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7話 もう一度、始まる日

4月6日。

春休みが終わり、いよいよ新学期が始まる日がやってきた。


制服の襟元を直しながら鏡を覗くと、そこには――

見慣れた中学生の姿。……いや、見慣れた“はず”の姿、か。


「ふう……いよいよ中3か」


俺は、ため息まじりにつぶやいた。

35歳の記憶を持ったまま、中学3年生に“転生”した俺――葛城恭一。

春休みの間に、ChatGPTでレシピサイトを立ち上げたり、未来知識で遊んだりはしてきたが……


それでも、“中学生としての日常”はこれから本格的に始まる。

まさに、リスタート。

 

登校中、桜並木の下を自転車で走る。

まだ肌寒い朝の空気の中、頭上ではピンク色の花びらがふわふわと舞っていた。 たまに風に吹かれて顔面に直撃してきて、思わず「ぐわっ」と声が漏れる。


「……桜って、こんな攻撃的だったっけ?」

独り言を呟きながら、俺はペダルを踏み込んだ。 新しい学年、新しくなったクラス。 少し大きめの通学カバンを肩に引っかけて、ガタガタ道を突き進む。


途中ですれ違う新入生たちは、まだ制服が身体に馴染んでいない。 ピカピカのブレザー、歩き慣れてない革靴、緊張で引きつった顔。


「お、おはようございます!」


「えっ、あっ、うん、おはよう」


明らかに俺を先輩と勘違いしてビビりながら挨拶してくる男子新入生に、適当に手を振り返した。 ――いやまあ、間違ってないけど。俺、見た目だけはちゃんと中3だからな。 中身34だけど。


「……ああ、こういうの、あったな」


ぎこちない新入生たちの姿を見ながら、ほんのりと懐かしさが込み上げる。 1周目のときは、自分もあんなふうに必死だったっけ。 カバンの持ち方ひとつにも無駄に緊張して、廊下ですれ違う先輩にビビってた気がする。


今となっては、全部いい思い出――というより、ちょっと笑える。

 

校門が見えてきた。 通り抜けようとしたそのとき――


「おーい、恭一~~!」


聞き覚えのあるだみ声が飛んできた。

顔を向けると、そこには元気だけが取り柄のクラスメイト、田村が手を振っていた。 その隣には、毎年成長期で身長が4センチずつ伸びるたびに自慢してくる河合もいる。


「よっ、恭一! 髪切った?」


「いや、春休み中そんなに変わってねーよ……」


「お前、また数学だけ異常に点数良かったらズルいからな!」 なぜか若干キレ気味に言ってくる河合。


「春休み、なんかいいことあったかー?」 ニヤニヤ顔で肘で突いてくる田村。


いや、知らんがな。 っていうか、あれはChatGPTの力だ。俺のせいじゃない。


「……まあな。色々あったっちゃ、あったかも」


含みを持たせた微笑みを浮かべると、二人が食い気味に食いついてきた。


「なにそれ! リア充イベントか? 彼女できたか?」


「まさか留学とか言わないよな? 中3でアメリカとか行ったらもう帰ってくんなよ?」


なんでそんなに飛躍すんだよ。

 

「ちげーよ。ただ、ちょっと“世界が広がった”だけだ」


俺が適当にごまかすと、二人は「またなんか中二病っぽいこと言い出した~!」と大爆笑している。

はしゃぐ田村に桜の花びらが直撃した。 それを見て、俺もつられて吹き出してしまった。

 

なんだろう、この空気。


バカみたいに騒いで、バカみたいに笑って、どうでもいいことで盛り上がれる。 社会人になってから、こんな無駄にエネルギッシュな朝は一度もなかった。

(……久しぶりすぎて面白すぎる)


 

新しいクラスは――3年2組。

どうせ俺は2組だよなって記憶をたどりながら名前を探したらすぐに見つかった。

そのまま俺は新しい教室へ向かった。

まだ誰もいない静かな廊下を抜けて、ガラリと扉を開ける。

すると、さっそく視界に飛び込んできたのは――

窓際で、手をぶんぶん振っている少女。


「おはよ、恭一!」


白石澪だった。

相変わらず元気いっぱいだな……っていうか、手の振り方がもはや遭難者レベル。 そんなん振ったら誰でも気づくわ。


「おう、おはよ」


軽く手を上げて返すと、澪は満面の笑みを浮かべた。

その横では、すでに女子たちが数人集まってワイワイおしゃべりしている。 どうやら澪は新クラスでもすでに“コミュ力モンスター”として順調に適応しているらしい。


窓際の光に照らされたその姿を見ながら、ふと、心の奥が小さく波打った。

なんだろうな、この感じ。


別に恋愛感情ってわけじゃない――いや、もしかしたらちょっとはあるかもしれない。 なんというか、“青春に置いていかれそうな焦り”みたいな、そんな複雑な気持ち。


「はいはーい、席ついてー!」


新担任として現れたのは、黒縁メガネにスポーツ刈りの男性教師。

名前は大井先生。若くはないが、厳しさと柔らかさを併せ持つベテランだ。


「今日から中学三年生。受験生としての自覚をもってな!

