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長女篇 其の2

 この都市は世界各地の様々な情報を集積しているそうで、その関係か図書館の数が多い。なので、その内の一つを貸し切ったところで大した影響はない、と授業を担当するシトリンは笑った。


 今、俺達が居るのは都市内に無数に建つ中で一番規模が大きな図書館。巨大な円形の建物の中に入れば、壁に沿うように並べられた無数の本に囲まれる光景がいきなり飛び込んできた。


 その程度なら地球のおしゃれな図書館とそうそう見栄えは変わらないが、そこは流石に異世界。明らかに地球とは違う奇異な光景が続く。図書館を飛び交う無数の光。何か小さな生物が入り口の一角にうず高く積まれた……恐らく返却された本を持ち、本棚へと正しく収める行動を規則正しく繰り返している。

 

「今の世界情勢は、まぁ言い辛いが余り良くないな。先ず私達が住むハイペリオンについておさらい。大地の奥深くまで根を伸ばし、栄養と魔力を吸収し続けた神樹の恩恵に与っている。侵略は多かったが、それでも三方を高い崖に囲まれた絶海の孤島って天然の要塞の中にあるのが大きくて、後は私達も生まれつき戦闘能力が高かった。だから他からの外圧とは無縁、独自の発展を遂げた。今は極一部と交流してるけどな」


 視線を彼女に戻すと、大柄な彼女の顔がすぐ間近にあった。サボってません、断じて。


「続きな。提携都市は幾つもあるが、どれもこれもオレ達とは友好的だから、さして気にする必要は無いかな。気にしなきゃあならないのは現状だと獅子王国、それからスコルピオか。何方もやや強引に事を進めたがる上に都市としての規模も大きいクセに犯罪の取り締まりがイマイチだ。この二つを出身とする奴はとりあえず気を付けろ。ドッチも遠いから会う機会は少ないけど、とりあえず覚えときな」


「ありがとう」


 授業と銘打ってはいるが、実質的にはマンツーマンの個人指導に近い。俺に色々と教えてくれるのはもっぱらシトリンの役目。長身で良く鍛えた身体に健康的な小麦色の肌から来る活発なイメージと現実の彼女は真逆の様で、実はこの都市でも上から数えた方が早い位に頭が良いと誰かが言っていた。


「ウンウン。人間、素直が一番だ」

 

 彼女は酷く嬉しそうに笑う。少々口は悪いが、彼女の性格は実に穏やかで、理知的で、懐も広く、俺が遅刻したのもたいして気に掛けないどころか、アメジストが部屋に忍び込んだと知るや逆に謝り倒された。いや、遅刻は寝不足だったから、と俺も謝り倒したけど。


 良い人だ。逆に申し訳ない位に。ただ、恐らく(主にアメジストのせいで)余計な苦労を背負いこんでいるんだなぁ、と少し同情――と、そこまで考えたところで思考が止まった。


 それまで優しい笑みを向けていたたシトリンの視線があらぬ方向を向いていた。窓の外を凝視する彼女の視線が険しさを増す。怒りに身体がワナワナと震え始めた。


 まさか、と彼女の視線を追い、肩を落とした。窓の外から心配そうに様子を窺うアメジストがいた。


「何とかしろ」


 シトリンは俺に聞こえる位に大きな溜め息を付くと同時、無人の部屋に指示を出した。直後、もはやお約束の如く、ルチルとローズがアメジストの横に出現、彼女の手をガッチリと掴むと何処かへと引っ張っていった。もしや彼女達、ああして暴走を止める為にずっと傍にいるのか?そう考えると少しどころか大いに同情してしまった。


「幾ら(ツガイ)に出会ったからって、少しは姉の気持ちも理解しろっての。ハァ……集中力切れた、少し休もうか」

 

 シトリンはそう言うと持っていた分厚い歴史書を机に放り投げ、椅子を一脚ポンと呼び出し、俺の対面に座った。ギシ、と木製の椅子が軋んだ。まるで、彼女の心情みたいだと思った。


「姉?」


 いや、姉って言った?血の繋がりがあるのか。


「あぁ、そういや言ってなかったな。オレとアメジスト、それからルチルにローズは姉妹だよ」


「4姉妹?」


「正確には四つ子だ。神樹から同時期に生まれ落ちたオレ達は母たる神樹と星の力を最も強く受け継ぐ。だから化け物染みてるンだよ」


 当人がそう言うのだから疑う理由はない。彼女達は樹木から生まれたらしいが、確かにそう考えれば長大な寿命という説明にも一応納得がいく。俄かには信じられないが、でもよくよく考えてみれば地球人類も猿から生まれたとか突然変異だとか淘汰の結果だとか色々な説がある訳でが、でも実際に見た訳じゃないし荒唐無稽(こうとうむけい)だと批判する声もある。


 出発点が何処であったとしても生きる上で大した意味は無いと、そう結論すれば種族が違うとか、後は見た目や性質なんてのもどうでもよくなってきた。生きてりゃいいじゃないか、死にそうな目にあった甲斐もあって、そんな風に達観する様になっていた。


「そうさ。次いでにいえばエルフには2種類に分かれる。オレ達の様に神樹から生まれ落ちた純粋種と、純粋種と他種による交配で生まれた亜種」


 へぇ、と相槌を打った。でも純潔と混血が同じ共同体を形成しているって、良く争いが起きないな。

 

