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終幕 敵(しんのてき) 其の1

 ――テミス広場跡地


 夜。漠然とした不安、何か嫌な予感にベッドから抜け出した。ボウッと地面をほのかに照らす灯りに誘われ、夜の街を彷徨い続けた足がテミス広場に着いたところで止まった。


「どうされたんです?」


「どうしてプレナイトはあっさり諦めたんだろうって」


 どうやら先客がいたらしい。闇からの声に俺は漠然と感じていた予感を口にした。


「切り札を失ったからでしょう?」


「本当かな?」


 矢継ぎ早の疑問に、闇からの声は何も答えない。


「多分。まだいるんだと思う。仲間が、直ぐ近くに。だから敢えて諦めて、油断を誘った。最初に気になったのは武術学園入学試験。ジェットが主犯だとして、試験官に俺を殺すよう指示を出した相手が分からなくて」


「へぇ」


 闇からポツリと声が零れた。


「次に気になったのはプレナイトが俺達と最初に会った時の言葉。遠征から戻ったばかりのあの人が俺やトリオの情報を知る機会はなかったように思う。誰かが教えなければ知りようがない」


「それだけじゃないでしょう?」


「最後に引っ掛かったのはパールが上位区画へ戻ると言った時。あの時、なんで一緒に上位区画に向かうって言ったんだろうってのが引っ掛かったんだよ、オブシディアン。下位区画出身の君は俺達と共に行動するのが自然だ。だってそこで生まれたんだから。でも行動できなかった。君は下位区画出身じゃないから、その事実が露見してしまうから」


 闇の向こうに声の主を呼んだ。直ぐに、闇から規則正しい靴音が響き始めた。


「でもソレだけじゃ証拠にならない。仲間を助けたかった、そう言えば終わりだ」


「ギルドの依頼書をすり替える機会があったのもそうだ。あの時、アレを受け取ったのは君だ」


「それも偶然で片付く。確たる証拠は何処にも無い」


 闇から姿を現したオブシディアンは泰然と振る舞う。淡々と反論するその態度も、回答にも不自然さは無い。ただ――邪悪な笑みを浮かべている点を除けば。


「預言者」


 その顔がたった一言で簡単に崩れた。


「図星なのか?」


 自分で言っておいて何だが、まさか当たっているとは思わなかった。オブシディアンは何も語らず、近場に転がる瓦礫の上に腰を下ろすと頭上を見上げた。


「この星、どう思いますか?」


 どう?とは一体どういう意味だ?何も語れないでいる俺にオブシディアンは構わず話を続ける。


「地球の歴史なら召喚した人間の情報からある程度知っているよ。今、この星の文明レベルだけを見れば地球の中世と同レベルだけど、でも全く異なる発展の仕方をしている。何故だと思う?」


 介入したのか。俺の答えに彼の口角が怪しく歪んだ。


「最初は酷いものだったよ。誰も彼もが無軌道に欲望と本能を剥きだしてさ。だからまず宗教と神の存在を広めた。次に情操教育に本を作り広め、法律を作り争いを抑えた。だけど、安定した頃には今度は食糧不足。だから米麦芋トウモロコシ、風土に合わせた作物を人々に与え、広めた。その次は灯りが無いと言うので蝋燭を作った。人々は、暗闇を照らす輝きの中に光明と希望を見出した」


 俺は無言でその話を聞いた。何処か嬉しそうな気がした。恐らく誰にも言えなかったんだろう、ならこのまま黙っていれば全部喋ってくれると期待して。


「そうやって生活圏の拡大が進むと魔獣の縄張り争いが発生した。だから対抗として魔術を教えた。やがて人々はその魔術を改良し、生活に生かすようになった。長い長い時の末に(ようや)く人類は安定期を迎えた。地球の中世ってどれくらいかは調べてないけど、コッチの中世期は実に2000年以上だよ。それ位に時間が掛かったんだ。現在の文明の(いしずえ)は僕が教え広めた知識が源流となっている。だが、その安定を乱す者が現れた。独立種だ。彼等は僕が()()()()()()()教え広めた成果を奪い、独占するだけじゃなく、危害を加える事さえ躊躇(ためら)わなかった」


 それまで穏やかだった口調から一転、急に語気が荒くなり始めた。


「特に危険で狡猾で節操無くて欲望に忠実な奴等がいた。ゴブリンって言うんだけどね、だけどその名前を一度も聞いたことが無いだろう?根絶したんだ。一匹残らず、この世から駆除したんだ」


