8話 アクセスの向こう側
4月21日。
あれから二週間。
相変わらず授業と宿題に追われながらも、毎日コツコツとレシピを投稿し続けた。
一つひとつは地味な作業だけど、画面の向こうに誰かがいてくれる気がして、なんだか頑張れた。
授業が終わって家に帰ると、俺は通学バッグを放り投げて、真っ先にパソコンの電源を入れた。
起動音とともに立ち上がる、古びたWindows XP。
「さて、今日は……アクセス、どんなもんかな」
ブラウザを開いて、無料アクセス解析サイトにログインする。
昨日設置したばかりのアクセスカウンター。
正直、最初の数日は“誰も来ないだろう”と思っていた。
けど――
「……え?」
目を疑った。
昨日:451アクセス
今日:すでに284アクセス(午後6時時点)
「……これ、マジか……?」
しかも、参照元には“お料理掲示板”のリンクや、“簡単レシピまとめ”ブログらしきURLも混じっていた。
どこかの誰かが、俺のサイトを紹介してくれている――
しかも、たった数日で。
「ちょっと待て……バズるほどじゃないけど、これは……地味に当たってるぞ……」
すぐさまChatGPTに質問。
>現在のアクセス数が1日450程度。広告を貼ったら月にどのくらい収入になりますか?
【ChatGPT】
《広告収入(アドセンス等)は、1アクセスあたり平均0.1〜0.3円前後が目安です。
1日450アクセス × 30日 → 月間13,500PV
推定収入:月1350〜4050円前後。
ただし、ジャンル(料理系)は広告単価が比較的高めで、うまく育てれば数千〜数万円の収益に成長する可能性もあります。》
「月千円ちょいか……」
金額だけ見れば小さい。
でも、ただレシピをアップするだけで“誰かが見て”、お金になるという流れが、ものすごくリアルに感じた。
「てことは……これ、広告貼れれば、マジで小遣い稼げるな」
せっかくだし、ダチと遊んだりゲームとかお菓子とかに使うか!!
すでに、そこそこ見栄えのいいページが10枚以上。
今後もChatGPTで無限にレシピを生成できる。
継続すればするほど、資産になっていく仕組みだ。
ただし――中学生の俺には、広告収入を受け取る“口座”がない。
Google AdSenseにしても、振込先は18歳以上の名義が基本。
中学生の個人口座じゃ契約すらできない。
つまり、収益化のためには――
「……母さんに頼むしか、ないか」
俺はため息をついて、椅子から立ち上がった。
母さんはキッチンにいた。
夕飯の準備をしているのか、玉ねぎを切る音と味噌汁の香りが漂ってくる。
「母さん、ちょっといい?」
「あら、なに? 宿題終わったの?」
「うん、それは帰ってすぐやった。っていうか……ちょっと相談があって」
包丁を止め、母さんが顔を上げた。
「なに? またゲームソフトが欲しいとか?」
「違うってば。あのさ……俺、今ちょっとしたサイト作ってるんだよね。パソコンで。レシピサイトみたいなやつ」
「へぇ……。レシピ?」
「うん、冷蔵庫にある材料を使った時短レシピを載せてる」
「ああ、それね。何作ればいいか分からないとき助かってるわ」
「それで、みんなにレシピを見てほしくて自分でHTMLとか調べて、作った」
「……へえ、あのアルファベットを並べて作ったのね?」
明らかに“予想外”って顔をしてる。
「で、最近ちょっとずつ人が見に来るようになって……。で、広告を貼ると、サイトに来た人の数に応じて収入が入る仕組みがあってさ。試してみたいんだけど――」
「うんうん?」
「俺、未成年だから、直接お金は受け取れないっぽい。だから、母さんの名義の口座を使わせてもらえないかな? お金が入ったら、そのまま母さんに渡してもいいし」
母さんは一瞬、手を止めて俺をじっと見た。
「……ちょっと待って。お金って、どれくらい?」
「今の時点じゃ、月に300円とか、良くて500円とか。そんなもん。でも、アクセスが増えたらもう少し増える可能性もある」
「……それって、詐欺とかじゃないわよね?」
「違うよ。ちゃんとした仕組み。『Google AdSense』ってやつ。ちゃんと有名な会社のサービス」