あと、知ってると思うがあさっては実力テストだ。テストの結果を見て、今の実力から足りないのをチェックしていくといい」


「え~!?」


クラスからは嫌そうなムードが漂う。

でも、俺は……正直、ちょっと楽しみだった。

 

 * * *


テストは、英語・数学・国語の三教科。

難易度は“実力を見るため”と称して、それなりに高い。

だけど――


「簡単すぎる……」


問題を解きながら、思わず心の中でつぶやいていた。

英語は基本的に中2レベルまでだ。


(受動態に苦労していたのが懐かしいな……)


でも、俺は一度社会に出て、大学でも英語を使ってきた身だ。


語彙、文法、構文……すべてが見慣れたパターンで、むしろ懐かしい。

数学も、一次関数・因数分解・確率と、王道問題ばかり。

時間が足りないと言っている周囲を横目に、俺は30分で全問解き終え、見直しに入っていた。


(……ああ、これ、絶対トップ取っちゃうな)


別に目立ちたいわけじゃない。

けど、今の俺には“努力して乗り越える壁”じゃなく、“知ってることを確認する作業”にしか思えなかった。

 

答案が回収される。

HRで担任が来た時に言う。


「えーっと、お前ら点数にビビるなよ。だいたい5割くらいが平均だ。」


先生の言葉に、ちょっと周囲がざわついた。

俺は、苦笑いで帰りの準備をしながら思った。

(結構かんたんだったな)




――夜

ぼんやりと天井を見つめながら、俺はこれまでの人生を振り返った。


今の生活は――正直、毎日が楽しい。

朝から深夜まで、睡眠時間を削って会社に通っていた頃に比べたら、それだけでも天国みたいなものだ。


学校に行くだけでいい。 勉強して、友達とバカ話をして、たまに澪と宿題をやったりして。 そんな、当たり前みたいな日々が、今の俺にはとても尊い。


昔のクラスメイトたちに再会した時も、なんだか不思議な懐かしさがあった。

あの頃は、ただ「クラスのやつら」としか思ってなかった連中も、今見ると、どこか眩しく映る。 未来を何も知らずに笑っている姿が、まぶしくて、いとおしく思える瞬間すらある。


きっと、これが“モラトリアム”ってやつなのかもしれない。

未来に向かって走り出す前の、束の間の猶予期間。 心に余裕があって、失敗してもまだやり直せる。 そんな奇跡みたいな時間を、今、俺はもう一度与えられている。

 

だけど――

この時間は永遠じゃない。


ぼんやりしていれば、あっという間に流される。 何も選ばなければ、また“昔と同じ”未来にたどり着くだろう。

だからこそ、今度は違う道を選びたい。

笑ってるだけの時間に溺れるんじゃなくて。 このモラトリアムを、未来へつなげるための助走にしてやるんだ。




前世、俺はこのまま――普通に受験勉強を頑張りA高に進んだ。 そこは地域でも有名な進学校で、周囲はバリバリの受験マシーンばかりだった。


俺も流れに流されるように勉強して、そこそこの国立大学の理学部に進学した。

でも―― 大学に入ってからが、本当にしんどかった。


研究室に縛られる日々。実験、レポート、深夜まで続くデータ取り。 「大学生活」なんて言葉はどこにもなかった。 サークルもバイトも、ほとんど経験できないまま、ただ卒業するためだけに生きていた。


そして、就職。 中小企業。いわゆるブラック寄り。 希望なんてなかったけど、社会に出るためには仕方なかった。


あとは、ただ疲弊する毎日だった。 怒鳴る上司、消える同僚、終わらないノルマ。 必死にしがみついて働き続けた結果――34歳で、倒れた。

疲労とストレスで、ぽっきりと。

 

……そんな人生、もう二度とごめんだ。

せっかくやり直すチャンスをもらったのに、同じ道をなぞるなんてバカのやることだ。

俺は心に誓った。


「絶対に、あの人生には戻らない」

 

まず、最初に変えるべきは高校選びだ。

A高みたいなガチガチの進学校はやめる。 周りが勉強しか見てないような環境に放り込まれたら、また流されるだけだ。


もっと、余裕のある学校に行こう。 例えば――B高。


そこそこ進学実績もあるけど、必死に詰め込むような空気ではない。 文化祭や部活も活発で、いろんな選択肢を持てる環境だ。


B高に進んで、三科目受験に絞って勉強する。 文系――英語、国語、地理。

そして目指すのは――MARCH。


別に前みたいな国立大じゃなくていい。 俺には、そこそこの自由と、そこそこの選択肢があればいいんだ。


MARCHレベルの大学なら、キャンパスライフも充実してるだろうし、就職先だって幅は広い。 ブラック企業だけが選択肢になるなんてこともない。

あとは、自分で道を選べばいい。

 

英語と国語なら、いまの俺でも感覚は少し残っている。 英文法や単語の細かいところはさすがに忘れてるけど、土台はまだある。

地理は……正直、半分以上忘れてる。 でも、それならまた覚え直せばいいだけだ。


中学3年の今から、大学受験まで、約4年。

4年あれば、英語・国語・地理、この三科目を完璧に仕上げられる。


焦らず、でも着実に積み重ねればいい。

普通に学校生活を送りながら、裏でコツコツ積み上げる。 ChatGPTもある。ネットもある。

この時代にしては、俺は圧倒的に恵まれている。

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― 新着の感想 ―
中三かぁ、楽しかったなぁ 勉強はあったけれど、理解力がぐんぐんアップした頃で、勉強もはかどったものだった
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