58話 ベッドと一体化
朝5時15分。
「……よし、完ッ成……」
そう言い終えた瞬間、俺はふわっと意識が浮きかけた。
昼からノンストップで詰めまくった反動が、一気に襲ってくる。
キーボードの前でフラフラしてたら、突然ガタンと頭を打ちそうになって、
あわてて立ち上がり、ベッドへと倒れ込んだ。
「つっかれたぁぁ……」
このふわふわの沈み具合がたまらない。
だらーんと足を伸ばして、目を閉じる。
(……ていうか、これ、中学生の生活じゃなくね?)
自分で作ったソフトを未来技術でガチガチに暗号化して、
その上で「販売戦略どうしよう」とか考えてる14歳。
もう“副業”とか“意識高い系”とかいう次元を超えてる。
「……まあ、楽しいけどさ」
そして目の間にあるのは――ようやく完成した超・防御力特化のAIソフト「Verdandy KK」だ。
このネーミングVerdandy は、北欧神話に出てくる、時を司る女神の名だ。
だけど、これは神の声じゃない。俺の問いにだけ反応し、俺にしか動かせない。
"KK"は、俺のイニシャル。つまり……このAIは、俺が作ったってことだ。
いいぞこの厨2っぽさ。
確かに俺は中学の時、自転車に『漆黒の堕天使』って名前を付けて自転車を黒くスプレーで塗っていた。
中3になりスプレーがちょっと剥げてきたけどね。
……それから20年経とうとネーミングセンスはあんま変わってねえな。
そのネーミングにふさわしいくらいセキュリティが過剰なまでにガチガチ。
もはや中学生の趣味とは思えない仕上がりだ。
「ふっ……完璧だな」
俺は得意げにディスプレイを見つめた。
そこには、未来レベルのセキュリティを身にまとった俺のソフトが鎮座している。
これなら解析なんて不可能。
むしろ、「動かすことすらできないかも」とちょっと不安になるレベル。
でもまあ、それくらいでちょうどいい。
大事なのは、“誰にも中身を見せない”ってことだから。
「さて……この“触れたら壊れそうなくらい繊細な超兵器”を、どうやって売ろうかね」
朝日がまぶしい。
俺はまだ、ひと眠りもしてないけど――なんか今、一番元気な気がする。
そして、そのままベッドに吸い込まれるように、寝てしまった。
起きたら昼の3時だった。
明日で夏休みが終わるってのに、社畜の頃みたいなことしてんな……
そういえば……と思いだして、叔父さんに電話する。
「……叔父さん、出るかな」
一応完成をちょっとだけ報告しておこう。
俺はケータイを耳に当てながら、番号をタップした。
――プルルル。プルルル。
『……はい、もしもし?』
「おじさん? 突然ごめん」
『お、おう? どした?』
「この前のソフト、ちょっといじって、“人に渡せる形”にしといたよ 」
『……えっ、作り直した?』
「うん、今日の夜通しで作業して。今朝、できた」
『あのねえ……中学生が“夜通しでソフト完成”って言うなよ。社会人か』
「まあまあ、気にしないで」
思わず笑いながら、ベッドでゴロンと寝返りを打つ。
「でね、前のやつより強化してるから。」
『マジか……来週また寄るから、そのときくれ』
「いいよ。好きに使って」
『ありがとな。ほんと助かる。……お小遣い、ちゃんと渡すわ』
「え? いらないよ。別に渡すためにやってるわけじゃ……」
『いや、そういうわけにもいかん。姉さんから聞いたが、4月ごろからTVもマンガもほとんど見ないで、サイト作ったりソフトを作ってたんだろ』
「う、うん、まあ……一応は」
TVは正直つまんないし、マンガは結末知ってるから読む気がないだけなんだが……
『小遣いはきちんともらってくれ、あと販売のことも一緒に考えようや。俺の研究室の知り合いにも話してみる 』
「……うん、ありがとう」
電話が切れたあと、俺はケータイを胸に置いて、ふぅとため息をついた。
「販売ね……」
そういえばまだ、価格も決めてなかった。
「このソフト、いくらで売ろうかな……」
無料にするにはすごすぎる。
かといって、高すぎると怪しまれる。
「っていうか、そもそも誰向け? 個人? 企業? 学校?」
ベッドに沈んだまま、ぽつぽつとアイデアを浮かべていく。
それが現実的なのか、無理ゲーなのかはわからないけど――
ベッドの上でごろごろ転がりながら、天井を見つめる。
「売る……かぁ……」
考えてみたら、これ、“この時代には存在しないソフト”なんだよな。
いや、マジで。
翻訳もできる、文章も書ける、校正もしてくれる。
AIって名乗ってないけど、もはやChatGPTそのもの。
「こんなの……1万円で売っても、いいよな……?」
俺の中の悪魔がささやく。
1万円で10本売れたら10万円。100本なら100万円。
うっかりバズったら……夢が広がりすぎて、ソファから転げ落ちそうになる。
「でもなぁ……」
ひとり言が止まらない。眠いけど思考は止まらない。
「変な人に渡ったら、やばくね?」
たとえば、
・めちゃくちゃ頭の切れる詐欺師とか
・どっかのヤバい団体とか
・“未来AIの匂い”に気づいた研究者とか
そんな人の手に渡ったら――
(俺、監視されるとか、拉致られるとか……ある!?)
いきなりスパイ映画みたいな展開を想像して、ゾワッと背中が冷える。
「あと……転売とかも嫌だな」
せっかくこっちが頑張って作って渡したのに、「倍の値段で売られてました☆」とか言われたら、泣くしかない。
「よし、まずできることからやろう」
俺はベッドからのそのそと起き上がり、PCの前に戻った。
目の下にはクマ、でも頭はシャキッとしてる。たぶん脳内はアドレナリン祭り。
まずは“出力制限”。
このソフト、現状では英語でも中国語でも、何語でも書けてしまう。
それってつまり――「未来のAIっぽさ」が丸出しになる可能性があるってことだ。
海外のヤバい組織に渡ったら?
ハッキングとか詐欺とか色んなことに使われてしまうかもしれない。
だから――
「日本語以外は出力できないようにしとこ」
ChatGPTに指示して、“日本語以外では完全に無反応”という仕様を追加した。
(これでヤバいテロリストとかに拉致られることはなくなったか?)
後は、諸々の未来を匂わせる出力制限を行う。
これで、多少は安心できる……はず。
でも、それでもまだ不安は残る。
「うーん……どうしたら“絶対に変な人に渡らない”ようにできるかな……」
悩む。考える。
ディスプレイの電源が自動で暗くなるくらい、しばらく沈黙。
そして――
「……あ、そうか!」
電球がパッと灯るように、ある方法が頭に浮かんだ。
“絶対に変な人に渡らない”ための仕組み。
これなら、信頼できる人にしか届かない。
スパイでも、転売屋でも、絶対に突破できない――まさに鉄壁のフィルター。
「……これしかない」
俺はひとり、1人部屋の中で、ニヤリと笑った。




