暴(あばかれる) 其の3
「貴様がジェットを!!」
抑えきれない怒りを露にするスピネル。彼だけじゃない。末弟と父を利用された怒りにアンダルサイトもエンジェラの怒りが限界を超えそうになっていた。が、プレナイトは下品な笑いを浮かべ、挑発する。
「あぁそうだよ。俺がッ、人類統一連合のブラックソーンがやったのさ!!馬鹿で疑う事を知らないお坊ちゃんを口八丁でクエストに連れ回して、少しずつ記憶を書き換えさせてもらったんだよッ。そんな事も気づかないで点数与えて悦に浸ってた馬鹿兄貴!!」
「貴様ぁ!!」
例え騙される形だったとはいえ、利用されていたとは言え、悪しざまに弟を罵られたスピネルも、残りの兄姉も黙っていられない。
「おっと。俺だって馬鹿じゃねぇよ。何の策も無しにノコノコ来ると思うか?」
「魔法陣なら既に止めたぞ」
「ハハハハハ。300年前の英雄様も歳には勝てんらしいな。お前らはそうやって直ぐに目先の餌に食いつく。そんな物は囮に決まってんだろ。本命はアレだァ!!」
そう言うとプレナイトは上空を見上げた。ソコには言い表しようのない巨大で悍ましい気配を噴き出す魔法陣が浮かびあがっている。ヤバい、危険だと、直感とか本能が全力で告げる。
「準備なんてとうに済ませた。俺は、スノーホワイトの二の轍は踏まないッ!!」
(あれは召喚魔法陣だ)
いや神様、遅いって。
「不味いぞ」
「アレは何を召喚するつもりなんだ?しかも……まさかッ!!」
「もしかしてぇ、召喚?」
魔法陣を見たブルーとアメジストが何かに気づいた。召喚、俺と同じく何かを何処かからよびだすらしい。が、魔法陣から漏れ出る気配は明らかに真面ではない。邪悪、ソレだけは確かに伝わってくる。
「ご名答。そっちのクソエルフはともかく魔術師のクソガキは本当に頭が回るなぁ。なーんでお前みたいのが協力してんだよクソが!!序列1位と2位は金と家柄で順位買ったって評判のクズだって聞いてたのに。あぁご名答だよ。だがこれも伊佐凪竜一、お前のせいなんだよッ!!」
俺が原因だと、そう言われて身体が硬直した。
「お前がヴィルゴでの計画を潰してくれたもんだから計画の修正が必要になった。ヴィルゴは全員の記憶を上書きする実験場だったんだ。なのにバレた挙句に止められた!!だがッ、それでもスノーホワイトは有益な情報を残してくれた。お前の故郷だ。本来は地球人のカガクとかいう技術を手に入れる為の召喚魔術だったんだよ。だけどテメェ、思ったよりも早くここに来やがった。だから予備の計画に切り替えざるを得なくなった。本来は戦争を先導して、大量の死者の魂を生贄に呼び出す算段だったんだが、地球にこびり付いてた魂を利用するって寸法になァ。さぁ、世界の守護者サマ降臨の時間だ!!全員、1人残らず死ねよッ!!」
止めなければならない。だが――
「人に混ざれば独立種、逆なら人だと罵られた。俺も、お袋にさえも居場所はなかった。そうしてお袋は惨めに死んでいった。だから、寒くない様にって抱きかかえながら冷たくなるお袋の亡骸に俺は誓ったんだ!!この世界の全てを破壊してやるッ!!全部ぶっ壊してやる!!この世界全部をッ、惨めに死んでいったお袋の墓標にしてやるって誓ったんだよ!!復讐だ、コレは俺達を否定した世界への正当な復讐だッ!!」
絶句した。噴出する殺意と憎悪の根源は深く、昏すぎた。どんな説得も陳腐すぎて届かない。同じ獣人のジルコンやアゾゼオすら何も言えない。獣人と人類の間に生まれたハーフが抱えた苦悩と体験した地獄は想像を絶していた。
誰も、動けなかった。目を逸らしてきた、あるいは知らなかった、知っていたが助けられなかった、生きるの必死でそれどころではなかった。理由は様々だが、結局誰一人として手を差し伸べなかった現実が悲劇の引き金だった。
「ソレとこれは別だ。お前の復讐は止める」
ただ、俺は、俺には関係ない。プレナイトが、露骨な怒りを向けた。
「やってみろよ。魔法陣はもう……」
が、空を見上げたプレナイトが唖然とした。魔法陣に亀裂が入り、消滅した。
「何だと!?」
「見事に踏んでるじゃねぇか」
アイオライトが嘲笑した。どうやら、アレを見つける為にアチコチ駆けまわっていたらしい。
「どうせ何か企んでるだろうってリブラ城のてっぺんから地下水路の最奥まで探しまわって、魔法陣展開用っぽい宝珠を全部壊させてもらった。ギリギリだけど間に合って……」
が、勝ち誇っていた顔が空と同じかそれ以上に青く染まった。魔法陣は止まらない、止まっていない。不気味に鳴動する魔法陣は最後の発行の瞬間、何かを呼び出した。小さな砂のような何か。それはパラパラと地面に落下すると触れた全てを変化させ、瞬く間に醜い化け物を形成した。
「なんだ、アレは!?」
「ハハハハハハッ、運は俺に味方した!!グレイ・グー。神に造られ、闇に堕ちた守護者。コレが俺の切り札!!死ねよ人間、死ねよ独立種とかいうクソ共ッ!!ドイツもコイツも死ねば良いんだ!!」
出鱈目過ぎる。何か策か、あるいは弱点とか――なんでもいいと、心の中で必死に呼びかけた。今がその時だろ、頼むから出ろよ。
(聞こえている)
