとの約束で走り込み以外に筋トレもメニューに加わった。その状況でローズが仲介した仕事が加わった。きっとそのせいだと、そう思って毛布を頭から被った直後――


 ギイ


 部屋の扉が軋んだ。毛布の中で、無意識に身体が震えた。誰だ?授業は休みだからシトリンとルチルは有り得ない。ならアメジストか。でも彼女はこんな繊細な手段は使わず、魔術を使って侵入する。つーか扉使えよアイツ。毛布の隙間からこっそりと外を覗いた。が、誰もいない?


「どうしたんですか?」


 不意打ち。毛布の上から女性の声が聞こえた。ローズだ。だけど、そう気づいた直後から震えが止まらなくなった。なんでだ?


「うふふ。今日はお休みですものね。でも余り寝すぎても身体に良くないですよ?ホラ」


 彼女はそう言うと優しく毛布をはがした。ローズと目が合った。何時もの彼女がいた。穏やかで、優しく、朗らかで人当たりの良い四姉妹の末妹。気のせいだ、と必死に言い聞かせた。そうだ、彼女に人を怖がらせるような素養は無い。何を怖がっていたんだ。


「いや、確かにそうだ」


「うふふ、そうでしょう?」


 彼女はそう言うと殊更に眩しい笑みを浮かべながら窓へと向かい、カーテンを開け放ち、窓を全開した。


 開け放たれた窓から飛び込む光の中にローズが立つと、彼女の背後に影が落ちる。直後、また記憶にない光景がフラッシュバックした。窓辺に立つローズの姿とフラッシュバックする光景が――夢と重なった。暖かい風がそよぐのに部屋の中は異様に寒い。身体が震えた。


 ローズの背中をジッと見つめた。視線に気づいたのか、彼女が振り向いた。満面の笑みが、優しく俺を見つめる。一見すれば見惚れそうな、理性を()かしそうな笑顔。そんな笑顔に貼りついた血の様に真っ赤なルージュを引いた口元がゆっくりと動き――

 

「続きは、また今度ね」

 

 意味不明な言葉を呟いた彼女の笑顔は――狂おしい位に眩しかった。

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