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次女篇 其の1

 朝。豪奢なカーテンの隙間から暖かい日差しが射し込み、小鳥の(さえず)りが聞こえる。目を覚ますと何時もの如く目覚ましがわりの携帯を探して、暫くもすればあぁと無意識の行動に呆れた。ここは地球ではなくて、俺はもう会社に行かなくていいんだ、と。


 来賓用の部屋も豪華だし特にベッドも豪華な装飾に加えやたらとふかふかなものだから落ち着かないのだが、その辺りはもう慣れた。


 今日はゆっくりと休もう。何でもシトリンに何か用事が出来たとかで、授業が急遽(きゅうきょ)休みとなった。眠い目を擦りながら窓へと目をやれば、カーテンの隙間から零れる朝日が見える。まだ、もう少し休んでも罰は当たらない。


 窓の外から微かに聞こえる鐘の音を聞きながら、再び毛布へと潜り込み、人肌で温まった暗い毛布の中に別のナニカの存在を感じ取った。


 ソレはとても柔らかく良い感触で、更に男の本能に訴えかける良い匂い――まさか、と胸焼けしそうに嫌な予感と共に毛布をめくった。


 何時の間にか部屋に侵入したアメジストが、またもや気持ちよさそうに寝息を立てている。またいたよコイツ。


 もういい加減、勘弁してくれ。こんなところを他の誰かに見られたらどうなるか分かったものではないのに――と、ベッドからあとずさり、床に転げ落ちた。


 バン


 柔らかい絨毯に頭を打ち付けた直後、来賓室の扉が乱雑に開け放たれた。


「お前ッ。ココで寝るなって何度注意させれば気が済むんだ!!」


 静かで爽やかな朝の空気を震わせながら部屋に怒鳴り込んで来た女性の姿を見た。赤い髪をした活動的な女。名前は――確かルチルだったか?


「ンー、おはよう」


「気持ちよさそうだなァオイ」


「駄目よ。私、今日はお休み……」


「にする訳にはいかねぇよなァ。起きろ、働け!!」


 有無を言わさぬとは正にこの事。ルチルは毛布に包まりながら甘ったるい声で仕事をサボると宣言したアメジストの首根っこを引っ掴んで強引にベッドから引っ張り出すと、そのまま床を引き摺りながら何処かへと連れ去った。


 コレがここ最近の一日の始まり。正直なところ、俺も色々と限界が近いんですけど――とは正直に言えない。言ったら最後、アメジスト(あのおんな)が何をするか分からない。姉妹達に代わる代わる連れ去られながらも、それでも一向に諦めない根性は認めてあげたい――いや、認めない。認めたらマズい。


 とにかく、休もう。極めて緩く、しかもドジで、何かにつけて失敗しっぱなしとは言え、何処かからずっと見られているというのは全く落ち着かない。疲れた心を休める為、もう一度と毛布をめくり、彼女の残り香が鼻をくすぐった。


 ウン、起きよう。今日も、平穏に過ごせると良いな。


 ※※※


 ――ルチルの部屋


 殺風景。どことなくおどろおどろしい雰囲気さえ感じる研究室か保健室の様な部屋に俺は呼び出された。事の発端は今から少し前、城の水場で顔を洗っていた辺りに(さかのぼ)る。


「よう。チビから話聞いたんだけど、お前今日暇なんだって?」


 眠気を覚ます為に何時もより長めに顔を洗っていると、背後から声を掛けられた。この声はさっきアメジストを引っ張っていったルチルだ。暇なのは間違いないけど、チビって誰?


「空いてますけど?」


「そうか。ちょいと聞きたい事があるんだが、時間は取れるか?」


 聞きたい事?と言われて思いつくのは地球の話位だが、彼女もシトリンと同じで地球の何かに関心があるのだろうか?


