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69話 黒毛和牛(A5ランク )

 俺は、澪の家の前に立っていた。

 ピンポンを押すと、すぐにドアが開く。


「まあ、よく来てくれたね。上がって上がって」


 満面の笑顔で迎えてくれたのは、澪のお母さんだった。

 前に会ったときよりも、少しラフな格好だけど、やっぱり若くて元気な印象が強い。


「こんにちは。今日はその……ちょっとしたお礼で」


「ええ、聞いてるわよ。澪がすっごく楽しみにしてたの。あの子、今キッチンで野菜切ってるのよ」

 

言われるままに靴を脱いで玄関を上がると、エプロン姿のお母さんが俺の手に持った保冷バッグに気づきいた。


「なになに、それ……もしかして例の“お礼”?」


「はい。前にカニをごちそうになったお礼です。あのとき、本当に嬉しかったので……今日はちょっといい肉を」


俺がバッグから包みをそっと渡すと、お母さんは中身を確認して、目を見開いた。


「うっそ……これ、すごい高そう!? 普通のお肉屋さんじゃお目にかかれないよ、これ」


「たまたま、いいのが手に入ったので……」


そう言うと、お母さんはにやりと笑いながらうなずいた。


「澪から聞いてたわよ。ネットで色々やってるんでしょ? お小遣い、かなり稼いでるんだってね」


「まあ、ちょっとした広告収入とかで……」


「いやいや、こんな肉を買えるなんて、“ちょっと”じゃないでしょ」

お互いに笑いながら、玄関の空気がふわっと和らいだ。


「じゃあ、私はキッチン手伝ってくるから、澪と話してて。部屋は前と同じ場所よ」


「ありがとうございます」


玄関を上がってリビングに入ると、澪の父親がソファで新聞を読みながらビールを飲んでいた。

前にカニ鍋をごちそうになったときにも会っているので、今回は少し肩の力が抜けている。

俺の姿に気づくと、父親は穏やかに笑った。


「おっ、いらっしゃい。今日は“肉の日”だって聞いてるよ」


「はい。ちょっとしたお礼のつもりで……」


「はは、大歓迎だ。楽しませてもらうよ」


キッチンのほうから野菜を切る音が聞こえる。澪とお母さんが準備しているらしい。

そこへ澪が顔を出して、


「恭一、麦茶あるけど飲む?」


「あ、うん。ありがと」


学校では見られない澪の“家の顔”。髪を下ろして、エプロン姿で、どこかほんのり大人っぽい。

俺はちょっとだけ目を逸らして、手元のコップを見つめた。

やがて、澪のお母さんがキッチンから顔を出す。


「じゃあ、そろそろ焼いてもらおうかな? パパ、出番よ」


「おう、任せとけ」


父親が立ち上がり、ビールをテーブルに置いてキッチンへ向かう。

その背中に、家族からの信頼が滲んでいた。


十数分後、食卓には見事なステーキプレートが並んでいた。

厚みのある肉にナイフを入れると、じゅわっと肉汁があふれ出す。


「うまっ……焼き加減完璧ですね」


「パパ、ステーキだけはプロ並みなのよ」


得意げに話す澪のお母さんに、キッチンから戻ってきた父親が苦笑する。


「いやいや、趣味みたいなもんさ」


4人でテーブルを囲む。家庭用のダイニングだけど、なんだかレストランのVIPルームみたいに感じた。


「これ、めっちゃ美味しい……! お肉が口の中でとろける!」


澪が嬉しそうに笑うのを見て、こっちまで嬉しくなる。


「でしょ? まさか恭一君がこんなすごいお肉持ってきてくれるなんて思わなかったわ」


「いやいや、前にカニ鍋をごちそうになったお礼で」


「そっか。じゃあまた澪が良い成績とったら、カニ鍋にするか」


お父さんが乗っかってくる。


「ちょっと、それって私がまた頑張らないといけないってこと?」


「そのときは、また一緒に勉強しような」



そんな軽口を叩きながら、箸が止まらない。

そして、話題はいつの間にか勉強の話に。


「澪、最近はよく勉強頑張ってるって聞いてるよ」


父親が言うと、母親がすかさずかぶせてくる。


「そうそう、恭一くんと勉強するってときは、前日から嬉しそうなの」


「ちょっと!! お母さん言わないでよっ!」


顔を赤くして抗議する澪。その反応を、母親はにやにやしながら楽しんでいた。


「当日はね、髪をセットして服を選ぶだけで30分以上かかるのよ〜」


「や、やめてってばっ!」


俺は思わず笑ってしまった。こういう家庭の空気、すごくいいなって思う。自分の家とはまた違って、どこか柔らかくて、あったかい。


「でも、ほんとありがたいわ。恭一くんのおかげで澪も自信がついたみたいだし、成績もぐっと上がったの」


「いえ、澪さんが努力してるからです。俺はちょっと手伝ってるだけで……」

謙遜するつもりが、気がつけば澪と目が合った。


「……ありがとう」


ポツリと呟くその声が、妙に胸に響いた。

ステーキが冷めるのも気にせず、家族との会話が止まらない。


まるで本当の家族のように、俺は笑って、食べて、話していた。


ステーキの香ばしい匂いが部屋にまだ漂っている中、澪のお母さんが口を開いた。


「お母さんから聞いたわよ、恭一くんのこと。ホームページ作ったり、ネットでお小遣い稼ぎしてるって。本当にすごいわね」


「い、いえいえ。そんな、大したことじゃ……」


「そんなに簡単にいくものなの?」


「うーん……まあ、ちょっとずつコツコツと、ですね」


「このお肉も、そのお金で買ったって聞いたけど。こんなに高そうなの、大丈夫だったの? ホームページのお金、無くなってない?」


「大丈夫です。最近はありがたいことに、月に10万円くらいになる月もあって…… 」


本当は広告収入だけで30万は超えていて、AIソフトの件も含めればさらに大きな金額になるが、そこまでは言わない。まだ言えない。


「まあ、そんなに……! 信じられないわ。高校生でもそこまで稼ぐのは難しいのに。今はまだ中学生なのに。ねえ、あなた」


澪のお母さんがにこにこしながら澪のお父さんに話を振ると、父親はうなずいて箸を置いた。


「驚いたよ。まさか、こんな若いうちから事業みたいなことをしてるなんてな。何か目標でもあるのか?」


「いえ、まだぼんやりですけど、いろいろ試して、自分に合うことを探している感じです」


「堅実だなぁ……俺が中学生の頃なんて、小遣いの使い道ってゲームか菓子だったぞ」


笑いが起きた。


和牛もおいしかったし、今度はまたカニ鍋かな。

……澪に頑張ってもらおう。

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