56話 いや、バレたら困るんだけど
「自然言語の応答精度、データベースとの連携構造、UIの設計も含めて……正直、大学の研究室でも滅多にお目にかかれないレベルなんだよね。まさか君が全部自作したとは、ちょっと信じられないんだけど……」
「…………」
まずい。
完全に“そこ”を突かれた。
「え、えーっと……まあ、ほら、いろいろ、参考にしながらっていうか」
「参考?」
「うん。ネットにあるオープンソースとか、いろんな掲示板のコードサンプルとか。そういうのをかき集めて、自分なりに組み合わせて……みたいな?」
「ふぅん」
嘘ではない。
……厳密には全部嘘だ。
ChatGPTの構造なんて、2005年時点で誰も知らないし、知り得ない。
それどころか、未来の世界の知識をベースに設計されてる。
「つまり、誰かのライブラリを改造して? にしては完成度が異常に高い気がするけど……」
「そ、そこは、まあ、手間暇かけて、チューニングしたっていうか……あはは」
汗が額を伝う。
やばい、詰められてる感がすごい。
「あと、学習済みモデルって、どうやって組み込んだの?」
「そ、それは、えっと……ローカルに、一応、ファイルがあって……」
「何GB?」
「……あ、あんまり大きくないかな。軽量化してるし……多分」
我ながら、回答がふわふわしすぎていて笑えてくる。
でも、だからこそ“素人のごまかし”に見えるかもしれない。むしろリアル。
叔父さんが眉をひそめながらも、それ以上追及してこないのが何よりの証拠だ。
(ごめん、ほんとは……未来から持ってきた超技術なんです)
言えるわけがない。
「恭一くん」
「は、はい」
「このソフト、本当に君が作ったんだよね?」
――ぐさっ。
心臓にナイフを刺されたような感覚。
でも、それと同時に、どこかで覚悟も決まった。
「はい。もちろん、完璧に一から全部ってわけじゃないけど……自分なりに、いろいろ工夫して。結果として、今の形になったって感じ」
言葉を選びながら、なるべく“等身大の天才中学生”を演じた。
「……すごいな」
しばらく沈黙したあと、叔父さんが小さく呟いた。
「正直、最初はどこかから拾ってきたのかと思った。でも、今の受け答えを見てて……ああ、これは本当に自分でやってるなって、なんとなく分かったよ」
「そ、そう……?」
「うん。説明が下手だった。あれは“天才がやる説明”じゃなくて、“苦労して覚えた人間”の説明だった」
褒めてるのかけなしてるのか分からなかったけど、とにかく、問い詰めモードは解除されたようだった。
よかった。マジで、よかった。
「あと、何かあったら、ちゃんと相談してくれよ。これだけのものを作れるなら、手助けできることもあると思うからさ」
「ありがとう叔父さん……」
――こうして、なんとか乗り切った。
「いや、マジで。あれ、すごすぎるよ。自然言語処理の研究をしてる人間として、ぜひ手元で触ってみたいっていうか」
「いやいや、ちょっと待って」
心臓が一気にバクバク鳴り始めた。
「無理無理!!というか、それ、簡単に渡せるようなもんじゃないから」
「え、でも……見た感じ、ただの実行ファイル一個だったよな?」
「それ“だけ”に見えるようにしてあるだけで、実は内部でいろいろ繋がってて……」
「そうなのか」
叔父さんが少し驚いたような顔でうなずく。
「サイトのバックエンドとも連動してるし、俺の他のツールとも繋がってるから、切り離すのが難しくて」
「なるほど。じゃあ確かに、軽く貸してって感じじゃないな」
「そうだけど、えーと、その……ホームページ作成に必要だし」
「は?」
叔父さんが素で「何言ってるの?」って顔をしてきた。
「いや、そのソフトがないと、俺のサイト全部回らないっていうか。記事作成とか、コラムの構成とか、レシピ文章のまとめとか、全部任せてるから渡せない……」
「そうか……なるほど。確かに、それは困るな」
一旦は引いたものの、すぐに視線を戻してきた
「じゃあ一晩だけ貸してくれない? 次に来たときでいいから」