 確かに今日は暇で時間を持て余しているのだが、一方で何をしようと思っても何も出来ないのが現状。言葉は通じるが文字はサッパリ読めず、本を読んだところで何が書いてあるか全く理解できない。


 さりとて外に出ても一般的な常識にまだ(うと)いので何か問題を起こす可能性だってある。仮に致命的な問題を起こしてしまえば都市から放り出される可能性も否定出来ない。


 今現在の俺は異世界から来たお客さん。特別な何かを持っている訳ではないので割と肩身が狭い思いをしている上に、現地の言葉も常識も知らないので、精々できる事と言えば情報提供くらいのもの。


 ソレを断っては余計に肩身が狭くなるとなれば返事はハイ以外にないわけで、顔をタオルで拭きながら承諾した。


「じゃあアタシの家に来てくれ。後で使いを出す」


 ルチルはそう言うや水場を後にした。コツコツ、と石畳を叩くヒール音がした。忙しない、と視界を塞ぐタオルをどかした頃には、快活な彼女の姿は何処にもなかった。


 ※※※ 


 そんなこんなでルチルの家に案内された訳だが、外観と客室までの内装は近世辺りの豪華な屋敷といった感じで、外壁と内壁に始まり床一面までが石造りの屋敷の中に入れば巨大なホールがあり、ソコから左右に幾つもの部屋と正面には二階へと通じる階段があった。


 ホールで出迎えてくれたルチルは軽く挨拶をすると、じゃあ付いてこいと言わんばかりにホール右側の通路から地下へ通じる階段を下った。で、辿り着いたのが彼女が私的な研究に使っている部屋。石造りの構造は変わらないが、床は仄かに輝く一方、壁と天井には無数の意味不明な紋様が描かれている。正直、少しだけおどろおどろしい感じだ。


 中へ通されると、瓶に詰められた正体不明の生物やら何やらがびっしりと並んでおり、更にソレ等にはこれまた奇妙な紋様が描かれた紙切れが貼られている。そして、どうやらそれはかなり冷たいようで、部屋全体を結構冷やしている。長袖を通している俺が少し身震いする位には寒い。

 

 そんな研究室っぽい部屋の奥からルチルが姿を見せた。手には人間の右腕の入った瓶を持っている。彼女は部屋の中央付近にある机に瓶を置くと、傍にあった椅子に腰かけ、俺にも座るよう促した。


「コレ、なんだか分かるか?」


 椅子に腰を下ろしたのを確認したルチルが開口一番、そう問いかけた。瓶を俺に見せながら、まるでクイズかなぞなぞの様に問う彼女の目は真剣そのもの。


 ただ、何と言われても腕としか答えようがない。ちょっとグロいが、でもそれ以外に何の変哲もないただの腕。これは?何の意味があるのか分からずそう尋ねると、彼女はまっすく俺を見つめ、指さし――


「お前の腕だよ、ナギ君」


 俺の腕と語った。しかし、腕はちゃんとこうして存在する。ドコにも違和感はない。彼女の目を見た。真剣そのもので、馬鹿にしている様な雰囲気は感じない。じゃあ、くっついてるこの腕は何?


「お前、一体何者だ?」


 生まれてから今日この日まで俺の身体にくっついている腕と瓶詰の腕を交互に見る俺に、ルチルが更に質問を重ねた。空気が明らかに変わった。質問した彼女の目は他の姉妹と違い、明らかな不信感に満ちていた。


「今のところ正体に気づいていないのは色ボケしたアメジスト位だが、チビもローズもアタシも、お前の中に奇妙な何かを感じている。お前は何かがおかしい。妹達の頼みを無下に出来なかったから仕方なくお前を助けようとしたんだが、あの時の光景は信じ難かった。映像に残っているから見てみるか?」


「映像?」


「地球で言うテレビ?とかビデオ?とかいう代物に近い。それほど万能じゃないけど、映像を残す手段ならこっちにもあって、復元に成功している。ツー訳で、先ずは見てからだ」


 ルチルはそう言うと何処かから取り出した水晶を机に置き、手をかざした。直後、水晶がボウッと光り、その中心に何か動く物が見えた。映像――確かにそう呼べる何かは、やがて水晶を通し部屋の壁の一面に広がった。

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