良かった。アレはどうすれば止まるんだ?俺は上空を見上げながら心の中で叫んだ。
(アレは君に理解できる言葉で表現すればバグだ。制御出来ず、廃棄された。彼はそれとは知らず、無理やり呼び出した。恐らくエネルギー供給が止まるまで暴れまわるだろう)
どうやらエネルギーさえ止めればいいらしい。朗報か悲報か分からない情報を伝えようとして――だがうめき声しか出なかった。大半が、瞬く間に化け物に薙ぎ倒され、残っているのは極一部だけになっていた。
アゾゼオ、ジルコン、アイオライト、サポートに回るローズを除く3姉妹。そこに辛うじてアンダルサイトとエンジェラが食いついているが、残りは全員ダウンしている。疲弊、消耗、そして怪我。それに立っている誰もがまともな状態ではない。傷と疲労を押して立っているだけ。どれだけ大火力で薙ぎ倒そうが、瞬く間に周囲の物質を取り込むその様はどう考えても異常過ぎて目も当てられない。
しかも主力の5人はローズの助力が無ければ危険な状態。どうやらあの化け物、何故か人間だけは取り込めないし攻撃対象にも選んでいない。何がどういう理屈でそうなっているのかサッパリ分からないが、状況は最悪に近い。人間側で戦える戦力が殆ど残っていない。
「さぁ、伊佐凪竜一。殺してやるよ。恨むならこの世界に呼んだ何かを恨むんだなァ!!」
気が付けば、プレナイトが俺の眼前に立っていた。
「アタシ達が化け物を抑えているから、その内にソイツを倒せ!!アイツが取り込んだ核も召喚のエネルギー源だ!!」
「だから街中の宝珠壊しても止まらなかったんですねぇ。という訳でアナタぁン、任せましたよぉ」
「後で好きなだけご褒美をやるからのー」
「という訳で頑張って下さいまし、ご主人様」
気の抜ける応援は止めて欲しいが、とにかく分かった。コイツを倒せばこの世界は丸く収まるんなら死ぬ気で止めるさ。
「苛つくなァ。テメェ、テメェに一体何の理由があるんだよ?テメェの世界はもう無くなっちまったんだぞッ。だったら元の世界戻って野垂れ死んどけよッ。俺達の世界の歴史に口出してんじゃねぇよ!!」
「あるさ!!」
「情に絆されたか!!それとも独占欲かッ!!」
「どっちも違う!!」
「だがッ、どっちにしたってテメェは!!」
「お前はッ!!」
「邪魔だ!!」
止まらない。戦う。もうコイツは戦い以外では止まらない。誰かへの憎しみが募り過ぎてて、心の中がソレで一杯になってそれ以外が何も入らない。だから他人も受け入れない、利用する事しか考えない、誰かの命や価値を極限まで軽んじる。こんなヤツが力を持っているから。
単純明快な殴り合い。振りかぶった拳が激突する度に周囲が震えた。互いの感情を乗せた拳、蹴り、体当たり、原始的な攻撃全部が激しい衝撃を伴いながら、周辺のあらゆる物を粉々に砕く。
「見下すなッ!!」
プレナイトが盛大にキレた。そりゃあそうするさ。コイツの実力はどう考えてもジェットよりもはるかに劣る。もしジェットが本物のゴーレムの核を持っていたら勝てたかどうか怪しかった。だけどコイツは――
「弱いってェ言いたいのかァ伊佐凪竜一ィ!!」
図星を突かれたプレナイトは激高した。だから弱い。多分、いやジェットは弱いと言われても動じない確信がある。短い間だけど、でもアイツは弱さと過ちを認める度量があった。だけどお前には無い。
「俺が、この俺があのクソアマ坊ちゃん以下だと。ふざけるなよ!!」
冷静さを失えば攻撃に精細さが無くなる。相手の攻撃は少しずつ空を切り、コチラの攻撃はまるで吸い込まれる様に当たり続ける。互角だった戦いは徐々に優勢へと転がる。が、仲間の方が危険だ。劣勢へと傾いている。流石に疲弊の色が濃すぎる。特に独立種は動けなくなれば化け物に取り込まれる危険性だってある。不味い、そんな本音が不意に零れた。
「疲弊し過ぎなんだよ。お前等を倒したら次はカスターにでも攻め込んでやるさ!!」
「お前はッ!!」
「だから、なんで貴様が怒るんだ!!そもそも介入する理由なんて無かった、するべきじゃなかっただろうが!!いや寧ろッ、貴様も俺と同じ、この世界の何処にも寄る辺の無い根無し草だろうが!!」
「何処が!!」
「世界に過大な影響を与える異物。ソレがお前だッ。元の世界が無いからと言う理由でみっともなくこの世界にしがみつき、自分にはそうする理由があると言い聞かせ、無理やりこの世界を自分の色に染めようとする!!お前、子供作るつもりか?その子供が迫害の対象にならないとどうして言える?独立種と人類ですら避けて通れなかったのに、チキュウとかいう別の星から来た貴様の子供がこの世界で生きていけるとどうして思った!!」
「それは……」
「貴様も所詮一時の感情に呑まれたクズだッ。そうやって無責任に許容し、許し……いや、未来なんて不確定な代物に責任を放り投げたッ。結果がこのザマだ!!」
「だから全部否定するのか!!」
「少なくとも肯定するよりは……」
「正しいわけあるか馬鹿野郎!!」
殴り飛ばされたプレナイトは動きと言葉を止めた。勝った?が、直後、何かが伸し掛かって来た。全てを飲み込む竜に身体を飲み込まれた。おかしいだろ?コレは人間に害を加えない筈では――




