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73話  ストロベリーミルクチュロス

 気づけば、Verdandy KKの契約台数は100を超えていた。

 いや、マジで100台。しかも、全部月10万のサブスクだ。

 ってことは……月収1000万!?


 いやいや、ちょっと待って。

 毎月1000万って、1年で1億超えるってこと!?


そのため、叔父さんと相談して、ちゃんと法人化した。

 社名は「Verdandy Solutions 株式会社」。いや、名前のセンスは俺じゃなくて叔父。

 俺たち以外の社員は今のところ3人。みんな叔父の知り合いで、大学の研究員とか元エンジニアとか。

 俺が表に出ることはないし、代表は叔父になってるから、形式上は"中学生"感はゼロだ。

 俺はただ、家でPCのID設定してるだけ。

 でも、それが1日10台でもたった50分程度で終わる。

 しかも毎月1000万。お金の価値って、もうわかんない。

……いやいや、わかんなくなっちゃダメなんだけど!

けど――


(こんなに稼いで、技術顧問で、企業と契約して、俺って……本当に中学生なんだっけ?)


なんて考えながら、俺はディズニーランドの入り口で、ぼーっと空を見上げていた。


日曜日の朝、少しだけ雲が残ってるけど、すぐ晴れそうな空。

並ぶ人たちの話し声、チケットゲート、遠くから聞こえるパレードの音。

その全部が、ちょっとだけ現実味を奪ってくる。


「恭一!! 早く入ろ!!」

突然、元気な声に現実に引き戻された。

振り返ると、澪がチケットを両手で掲げながらこっちを見ていた。

その笑顔は、さっきまでの“稼ぎすぎ中学生”の思考を一瞬で吹き飛ばすほどの破壊力だった。

――澪との、ディズニーデート。

ここからが本番だ。


 

でも俺、意外とガチで今まであんまり遊園地とか行ったことなくて。

昨日の夜も、こっそりChatGPTに「2005年でディズニーデートで盛り上がる場所を教えてください」って聞いちゃったし。

結果として返ってきた答えは、「相手の好みに合わせて行動するのが最適です」――そりゃそうだろって話だ。

けど、そんな予習なんて一瞬で吹き飛ぶくらいに、今の俺はテンパっていた。

ディズニーランドの入り口。人波に押されながら、澪と一緒にゲートをくぐる。


「うわっ……」


思わず声が漏れた。目の前に広がるのは、絵本みたいな街並み。色とりどりの建物、行き交う人の笑顔、遠くに見えるシンデレラ城――。

耳にはテーマソングが流れ、鼻をくすぐる甘い匂い。


(やば……なんか本当に夢の中みたいだ)


「ね、恭一。あれ乗ってみたい!」


澪が指差したのは、そこそこ本気な絶叫マシン。

「マウンテン」って書いてある、いかにもスピード重視なジェットコースター。


「え、いきなりそれ!?」

「乗ろうよ! 最初にガッとテンション上げたほうが、ぜったい楽しくなるって!」

言いながら、澪はチケットを握ったまま小走りで列に向かっていく。


(いや、元気すぎだろ……)


でも、その後ろ姿がなんか楽しそうで、俺も小走りで後を追った。

 

アトラクションの列に並びながら、俺は緊張で微妙に汗をかいていた。

澪はというと、まったく平気な顔で「ねえ、座席って一列だよね? となりだよね?」なんて聞いてくる。


「そりゃ、となりじゃないと変でしょ」


「やった!」

なんでそんなに嬉しそうなんだ。というか俺が動揺してるの、見抜かれてないよな?

 

やがて順番が来て、俺たちはシートに座り、安全バーがカチッと下りる。

澪がちらっと俺の顔を見た。


「……顔、こわばってるよ?」


「う、うるさい。全然怖くないし」


「ふーん」


いたずらっぽく笑って、澪は両手をしっかりバーに置いた。

そして――発車。

最初の登り坂。ギシギシとレールを這う音だけが響く。

(やばいやばいやばい)

手のひらが汗でじっとりしてきた頃、前触れもなく、一気に急降下した。


「うわあああああああああ!!!!」


叫んだのは……俺だった。たぶん。いや、完全に俺だ。

横を見ると、澪は笑いながら両手を上げていた。

なんで!?なんでそんな余裕なんだよ!?