「ン、まぁ仲良く暮らしてる訳じゃない。だから色々と小細工してるのさ。例えば周辺の治安維持と力を誇示して権勢を維持するって理由で魔物狩りを行ってる。アンタと出会った都市郊外、島の外縁近くの森は外部からの侵入者がよく身を隠すのに利用する危険な場所なんだよ」


「絶海の孤島なのに?」

 

「人は、な。お前も一つ目の巨人、見ただろ?頻度は高くねぇけど化け物共は海を渡り、絶壁を上って、って位は割と簡単にやっちまうのさ」


 彼女の説明を聞いてストンといろいろな疑問が氷解した。三方を高い崖に囲まれた絶海の孤島に化け物がウロウロしている理由は単純に力押しで渡って来たからという理由だそうだ。しかし、つくづくこの世界は地球とは違うようだ。今は忙しくてそんな事を考える余裕がないけど、何時か落ち着いたら寂しさを感じるのだろうか。


「まぁ……今は色々頭に叩き込む事だけに集中しといた方が身の為だ。異世界から来た、なんて話を吹聴したってオレ達位しか信じないだろうし、何より免罪符になる訳じゃない。そうそう、働き口も見つけねぇとな」


「そういえばそうだった」


 そうだ、俺は肝心な事を忘れていた。と、同時に世知辛さに悲しくもなった。余程原始的でない限り、どんな世界であっても働かなければ生きていけない。ちょっと悲しい。

 

「今は色々と大変だろうから便宜は図れるが、だが地球の知識って程度でそう長く世話はしてやれない。で、だ。お前、オレと一緒に仕事するつもりないか?」


 正に僥倖(ぎょうこう)。降って湧いた突然の提案に俺は驚いた。


「少なくとも魔力を持って……いや、今は話す事じゃないな。ともかく、地球で作られている便利な道具をこっちの技術で再現できないかって考えた。そうするとどうしたってアンタの力が必要になる」


 確かに俺が助言を出した方が色々と捗るかも知れないが、しかし大きな問題がある。そもそもそう言った便利な道具について殆ど知らない。携帯の仕組みだってそうだし、カメラにテレビその他諸々……当たり前の様に使っている道具の原理なんて普通は知らないし、気に留めるなんてもっとしない。俺が居たところで何かの役に立つか?と、そんな事を疑問に思うのは当然で……


「別に原理を知っている必要はない。全く同じ代物を作るつもりなんてないし、出来るとも思っていない。ただ、カメラってヤツは色々と便利そうだって思った。まぁ、あくまで同じ機能を魔法でそれっぽく再現するってだけだから、原理なんて知らなくて良い。そう言った代物を知っている立場からの助言が欲しい、というだけだよ。出来ないなら諦めれば良いし、上手く行きゃあ商売になる。ソレに……」


 だけど、それでも俺の助けが必要と言ってくれた。正直、右も左も分からない世界でどう食っていくかは死活問題だったから、向こうから仕事を振ってくれるというのは有難い話だ。


「それに?」


「アンタには迷惑掛けて済まないと思ってる。だからどうにか便宜図ってやれないかって考えただけさ」


 やはり凄くいい人だ。正に神様仏様女神様。その余りの聖人振りを見れば心休まらない状況を無視してストーカー行為に及ぶアメジストが霞む位に――いや、比べるのはちょっと失礼に思える。そう考えるとアメジストとの落差に泣きそうになる。


「いや、今のところ実害は出てないですし……」


 これは本音。アメジストに抱いた当初の印象は既に消え失せた。具体的には初日の夜には。まさか寝巻姿で夜這い仕掛けてくるなんて思わねぇよ。


 ただ、悲しいかなお馬鹿な一面を速攻で暴露してくれたせいで初対面の時に感じた異常なほど恐怖は完全に消え失せた。その後の話で対外的な立場からああいった性格を演じていた、今のポンコツ駄目ストーカーモドキが本来の姿だとも教えてもらった。


 ただ、きっと本心を曝け出せる人も場所も少ないからあんな風に暴走しているのかな、とも思った。とはいえ、少し位は俺の事も考えて欲しいが。


「今、あの状態が本来の性格って思ったろ?」


 まるで心を見透かされている様なシトリンの言葉にドキッとした。彼女は嬉しそうに俺の顔を見つめている。


「ち……いや、少しだけ」


「素直だな。いい傾向だよ。正直に言えば、アンタとあの子にくっついて欲しいと思っているのも確かだ。話し合って物事が解決すりゃあ万々歳何だが、そうもいかないのは地球もこっちも同じ。ナメられたら譲歩を強要されるからああして威圧してるんだが、アイツ結構無理してるからな」


 本音を零したシトリンの目はどこか寂しそうだった。が、その冗談は止めて欲しい。彼女とずっと一緒では四六時中、気が休まらなそうだ。出来ればアナタみたいにもっと落ち着いた人が良いんだけど、と思うのは贅沢や我儘(わがまま)だろうか。


「あーいや……その……ま、アレだ。えーと、す、済まない。こっから先はちょっと暗い話になりそうだ。今日はここまでにしよう。明日以降の授業の準備もしたいし。アンタも集中力が切れる頃合いだろ?飯にでも行っといでよ」


 授業は唐突に終わりを告げた。別に腹は空いていないのだけど、好意は有難く受け取っておこう。だけど、さっきから彼女が俺の顔を見ないのはなんでだろう?なんか顔、赤くありません?

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