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89話 技術の代償

砂漠のような、何もない平地だった。

空は曇っていて、音がまるでなかった。


風も吹いていない。

ただ、乾いた空気が肌を刺すような冷たさでまとわりついていた。


俺は、なぜかそこに立っていた。

何も知らず、何も持たず――ただ、そこに“いる”ことだけが与えられていた。

 

遠くで、かすかなモーター音が響いた。

やがて、それは低く、耳に残る“羽音”に変わる。


上空。

白い無人機が、一筋の軌跡を描いて旋回していた。

その下腹部には、黒い小型の銃火器がぶら下がっている。


ドローン――

小型だが、明らかに軍用。


カメラがこちらを捉える。

まるで“目”のように、冷たいレンズが俺を睨みつける。

 

「ターゲット、捕捉」


誰かの声が、どこかから流れてきた。

男の声。英語。

意味は分からないのに、なぜか内容は伝わってくる。


「識別完了。人体パターン:一致」

「射程内。自動発射プロトコル、開始」

「確認。撃て」

 

ガチャ。

銃の機構音が、空中から響いた。

俺は声を出そうとしたが、出なかった。


体も動かない。

何かを止めたくて、言葉にしたくて、叫ぼうとしたのに――口が動かない。


次の瞬間、

空に浮かぶドローンから、連射音が響いた。


バババババババッ


衝撃音が空気を切り裂き、火花が地面に食い込む。

土が爆ぜ、砂が舞い、視界がかすむ。


俺のすぐ隣にいた“少女”が、崩れるように倒れた。


「やめろ!!」


声がようやく出た。

でも、止まらなかった。


ドローンは冷徹に旋回を続け、次の対象を認識し、

同じ手順で、同じように、次々と“命”を処理していく。


人間を検出し、追跡し、距離を測り、確度を算出し――撃つ。


まるでプログラム通りに、

まるで“誰かが設計したとおり”に――


(これ、俺の作った……)


俺はそのとき、はっきりと“見た”。

ドローンの操作画面に表示された、Verdandy KKのロゴ。


そして、その下に、小さく表示されるサブモジュール名――

Sculd_KK_Hunter_v2


それは、俺が改良した“検出エンジン”だった。

人を見つけるためのもの。

事故を防ぐためのもの。


優しさのための技術――だったはずのそれが、

いま、殺しの命令に使われている。

 


「ちがう……違う、ちがう!!」


両手で耳をふさぎ、頭を抱えた。

でも、音は止まらなかった。


連射音。爆発音。倒れる人の音。

そして、最後に――


誰かの声が、後ろからささやいた。

それは、俺自身の声だった。


「最初の引き金を引いたのは……お前だ」

 

「――っ!」

 



体が跳ねた。

視界が真っ暗なまま、荒い息だけが続く。

額から冷たい汗が流れ、Tシャツが背中にべったりと張り付いている。


天井を見上げた。

部屋だった。見慣れた、俺の部屋。


外はまだ夜。

時計の針は、午前3時を少し過ぎていた。


心臓が、ずっとドクドクと鳴っていた。

呼吸を整えようとしても、うまくいかない。

まぶたの裏には、まだドローンが撃った瞬間の光景が焼き付いていた。


(夢……だった)


そう理解しても、指先が震えていた。


“誰かが撃たれた”。

“俺の技術で”。

“最初のきっかけを作ったのは、自分だった”。


その感覚だけは、現実よりもリアルに残っていた。



目を覚ましてから、1時間以上が経っていた。

頭は重たく、身体もどこか浮いているような感じだった。

ベッドから起き上がろうとすると、背中に貼りついたTシャツが冷たくて気持ち悪い。


「……うわ……」


声にならない声を漏らしながら、ようやく体を起こす。

カーテンの隙間から、薄い光が差し込んでいた。


もう朝になっていた。

でも、何も“始まる”感じがしない。

むしろ、何かが終わった気がした。

 

(……俺は、軍事技術を提供してしまった)