 

走り終えたあと、フラフラになりながら降車口にたどり着く。

澪はというと、全然平気な顔で、逆に俺のほうを心配してきた。


「大丈夫? 顔、真っ青だよ?」


「……体がついてきてないだけ」


「はいはい。じゃあ、ちょっと休憩しよっか?」


そう言われて、ようやくホッとする俺。

すぐ近くの広場では、ちょうどパレードの準備が始まっていた。

 

「わ、あれ……始まるっぽいよ!」


澪の目がきらきらしてるのが、こっちまで伝染してきた。

通路の脇に腰を下ろして、並んでパレードを待つ。


ふいに、澪が何枚か写真を撮り始めた。


「……恭一も、撮る?」


「俺はいいや。目で見る派」


「ふーん。でも、それってちゃんと覚えてないと意味ないよ?」


「ちゃんと覚えるよ。――澪と、ここで見たってことだけでも」


一瞬、彼女の手が止まった。


「……そっか。うん、それだけで十分かもね」

音楽が鳴り響き、キャラクターたちが通りに現れる。

子どもたちが手を振って、ミッキーやミニーが応えて。

何もかもがキラキラしていて、やたらまぶしい。


だけど、一番まぶしかったのは――


澪の横顔だった。


パレードが終わって、俺たちは人が少ない裏通りのベンチに腰を下ろした。

暑さと歩き疲れのせいか、自然と肩が近づく。


「……あ、チュロス買ってこようか?」


俺がそう言った瞬間、澪が俺の顔をのぞきこんできた。


「……メールで言ってたもんね、チュロスも楽しみにしてたんだよ」


俺だけ買ってくる。

澪はベンチに残って、「疲れた~」と座ったまま、俺を見送るように手を振っていた。


並んで買ったのは、ストロベリーミルクとチョコの2本。

どっちを渡そうか少し迷ったけど、澪は嬉しそうにチョコの方を手に取って、さっそく一口かじった。


「……うん、おいしい。思ったよりビターかも」


俺もストロベリーミルクにかぶりつく。

ふんわり甘酸っぱくて、外はカリッとしてて――まさに“夢の国の味”って感じだった。


「こっちも……けっこうイケるな」


「へえ、いいなそれ」


「そっちも、おいしそうだったけどね」

お互いにそんな他愛ない言葉を交わして、もう一口ずつ。

でも、なんか……ちょっとだけ気になってきた。


「……ねえ」


澪が、ふいにこっちを見た。

その視線の先には、俺のストロベリーミルクチュロス。


「それ、ちょっとだけ食べてみたいかも。いい?」


「えっ、あ、うん」


思わず頷いて、差し出しかけた手が一瞬止まる。


(……これ、間接キスってやつじゃん)


緊張してるのを悟られたくなくて、慌てて言い直す。


「じゃあ、そっちもちょっと食べていい?」


「もちろん」


澪は、にこっと笑って、自分のチュロスの袋を少し引き直すと、

そっと手元で紙を開いて持ちやすいように整えてから、差し出してきた。

――そういう気づかいが、なんか妙にやさしい。

そして、俺が渡すほうのチュロスも、袋の折り目を軽く整えてから手渡す。

そのとき――俺の指先と、澪の指先が、ふれてしまった。

ほんの一瞬。けれど、その一瞬だけで、呼吸がふっと浅くなる。


(あ、あったかい……)


手の温度って、こんなに伝わるものだったっけ。

意識した瞬間、急に手のひらが汗ばんでくるのがわかる。


澪は何も言わず、俺のチュロスを口元へ。

ためらいも見せずに、ぱく、とひとくち。

控えめな音がして、白い頬がわずかにふくらんだ。


「……ん、おいしい。甘ったるすぎないし、ちゃんとイチゴの味がする」


そんな感想を、ほんのり赤くなった唇で言われただけで、

俺の鼓動は、もう耳の奥で爆発しかけていた。


(ちょ、まって……今、これ、キスの……何手前!?)


でも、引くわけにはいかない。


俺も、澪のチョコチュロスにそっと口を近づける。

風に乗って、微かに香る彼女の髪の匂い。

手渡されたチュロスから伝わる、ほんの少しの体温。


(……これ、絶対、澪の……)


そっとかじる。唇がふれる。甘い、けど、苦味もある。


「……濃い。なんか、ケーキみたいだな。温かいチョコの」


「でしょ?」


思わず見上げると、視線が――ぶつかった。

彼女の瞳が、まっすぐに俺を見ていた。

何かを言いたそうで、でも言わない。

言えないから、かわりに視線だけが、何かを語ろうとしているような。

俺も何も言えなくて、ただその瞳を見返す。

時間が、ふっと止まったように感じた。


澪が、少しだけ照れた顔で笑う。

俺もつられて、気まずいような、それでも嬉しいような、そんな笑みを返した。


目をそらすのがもったいなくて、でも恥ずかしくて。

そうして生まれた沈黙は――とても、心地よかった。


言葉がなくても、ちゃんと伝わる気がした。

今、この距離にある気持ち。

それが、ゆっくりと、確かに近づいていること。


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― 新着の感想 ―
甘酢っぺぇ!
青春の尊い光に焼かれてしまいそうw
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