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74話  ふたりのシルエット

昼間は、アトラクションをいくつも回った。

スプラッシュ・マウンテンでずぶ濡れになったり、ホーンテッドマンションで微妙に距離が縮まったり。

笑ったり、ふざけたり、写真を撮ったり――気づけば、空の色が夕暮れに変わっていた。

そして、夜。


ディズニーは、まるで別の世界になっていた。

ライトアップされたシンデレラ城。足元まで照らす柔らかな光。遠くから流れてくる音楽は、どこか切なくて、夢を見ているようだった。


昼間にはしゃいでいた家族連れは少しずつ帰路につき、パークに残っているのはカップルや学生が多くなっていた。

俺と澪も、アトラクションの合間に歩く足を自然とゆるめて、そんな夜の空気に包まれていた。


「……ねえ、やっぱ夜って、ちょっと特別だね」


 ふと漏らした澪の声が、ライトに照らされて優しく聞こえた。


「うん。昼間の賑やかさとは違って、静かに夢見てる感じっていうか……」


「うん、わかる」


 そんな会話をしながら、二人の足はゆっくりと、シンデレラ城の方へと向かっていた。

 途中、さきほど始まったパレードが視界を遮った。


「……あ、ちょうど良かったね」


「うん」


 近くの柵に寄りかかりながら、俺たちはパレードを見た。

 光り輝くフロートが次々と通り、ミッキーやプリンセスたちが音楽に合わせて踊る。


 澪は少し身を乗り出して、小さく拍手をしていた。

 その横顔が、どこか子供みたいで、でも、やっぱりいつもより少し大人びて見えた。


(……やばい。今日、何回“ドキッとする”んだ、俺)

 パレードが終わると、空には待っていたように花火が上がった。


 ドン――。


夜空が音を立てて震え、視界いっぱいに、色とりどりの花火がひらいた。

赤、青、金、紫。まるで魔法みたいに光が舞い、空を塗り替えていく。


「きれい……」


隣で、澪が小さくつぶやいた。

その横顔は、ふだんの教室では見られない表情をしていて、どこか夢を見ているように、まっすぐ空を見上げていた。

俺は、そんな澪を――こっそり、横目で見ていた。


(……やばい。花火より、こっちのほうがきれいって、思ってしまった)


それがバレたら絶対からかわれると思って、目を逸らして空を見直した。

けど、頭の奥ではずっと、さっきの横顔が焼きついて離れなかった。

そのときだった。


服の袖が、ほんの少しだけ引っ張られた。


「……ねえ」


聞き慣れた声。でも、どこか違って聞こえた。

振り向くと、澪がすぐ隣にいた。いや、さっきよりも、もっと近い。

肩と肩が、ふわっと触れた。


その一瞬だけで、胸の奥がびくりと跳ねる。


(うそ……近っ)


距離だけじゃない。肌寒さと、澪に対する想いがじんわりと胸の中に広がっていく。


「……ちょっと、寒いかも」


その言葉が落ち着いた声だったからこそ、余計に心臓が騒いだ。


「えっ……あ、ごめん! あったかいもの買ってこようか?」


慌ててそう言った俺に、澪は首を小さく横に振った。


「ううん、だいじょうぶ」


そのあとで、少しだけ間を置いて――

彼女は、ほんの少しためらうように視線を下げて、そっと言った。


「……手、つないでもいい?」


花火の音よりも、その一言のほうが、心に響いた。


(まじか……今、言った……よな?)


耳の先まで一気に熱くなる。

鼓動が跳ね上がって、声が出ない。でも、逃げたくない。


「う、うん」


なんとか搾り出した声とともに、俺は手を差し出した。

ぎこちないのは、自分でもわかってる。でも、できるだけ自然に――って、余計不自然になるやつ。


その手に、澪の指がそっと触れてくる。

冷たくて、やわらかくて。


それがすぐに、じんわりとあたたかくなっていくのがわかる。

指先だけのつながりなのに、それだけで心が持っていかれそうだった。


(……手、つないだ)


