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66話 情報処理推進機構①

9月25日、水曜日。午後3時。


「え、本当に来られるの……?」


母がそわそわとリビングを見回す。


うちに、経産省所管の情報処理推進機構――IPAの職員が来るなんて、あり得ない話だった。

親戚が集まるだけで手狭になるこの家に、今から官公庁の人間が4人も来る。


ピンポーン。


「来たっ!」


母が立ち上がり、急いで玄関へ向かう。エプロンの裾を気にしながら、最後にもう一度髪を手ぐしで整えていた。

父はすでにテーブルの前に座り、背筋をピンと伸ばしたまま、表情だけがぎこちなく固まっている。

俺も立ち上がり、なんとなくシャツのしわを直す。


現実感が追いつかないまま、玄関の方へ視線を向ける。

――本当に来るんだな、IPAの人たちが。


ドアが開き、スーツ姿の男性たちが次々と姿を現す。


「こんにちは。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」


「ど、どうも……」


玄関に現れたのは、スーツ姿の男女4人。

その後ろには、申し訳なさそうな顔でこちらをうかがう叔父の姿があった。

母は深く頭を下げながら、「狭い家で申し訳ありません」と小声で言う。

俺も軽く会釈を返す。


テーブルの上には、いつものスーパーのおせんべいではなく、昨日慌てて買ってきたらしいヨックモックの缶。

その横に並んだ湯のみからは、ほのかに緑茶の湯気が立ちのぼっていた。


IPAの一番年配そうな男性が、名刺を取り出した。


「失礼いたします。私、情報処理推進機構 技術戦略部の佐川と申します。本日は非公式ながら、事前ヒアリングという形でお伺いさせていただきました」


名刺を受け取る父。そして、なぜか俺にも差し出される。


(中学生に名刺渡すんだ……)


