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64話 遊園地 vs IPA


「で、恭一くん」


昼食後、少し落ち着いたタイミングで、叔父さんがテーブル越しに言った。

湯気の立つコーヒーを片手に、いつもより少しだけ真剣な顔をしている。


「そろそろ聞いてもいいかな。――あのソフト、どうやって作ったんだ?」


俺は一瞬、言葉に詰まった。

とうとう来たか。


Verdandy KK。あのAIソフトの正体。

叔父さんは、研究室での使用を皮切りに、学会発表、大学上層部へのデモンストレーション、IPAからの問い合わせ……と、すでにその価値を誰よりも理解してくれている人だ。


だからこそ、逃げられない。


「……まあ、聞かれるよな。そろそろ」


俺は水を一口飲んで、言葉を選びながらゆっくりと口を開いた。


「もともとこのノートPC、最初からちょっと変だったんだよ。入ってるツールの種類がさ……自然言語処理のサンプルとか、簡易コーパス生成ツールとか、どう考えても中学生向けじゃないやつばっかりで 」


「ああ……教材か、研究機関から流れた業務用か?」


「そこは分かんないけど。このPCに入っていたものを組み合わせて、自分で頑張ったら出来たって感じかな。」


叔父は頷きながら聞いていたが、すぐに核心に踏み込んできた。


「ただ、それにしては――完成度が高すぎる」


「……え?」


「5月からプログラミング教室に通い始めた中学生のレベルじゃない。あの応答速度、文脈の保持能力、構文解析と生成の自然さ……どれを取っても、国内の研究機関でまだ実現されてないレベルだ」


「でも、ほんとに俺が作ったんだよ。他の人のコードをそのまま使ったり、パクったりとか、そういうのはしてない」


未来のAIを使ってはいるが、試行錯誤して作ったのは俺だ。


「じゃあ、元になったものがあるわけでもない、と?」


「参考にはしたけど、コードは全部自分で書いた。だから、Verdandy KKは完全に“俺のもの”だよ」


俺は真っ直ぐに答えた。

嘘は言っていない。

ChatGPTのような大元はあるけど、ここで話すわけにはいかない。

叔父さんはしばらく黙っていたが、やがてふっと笑った。


「まあ、もし誰かの技術を流用してたとしたら、どこかに似たようなコードや論文が残ってるはずなんだ。公開リポジトリとか、海外の研究データベースとか、痕跡は必ず見つかる 」


「うん」


「まさかアメリカの国家研究所のサーバーにハッキングして、最新AI技術を盗んだ、なんてことはないだろうしな?」


「はは……」


冗談っぽく言ったつもりなんだろうけど、内心では冷や汗がにじむ。

実際、今の俺のPCの中身は、たぶんその“国家レベル”の先を行ってる。

正面から競っても、GoogleやMicrosoftの研究開発部門を圧倒的に凌駕する。


「でも安心してくれ。私は君が嘘をついてるとは思っていないよ」


「……え?」


「話し方を聞いてればわかる。たしかに全部は言ってないとは思うが、嘘はついてない。

それに、技術的な完成度以前に、“君自身があれを理解して使いこなしてる”というのが一番重要だ」

その言葉に、なんだか胸が熱くなった。


「ありがとう、叔父さん」


「ただ――この先、君があのソフトを表に出すなら、どこかで誰かに“説明責任”を求められることはある。そのときにどうするか、今から少しずつ考えておいた方がいい」


「うん、わかってる」


「じゃあ、それでいい」


叔父さんは2杯目のアイスティーを飲み干し、穏やかな笑みを浮かべた。



 * * *



叔父さん経由で、情報処理推進機構(IPA)が来ることが決まった。

技術面のヒアリング中心らしい 。


だって、技術面って――

俺、AIの仕組みほとんど分かってないんだけど!?

いや、ざっくりした理屈はわかる。そりゃ作ってるし。けど、中身の理論とか、元ネタとか、どの論文参考にしたかとか、そんな深いところ聞かれたら完全アウトだ。


慌ててパソコンを開き、ChatGPTに向かってつぶやいた。


⋗強化学習と機械学習の違いって、なんだっけ?子供向けに分かりやすく書いて。


【ChatGPT】

「機械学習は、正解をたくさん見せて「こういうときはこれだよ」と教えるやり方です。

強化学習は……」



「……あー、なんか、小学生と犬のしつけの違いみたいな感じ?」


言葉にしてみたけど、まだピンとこない。


「てか、“エージェント”って何!? スパイ映画じゃないんだからさ……」


焦りの火が、じわじわ広がっていく。


(冷静に考えて、俺が使ってるのって、2024年のChatGPTベースなんだよな……)

(2005年どころか、2020年でもまだ世に出てないレベルのヤバいやつだろ、これ)


「……これ、“オリジナルです!”って言い張ったらバレるよな……?」


仮にバレなかったとしても、聞かれる。


“ほんとに一人で作ったんですか?”