ただそれだけなのに、まるで、何かが始まった気がした。


「ふふっ」


澪が、顔を上げて、小さく笑った。

恥ずかしそうで、でも、嬉しそうで。俺の胸の中も、一緒にあったかくなった。


「なんか、へんなの。寒いだけなのに、ちょっと緊張するね」


「そ、そうだね……」


うまく返せなかったけど、それでも悪くなかった。

むしろ――この沈黙も、澪と一緒なら意味のある時間になる気がした。

 

花火が終わっても、澪は俺の手を握ったままだった。

人混みの中、ほんの少しだけ急ぎ足で歩いていても、そのぬくもりは確かにそこにあって。

ずっとこのままでいたいと思った。


ふと――

俺は、そっと指をずらしてみた。

澪の手のひらに、少しだけ力を込める。


そのまま、自然に。

何も言わずに、俺は自分の指を、彼女の指の間に絡めた。

――恋人つなぎ


静かに、でも確かに、手と手がぴったり合わさって、

指先まであたたかくなる。

一瞬、澪の足が止まりかける。


ちらっとこっちを見る。

目が合って、すぐにそらされる。

顔がほんのり赤くなっているように見えた。


でも、何も言わなかった。

言葉はいらなかった。

手はそのまま、強く握り返された。

それだけで、十分だった。


(……やばい。俺、今たぶん、人生でいちばんドキドキしてる)


どんな夢よりも、リアルで、どんな言葉よりも――心が熱い。


「……ありがと」


 小さな声で澪が言った。

 声はか細かったけど、しっかり届いた。

 俺は何も言えなくて、ただ、ゆっくりうなずいた。

 そのまま、夜のパークを歩く。


 遠くに、シンデレラ城が見えてきた。

 ライトアップされた城は、まさに“夢”そのものだった。

 ファンタジーの中に現実が溶けていく――そんな感じ。


「……あっ」


 澪が立ち止まって、写ルンですを取り出した。


「ちょっと、写真撮ろう?」


「あ、うん!」


人混みの切れ間で、ふたり並んで立つ。

背景には、黄金に輝くシンデレラ城。

澪が俺の肩に軽く寄りかかって、小さく笑った。


「はい、チーズ」


カシャッ、とシャッター音がする。

フィルムの巻く音すら、なんだか特別に思えた。


「もう一枚いこう。今度はもっと自然な顔で!」


「え、俺そんなに固かった?」


「ちょっとだけね」


笑いながら、もう一度並ぶ。さっきよりも少しだけ近づいて。

すると――


「よかったら、撮りましょうか?」


近くにいたキャストのお姉さんが声をかけてくれた。

優しそうな笑顔で、写ルンですを受け取ってくれる。


「じゃあ、あの……お願いします!」


俺たちはふたりで立ち位置を決めて、シンデレラ城を背に並んだ。

次の瞬間――


「はい〜彼女さん、もうちょっと彼氏さんに寄ってくださーい♡」


「っ……!」


澪が、びくっと肩を震わせたかと思うと、

ちょっとだけ照れた顔で、ぐいっと俺の腕に寄りかかってきた。


さっきまでの距離とは、まるで違う。

髪の香り、肩のぬくもり、指のあたりまで全部が近くて、ドキドキが止まらない。


「いきますよ〜、はい、チーズ!」


カシャッ。


「もう一枚いきますねー、今のすごくいい感じです♡」


澪は照れ隠しのように笑いながら、「なんか……ちょっと恥ずかしいね」と小声でつぶやいた。

俺は、返事ができなかった。


というか、心臓がうるさすぎて、それどころじゃなかった。

撮り終えたカメラを受け取って、キャストさんにお礼を言うと、澪は小さく笑いながら言った。


「……現像、楽しみだね。たぶん、今日のいちばんの思い出かも」


「うん……俺も、そう思う」


カメラを返してもらっても、手は離さなかった。 むしろ、今のほうが強くつながってる気がした。

指は、絡めたままだった。


でも、さっきよりも深く、強く、離したくないって気持ちがこもっていた。


帰り道、澪はもう一度、俺の手をぎゅっと握ってきた。

その力加減が、たったひとつの“答え”みたいに思えた。


――言葉よりも、ちゃんと届くものがある。

そんな気がした。

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初々しいなぁ〜(*´ω`*)
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