「まずは、ご家庭のご理解とご協力に感謝申し上げます。私どもとしては、非常に画期的な言語処理ツールの存在を知り、大変興味を持っております」


「い、いえ……」


母はもう、固まりかけている。隣の父も、変な笑顔でひたすら頷いていた。


「今回の目的は、開発経緯や構造に関しての詳しい技術ヒアリングではなく、あくまで“導入の可能性”を探る段階です。


大学経由での使用実績も把握しておりますし、もし開発者の方が了承されれば、国家プロジェクトなどへの技術検討対象として正式に取り扱うことも可能かと」


「そ、それは……すごい話ですね……」


父の声が上ずっていた。俺も内心めちゃくちゃドキドキしている。

佐川さんの隣にいた女性職員が、ノートPCを取り出しながら静かに言った。


「この場で実演することは可能でしょうか? ごく簡単なもので構いません」


「……はい、大丈夫です」


俺は頷いた。




既にテーブルの上に準備しているパソコンを立ち上げる。

シンプルな黒背景に、白字のウィンドウが浮かび上がる。

Verdandy KK。俺の秘密兵器であり、たったひとりの“共同開発者”だ。


「こちらがそのソフトです。入力するとすぐに結果が出ます」


「では一つ、試しても?」と佐川さん。


「もちろん。何を聞きますか?」


「『太陽と月の違いを小学生にもわかるように』で」


すぐにタイピング。1.2秒後、画面に文章が表示される。

太陽は自分で光る大きな火の玉で昼に見えます。月は太陽の光を反射して光るので、夜によく見えます。


「……おおっ!」と佐川さん。他の職員たちもざわめく。


「自然な文体だ」「指示が的確に反映されてる」


一方で、後方に控えていた1人だけは、黙ったまま腕を組み、画面をじっと凝視していた。

目の奥には、驚きというより“探るような視線”が宿っていた。


隣の職員が手を挙げる――


「“明治時代の教育制度を中学生向けに”でお願いします」


入力後、すぐに回答。

明治時代には、西洋の考えを取り入れた教育が始まりました。全国に小学校が作られ、読み書きや計算が学ばれました。


「しかもこれ、リアルタイムで? ローカル処理で?」


畳の上の職員たちは、実験を見る子どものような顔をしていた。

――本当に、見つかったんだな。俺の作ったものは。


その実感がくすぐったくて、少し誇らしかった。

「この技術、正式に相談したいですね」と佐川さん。


「ヒアリング、検証、導入……ご協力いただけますか?」


父を見る。黙って背筋を伸ばしている。


「……はい。大丈夫です」


「では……技術的な仕組みについても、少し教えていただけますか?」


佐川さんが、穏やかな口調で改めて問いかけてくる。

その視線の奥にある“見極める眼差し”は、さっきからずっと変わらない。


「はい、大丈夫です」


一応、覚悟はしていた。何を聞かれても、表面上は“2005年でもギリギリ理解可能な範囲”で答えるつもりだ。

練習通り、言葉を口にしたつもりだった。でも、喉が少しだけ乾いていて、言い終えるまでに一拍、余計にかかった気がする。


「まず、このソフトですが――自然言語処理をベースに……」


そこからしばらく、俺は言葉を選びながら技術的な説明をした。

“辞書ベース”や“自然言語処理”といった単語に対して、2005年の知識でギリ理解できる表現を選んで。

もちろん、未来技術の核心には触れすぎないように――。


説明を終えると、職員たちは顔を見合わせ、静かなざわめきが広がる。


「……まさか、ここまでとは」


まるで実験映像でも見ているかのように、佐川さんたちは感嘆の息を漏らしていた。


「……正直、我々も日々多くのAI技術を見ていますが、これはまったく別格です」


「そのモデルは公開されているものを使っているのですか?」


「いいえ。モデルは私が構築したものです」


これで通じるのか??自然言語処理 の言語モデルを構築って自分で話してて意味が分からない。

俺の声に、佐川さんが静かに頷いた。


「なるほど……少なくとも、我々が知っている“自然言語処理”とは、レベルが違いますね。いや、正直、国内の研究機関でここまで実用的なものがあるとは、思っていませんでした」


「恐縮です。まだまだ改善の余地はありますが……」


内心では汗をかいていた。だが、“2005年風の説明”としては、ぎりぎり成立したはずだ。

ChatGPTを使って、予想される質問と回答は練習したからな。


その時

後ろに控えていた30代くらいの男性――名札に「中園」と書かれたIPA職員が、一歩前に出た。


「……これを、葛城さん、お一人で?」


中園さんの声色が変わった。さっきまでの柔らかい調子は消え、空気がぴんと張り詰める。


「はい」


俺は目を逸らさず、短く答えた。


「どうやって?」


「論文や技術資料をもとに、自分で組み立てました。」


「それは――テンプレートの流用ではなく、という意味ですね?」


「はい。参考にはしましたが、構造も中身も別物です」


中園さんが一瞬、黙ったまま俺を見つめる。


「……にしては、出来が良すぎる」


「ありがとうございます。でも、実際に動いてますよね?」


「それは認めます。先ほど試した質問への応答は、私の想定と合致していました。……事前に仕込んだテンプレートではないと判断しています」


俺はうなずく。


「でも、それを中学生が単独で作ったという説明が……いや、驚異的すぎて正直、まだ飲み込めていない」


中園さんは、どこか不信感を隠しきれないような目でこちらを見ていた。


「分かります。普通は、信じませんよね」


少しだけ笑って、俺は静かに言葉を重ねた。


「……でも僕は、毎日ずっと触ってました。寝ても覚めても、このことばかり考えてたんです。最初は、うまく動かなくて当たり前でした。でも、試行錯誤を繰り返してウェブサイトやこのソフトなどを作ってきました。」


……まあ一応言ってることは嘘ではない


「多分、それが結果的に“学習”になってたんだと思います。知識じゃなくて、手と目と感覚で、積み上げていったような……そんな作り方です」


「……中学生が頑張っただけじゃ、あれが作れるとは到底……」


「――中園!」


佐川さんの声が、空気を切り裂いた。

低い、しかし明確な制止のトーンだった。中園は顔をわずかに引き、すぐに姿勢を正した。


「……すみません、言い過ぎました」


「いえ、大丈夫です」


俺は小さく笑って返す。でも、内心はかなりの圧を感じていた。

佐川さんが、すぐに口を継いだ。


「たしかに――我々も、日本の最先端のAI技術に日々触れています。ですが、あのソフトは……その我々ですら、驚くほどの完成度です」


重い言葉。率直であり、誠意も感じる。


「だからこそ、お願いしたい。葛城さん、このソフトがどのような仕組みで動いているのか――プログラムコードを見せていただけませんか?」


一瞬、部屋が静まった。

母のコーヒーを運ぶ足音すら、気を遣うように遠ざかっていった。


「……すみません、それはできません」


「理由は……?」


「流出の危険があります。ローカル環境で動かしているのも、セキュリティのためです。中身を見せれば、それだけ複製のリスクが増える。いくら信頼できる方々でも……やはり、僕の責任で守りたい部分です」


佐川さんは頷いた。否定ではなく、受け止める動きだった。

「もちろん、我々は葛城さんの技術を流用するつもりなど一切ありません。むしろ、正当な対価を支払い、正規ルートで社会に還元するための橋渡し役でありたいと考えています」


その言葉に、叔父さんも静かに頷いた。

……だが、やはり中園さんは納得できないようだった。


「ならば、何を信じればいいんです? これが本当に“中学生ひとり”で作ったとは、やはり――」


「――じゃあ」


俺は言った。

一拍、間をおいて。


「今、実際に動いているソフトの中身を見せます」


その言葉に、空気が明らかに変わった。

叔父さんが目を見開き、中園さんも動きを止めた。

佐川さんも、わずかに前のめりになった。

作者ページの所の外部リンクに私のTwitterリンク載せています

他サイトで新しい小説を公開する時などはTwitterでお知らせします

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― 新着の感想 ―
叔父さんもそうだったが今このシステムで金を稼いでる以上はそれを見せる=例え流出しなくても これを参考にして技術が進んだら収入減少に一歩近付くんだって事が理解出来て無いよな 主人公はそこを問題視しては居…
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