 笑っていた。楽しそうな語り口はとても得意げで、それ以上に残酷だった。一つの種族をまるでゴミ程度にしか見ていないその性格に、歪んだ表情を見ていると背筋が寒くなる。


「だが、その後も人類に仇をなす独立種共は後を絶たなかった。高い知識から生み出した技術を独占するエルフ。圧倒的な膂力(りょりょく)に物を言わせ人類から領土を奪うオーク。人類の為にと作った霊薬を昔住んでいたという、たったそれだけで独占する人狼共。誰も彼もが人類とは違う思考思想を持ち、何度話をしても平行線に終わった。人類統一連合を発足させたのはその時さ」


 俺は何も語らず答えず、ただ黙って話を聞いていた。


「人類の相互理解には時間が掛かるのは嫌と言うほど知っている。だが、この星には余計な種族が多すぎる。だから間引かなければならない。過去、人間同士でさえ争い合う宿命から逃れることが出来なかったのだから。君は違う種同士が手を取りあえると思っているかい?無理だよね?同じ人類同士ですら認め合えないのだから。君もそう思った経験があるのではないか?例えばピスケス領主の馬鹿息子とかね?」


 その言葉に俺は何も言えなかった。


「全部、儚い夢想だよ。改めて自己紹介をしよう。僕が……いや、俺が預言者だ。我が使命は人類の統一と先導。カミの言葉を(あまね)く世界に伝え、広める。その果てに人類は宇宙へと旅立ち、何れ訪れる次の絶望と戦うのだ」


「宇宙?絶望?」


「知る必要はない。異星の人間。では、死ね」


 彼は俺の疑問に答えず、代わりに凄まじい殺気を向けた。周囲を包む気配は身体を貫き、周囲の全てを震わせる。


「残念だよ。人類であるというならば同じ目的を共有する同士になれると思っていたのだけど」


 同じ?意味が分からない。一体何を言っているんだ。


「分からずとも良い。君の星が滅びてしまったのは至極無念ではあるし、寄る辺を失った君への同情も無い訳ではない。だが、君と私は殺し合わねばならない運命なのだ」


 独立種と一緒に生きたいという願いがそんなに悪い事か!?邪魔をしたのがそんなに気に喰わないのならばもっと素直に言え、と俺はそう叫んでいた。ソレに彼女達と生きたいという願いは本音だ。誰かを排除した先にある世界の方が歪だと、この星での短い旅を経て俺は理解した。地球に居続けたならきっとわからなかっただろう。だが――


「ハハハハハッ。違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うッ。お前が、あの星から、あの銀河から来たというならば、もう敵になるしかないんだよ!!」


 意味が分からない。が、銀河と言う言葉が引っ掛かった。もしやこの世界は異なる次元じゃなくて同じ次元の別の銀河なのか。だとしても何故?


「知る必要など無いと言ったッ!!」


 預言者の叫びが周囲に木霊すと、同時に地面が激しく振動を始めた。


「死ねよッ、呪われし赤き龍の忌み子!!己のルーツを恨みながら死んで行けッ!!」


 直後、上空から何かが飛来する。恐らく魔術。降り注ぐ光弾は幾筋もの流星の如く地に降り注ぎ、その度に大きな衝撃と爆風を生んだ。問答も情けも無用の攻撃。


「あの時はコレが呼び水となるかもしれないと考えたのだ。独立種という共通の敵を排除すれば人類は纏まれると。だが、纏まりはしたが独立種諸共ときやがった。だから次を待ったのに、ソコに現れたのが貴様だッ。貴様さえいなければッ!!」


「ふざけるな!!大体……」


「ふざけてなどいない。それに、地球も同じことをした筈だぞ!!」


「何ッ!?」


「どうして地球には人類以外が存在しないのだ?滅ぼしたからだよ。1つの星に1つの種族以外が存在してはならないのだ。それは争いを呼び、争いは破滅と滅びという徒花を咲かせる。だからこそ独立種を排除するのだ。長期的な視点に立てばこの星の為になっているのだよ。いわば剪定、不要な葉を切り落とし、生長を促進させる。星も同じだよ。限られた資源は、我がカミが生み出した人類にこそ相応しい」


「何を根拠に!!」


「貴様等も争っていただろう?肌の色、性別、年齢、能力、美醜、信仰、思想に信条その他ありとあらゆる理由で他者を排斥しているそうじゃないか?傑作だ。そんな場所で生まれたお前が根拠を語るのか?」


「理由になるか!!」


 そう、理由にならない。俺は怒りに任せオブシディアンを殴り飛ばすが、しかし全くダメージが入っていない。オブシディアンは俺の攻撃を片手で受け止めながら不敵な笑みを浮かべる。今までの誰とも違う、異質な力を感じた。

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