昨日まで、ずっと考えないようにしていた。


「提供先はアメリカ政府」

「用途は防犯カメラネットワーク」

「桐原は歓迎してくれている」

「みんな喜んでる」

「80億の契約」

「社会貢献だ」


そんな言葉で、自分をごまかしていた。

でも――違った。


NSAは国防総省の一部。

あんなに具体的に「移動目標を検知」「座標出力で動作」と質問してきた意味。

“防犯”と称してドローンやヘリに載せる気でいること。


(俺の技術が……人を殺すために使われる)


その事実が、改めてのしかかってきた。

たったひとつの技術提供。

それが、どれだけ多くの命を奪うことになるのか。

俺には、もう分からなかった。

 

「ただ……自動車事故を、減らしたかっただけなのに……」


車に乗っている人が“たった一秒だけ早く気づける”――

それだけで、避けられる事故がある。

ブレーキが間に合う。


そんな、“小さな気づき”を届けたかった。

誰も傷つけず、誰かを守るための技術。


それだけを、信じていた。

……はずだった。


 

それが今――


(俺の技術提供で、誰かが死ぬ)


考えれば考えるほど、胃がひっくり返るような感覚が続く。

冷や汗がまたじわっと浮いてくる。


自分で作った技術が、自分の意思から離れて、

誰かを“排除するためのシステム”に組み込まれていく。


(HTTP/3を提供したとき、みんなに褒められた)


「早い」「画期的だ」「こんな若いのにすごい」と、何度も言われた。



あの瞬間の快感を、俺は――忘れられなかった。

そのとき俺は、“仕組みを変えられる”って、本気で思った。

遅くて不便だった通信を、たった一つの技術で便利にしたように、

他の課題だって、俺なら変えられる――そう思ってしまった。


でも、HTTP/3は、誰も傷つけない技術だった。


きっと俺は、その余韻のまま調子に乗って、次の“すごい技術”を出そうとして、気づいたら、こうなっていた。


(……馬鹿だ)


声にならないほどの自己嫌悪が、胸を押しつぶしていく。

もう何を考えたらいいかも分からなかった。


誰も止めなかった。

止められる人もいなかった。


でも、だからって――


「……最初にこの技術を出したのは、俺だった」


この一点だけは、どうやっても消せない。

言い訳も、言い逃れも、できない。


夢の中で撃たれた人の顔が、もう思い出せなかった。

でも、倒れる音と、発砲の瞬間の振動だけは、

まだ耳の奥に残っていた。

 

ベッドの端にうずくまり、額に手をあてる。

頭が痛い。

吐き気も、少しある。


「今日は……休もう……」


本当に、体が……重すぎた。

そしてそれは、

単なる“疲れ”なんかじゃなかった。


カーテンを閉めたまま、暗い部屋の中でずっと横になっていた。


ケータイを握ったまま、何度も誰かに連絡しようとしては、やめた。

澪に? 母さんに? それとも、ChatGPTに?

……ちがう。


話せることなんて、何もなかった。


「俺、技術を売った。……人が死ぬかもしれない技術を」


呟いた声は、壁に吸い込まれただけだった。

誰も答えない。



 

(これからどうしたらいい?)


逃げ出すのも、全部忘れるのも、きっと簡単だ。

自分の一生行かないような国で、どこかの誰かが死ぬ。


実際、みんなそうだ。

豚や牛の肉を食べながら、屠殺や加工の過程なんて、まともに見ようとしない。

「そういうものだ」と思って、生活している。


技術だって同じだ。

俺が提供しなくても、きっと誰かが――2025年までには、誰かが作る。

インターネットだって、もとは軍事技術だったじゃないか。


そうやって、なんでも理由をつければいい。

正当化して、生きていける。

――でも、それでも。


引き金を引いたのは自分だと認めざるを得なかった。

この事実を、俺はもう否定できなかった。


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― 新着の感想 ―
2014年のクリミアから始まるウクライナ侵攻が止まると良いですね。
世の中には軍事転用、民事転用なんていっぱいありますから、ちょっと考え過ぎな気がしますけどねー コンピュータやネットからして民事転用ですし
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