「Google?聞いたことないわね」
「ネットでは有名なんだよ」
軽く説明しながら、俺は真剣な目で続ける。
「もし怪しいと思ったら、ちゃんと説明するし。母さんの名義で申し込むってだけで、変なことにはならない。俺が責任持って管理するから。……お願いできる?」
母さんはしばらく考えていた。
ふだんなら、即答で「ダメ」と言われてもおかしくない提案だ。
でも、今回は違った。
息子が自分の力で何かを始めて、ちゃんと説明しようとしてる。
そんな姿勢を、母さんは受け止めようとしてくれていた。
「……まずは、そのサイト。私もちょっと見せてもらっていい?」
「うん、もちろん!」
「あと、広告のこと、ちゃんと紙にまとめて説明してくれる?」
「OK! プレゼンする!」
俺は思わず笑ってしまった。
なんだか、“ビジネスっぽい”やりとり。
でも、こうして話を聞いてくれることが、何より嬉しかった。
「えっと、まずこれが俺の作ったレシピサイト。材料と作り方が……」
「へぇ……けっこう見やすいじゃない」
母さんはブラウザの画面を覗き込んで、トップページのレイアウトに感心している様子だった。
「んで、アクセス解析を導入したら、今のところ1日400人くらいが見に来てて……」
「え、それって多いの?」
「この時代の個人サイトとしては、わりと多いほうだと思う」
「なによ、”この時代”って?」
「え、いや……」
何とか誤魔化して、そしてここで本題。
「で、広告なんだけど……“Google AdSense”っていうサービスがあって、サイトに広告を貼ると、クリックや表示回数で収入が発生するの」
「なるほど……それで、お金を受け取るために私の口座を?」
「うん。俺は中学生だから、自分名義じゃ申し込めない。でも、母さん名義で登録すれば、ちゃんと管理して使える」
母さんは、腕を組んで少し考えていた。
そして――ゆっくりと、口を開いた。
「ねぇ、恭一」
「ん?」
「……あんた、このレシピ、自分で考えたの?」
「……!」
ドキッとした。
思わず言葉に詰まりそうになるのを、なんとか笑ってごまかす。
「まぁ……参考にしてるものはあるけど、まとめたり調整したりしてるのは自分。構成も言葉も、アレンジしてる」
「ふぅん……」
母さんの目が、じっと俺の表情を見ている。
勘が鋭いのは、どうやら澪だけじゃないらしい。
もしかしたら、完全に信じてはいない。
でも、“ちゃんとやろうとしてる姿勢”を試しているのかもしれない。
「レシピって、簡単そうに見えて、人に教えるのって難しいのよ? ちゃんと火の通り方とか、段取りとか考えて書かないと、失敗する人も出てくるし」
「……うん、それはわかってる。だから一応、誰でも作れそうなシンプルなやつだけに絞ってる。『料理上手な人が読む』っていうより、『料理が苦手な人が参考にする』って感じ」
「……あんた、ちょっと大人びたこと言うようになったわね」
「そうかな」
母さんは静かに笑ったあと、こう言った。
「実はね、あんたの実力テスト、先生から電話があったのよ」
「……え?」
「“葛城くん、びっくりするくらい点数が良かったです”って。英語も数学も、ほぼ満点だったんだって?」
「……まぁ、ちょっと、頑張った」
「“頑張った”でできる点数じゃないわよ。正直、お母さん、ちょっと疑ってたのよ。“この子、なんかおかしい”って」
「お、おかしいって……」
「でもね、今日の話聞いて、ちょっと安心した。ちゃんと“自分で考えて”、自分の言葉で説明して、真面目に話してた。……うん、悪いことしてるわけじゃないなら、協力する」
「……ホントに?」
「ただし! お金の管理は私がするからね。勝手に使ったり、変なことに使うのは禁止」
「もちろん! 約束する!」
思わず、椅子から立ち上がって、深くお辞儀する。
母さんは、ちょっと呆れたように笑っていた。
こうして――
俺は、正式に母親の名義で広告収益を受け取る許可を得た。
その夜、さっそくAdSenseの申請フォームを開き、必要事項を入力していった。
誤字報告などいつもありがとうございます