“どの技術を参考にしました?”

“どの言語で書いてますか?”

“トークナイザーって、どんな考えで設計したんですか?”


「聞かれても、答えられる気がしねぇぇぇぇ……」


胃がキリキリし始める。


「てかさ、Pythonの文法って……全部覚えてないんだよな、俺」


コードはChatGPTが出してくれたやつを「なるほど〜」って眺めてただけ。

もしこんなこと聞かれたら――


「rangeって、どうやって動いてるんですか?」

「え、えーと……“数字を並べてくれるやつです!”(説明になってない)」


詰んだ。完全に詰んだ。




俺はついに、自分で自分にツッコミを入れはじめた。


「おい、冷静に考えろ。言語モデルを一人で自作って、おかしいんだよ。そんなの、研究室単位で何年もかけてやるやつだからな?」


「それを、Pythonちょっと触ったくらいの俺が、何となく構築してたらどうなると思う?」


「――明らかにおかしい」


やっぱIPAと会う約束するんじゃなかった。

税務署職員みたいに、適当な会話で帰ってくれないかな……



そこでVerdandy KKを見つめた。


「俺……お前のこと、ちゃんと説明できる気がしないんだけど」


画面は静かに光っている。何も答えてくれない。

でも――確かに、このソフトは俺のパソコンにだけ存在していて、俺しか使えない。

それが、なぜか、企業にも官公庁にも驚かれている。


「……だとしたら、“あえて謎めいたままにしておく”のが一番いいんじゃ?」


答えは言わずに、あくまで“使わせる”だけ。

質問には「秘密です」とか「社外秘です」とかで濁して。

それっぽく振る舞えば……いけるかもしれない。


(いけるか?)

(ほんとに?)

(……ちょっと、怖い)


でも――それでも。

ここで逃げたら、もっと怖い。

だったら、やるしかない。


「よし、明日までに“雰囲気で語れる単語”だけでも20個覚えよう」


「BERT、Attention、Embedding、トークナイザー、RNN、自己回帰、WordPiece、Transformer……」


唱えながら、自分の心を落ち着けていく。

言葉の意味? 分からない。

でも雰囲気で語れば、たぶんなんとかなる。


たぶん。

……と、ここまで覚悟を決めておいて、

すぐに壁に貼ったカレンダーに目をやった。


「……あれ?」


9月25日。

【IPA来訪】

って書いてある。叔父の字で。


「……ん? 9月25日?」


もう一度見直す。


「――え、待って」

俺は机の引き出しから、紙のメモを引っ張り出した。

そこには、青いボールペンで走り書きされた文字。


“澪と遊園地(チュロス!)”


「うわあああああああああああ!!!!!!!」


やっちまった!!!!!!


よりによって、IPAの来訪日と、澪との遊園地デートが完全に被ってる!!


「なんでこんな重要イベントをダブルブッキングすんだよ俺ぇぇぇぇ!!!」


デスクに突っ伏す。

IPAの技術職員  VS  澪の笑顔。


どっちも逃せない。どっちもヤバい。

どっちも、たぶん一生に一度級の重要イベント。


「これ……俺、どっちかにチュロス持って行けば許される……?」


混乱のまま、俺の夜は更けていった。


〇本話の主人公の発言について


現代のプログラマーは、生成AIを活用しながらコードを書くことが多くなっています。AIが補助的にコードを出力するとはいえ、そのための設計、プロンプトの作成、修正の判断などは、すべて人間の知識とスキルに基づくものです。


一部には「プログラマーはAIに書かせているだけで、それは仕事ではない」と考える人もいますが、それは誤解です。AIを使いこなす能力そのものが、いまや立派な技術力の一つとされています。


たとえば、現代(2025年)においてChatGPTを用いてアプリやソフトを開発した場合、それは開発者が作ったと評価されます。


本話の主人公の発言についても、ソフトの作成者が誰かという主語の捉え方をご理解のうえ、エンターテイメント小説である本作をお読みいただけますと幸いです。

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― 新着の感想 ―
晩からにしてチュロスを手土産にするのが良いよ。 なんでチュロスと問われたら素直に返せば爆発しちゃえと返してくれるハズ
国の専門機関舐めすぎてて笑える。
そんなんデート優先にきまってんだろ。先約なんだし。 後から来て無理を通してきたんだから政府だろうが企業だろうが後回し後回し。
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