長女篇 其の1
朝。豪奢なカーテンの隙間から暖かい日差しが射し込み、小鳥の囀りが聞こえる。目を覚ますと何時もの如く目覚ましがわりの携帯を探して、暫くもすればあぁと無意識の行動に呆れた。ここは地球ではなくて、俺はもう会社に行かなくていいんだ、と。
ならゆっくりと休め――なかった。来賓用の豪華な部屋、やたらとふかふかなベッドは住み慣れたアパートの空気、肌になじんだ安物のベッドの感触とは余りにも違って妙に落ち着かない。
枕が変わると眠れないという言葉通り、何かが変われば落ち着かないのも当然なんだが、それよりも一番の問題は金。
地球ではない。毎朝起きて仕事に行かなくて済むという状況は確かに楽で良かったが、数日もすれば仕事の有難味が肌身に染みる。何をするにも金が必要なのは異世界でも同じ。なのに現地通貨を持っていない。これじゃまるでニートだ。
家も買えず、宿賃も出せない。なら野宿か、と覚悟していたのだが、何故だかこの部屋に案内された。アイオライトという気の良い兄ちゃんにあったその日の夜の話だった。俺は全くの異物。提供したものと言えば地球の情報だけ。その対価に用意されたのが三食付きの豪華な部屋。
非常に有難い話だが――この生活が何時まで続くかという不安の方が大きいのも確かで、あと何日もすれば放り出されるのでは?と気が気ではなく、初日以外は安眠など出来なかった。
さて、と大きく身体を伸ばした。確かに仕事をしなくて良いが、代わりに勉強をする必要がある。この世界に何時までいられるかは俺を含め誰にも分からない。戻る目途が立たない以上、この世界で生きていかねばならない。その為には相応の知識がいる。勿論、死活問題だからサボるという選択肢は無い。
ふと意識を窓の外に向けた。遠くから鐘の音が聞こえてきた。アメジスト達は自分達をアールヴと紹介した。
そのエルフは寿命がとても長い上に生命力も強い。が、そんな能力を反映しか彼女達とこの都市に住むエルフには時間を測るという概念が極めて希薄だと言っていた。
当初は何も困らなかったらしい。日が昇ると共に活動し、日が沈むと共に活動を終える。が、それでは諸都市との交流に差支えが出て非常に困るという理由で定刻毎に鐘の音を鳴らしている。
仕事をして、終わったら思い思いの時間を過ごし、明日への準備を行い、そして眠る。地球時間でおおよそ六時間毎に鳴る鐘の音を合図に諸々が行動を取るそうで、今の鐘は仕事や勉学を始める合図だ。で、今ベッドでその鐘をきいているという事は遅刻が確定した事を意味する。
急がないと。多少は融通を聞かせてくれているとはいえ、遅刻はマズい。急いでベッドの毛布を跳ねのけ――
「またか」
見覚えのある何かが横たわっていた。ソレは寝返りを打ちながら、俺の身体にまとわりついた。暖かく柔らかい感触が肌から伝わる。同時に気持ちよさそうな寝息も聞こえる。部屋に鍵かかってた筈なんだけどなぁ――
「あの……」
「う……ン?」
「どっから入ったんですかね?」
気持ちよさそうに眠るアメジストに尋ねた。が、完全に夢の中でまともな返答はない。相変わらず、静かに寝息を立てる彼女は酷く扇情的な格好をしていて、見ていると、こう――何やらよからぬ感情に支配されそうになった。
彼女をそっと毛布で包み、急いで部屋を後にした。何やら後ろからえ?アレ?ドコ行くの?って声が聞こえたような気がするが、多分幻聴だ。そうであってくれ頼むから。