「う……」
“貸して”と言われると、断りづらい。
でも、だからって簡単に渡せるものじゃない。
あれがどれだけ危険な存在かは、自分が一番よく知っている。
実際、天気予報やニュース記事で“精度高すぎ問題”がすでに出てるし、税務署の件だってその延長線上だ。
「……検討はするけど、あんまり期待しないでね」
そう言って、お茶を濁そうとした瞬間――
「これ、研究室に持って行ってもいい? 人工知能系のプロジェクトで参考にしたいんだよね。
データの出力方法とか、処理構造とか。そういうのを見るだけでも、かなり有用でさ」
「……いや、それは……!」
即答だった。
本能的に、「絶対にダメだ」と感じた。
人工知能の研究室に渡したら、確実に大ごとになる。
どんなに「参考だけ」って言われても、未来のAIが大学で解析されたら、何が起きるかわからない。
「うーん、分かった。じゃあ、次回来た時にまた触らせて。ただ使ってみたいだけ 」
「うん、わかったよ」
そのあと、リビングでのんびりと叔父さんの買ってきたケーキを三人で食べていた。
「いやー、やっぱすごいよ。あれはちょっと、本当に驚いた」
ソファに深くもたれながら、叔父さんは二杯目の麦茶を口に運んだ。
その表情は、もはや“親戚のおじさん”というより、“投資家”のそれに近い。
「たとえば、今のニュース生成の仕組み、もう一回やってみてくれない?」
「え、もう一回?」
「うん。ちょっと別のテーマで試してみたい。……そうだな、『大学の地方移転がもたらす社会的影響』とかどう?」
「……それっぽいな」
俺はPCを開いて、ソフトにお題を入力。Enterキーを押す。
数秒の沈黙のあと、すらすらと文章が流れ出す。
構成は導入→現状の課題→期待される効果→結論、という論理展開。
言葉遣いも自然で、少なくとも中学生が手打ちで書いたとは誰も思わないだろう。
「……これ、論文提出レベルだよ……」
ぽつりと呟いた叔父さんの声には、もはや驚きを通り越して感嘆すら混じっていた。
「いや、マジで。これが家のPCで出てくるの、ちょっと異常だって」
そして、しばし沈黙のあと――
「……でも、だからこそ言うんだけど」
叔父さんはグラスをテーブルに置き、俺の目をまっすぐに見た。
「そのソフト、発表したら? それか売るとか」
「えっ?」
思わず、変な声が出た。
「売るって……あれを?」
「うん、あれはすごすぎるよ。売ったら大ヒット間違いなし!」
それはそうだろう。
2005年には存在しないAIなんだから。
2025年だってChatGPTは大ヒットしている。
「……そういうものかな?」
「恭一くん」
叔父さんは少しトーンを落として言った。
「君が持ってるのは、単なる便利ソフトじゃない。
あれは私が見たことがないものだ。研究者としてすごい興味がある」
「……でも、もし広まって、変なことに使われたら」
「そこは線引き次第。たとえば、テンプレ的な文章補助だけに絞るとか、出力制限をかけるとか。
君はすでに“使いこなせるレベル”まで理解してる。だったら、制御もできる」
叔父さんの目が、真剣だった。
言ってることは間違ってない。
むしろ正論すぎて、反論の余地がない。
でも……
「うーん……どうしよっかな」
俺は頭をかきながら、テーブルの角を指でつついた。
「正直、売ったらどうなるのか、全然想像つかないというか……
それに、俺、まだ中学生だし……なんか責任とか、重すぎるっていうか」
「だから、相談してくれればいいんだよ。俺でも、お父さんでも。大人はそのためにいるんだから」
そう言って、叔父さんは笑った。
たしかに。
ChatGPTを使って収益を得たり、ホームページを構築したりしてきたけど、
結局のところ、俺はまだ“誰にも知られないからできていた”にすぎない。
それを表に出す――つまり、“他人に使わせる”となったら、話はまったく別だ。
でも。
(検討してみる価値は……あるかもな)
だって、俺の中にも、あのソフトを使って“何かを成し遂げたい”って思いはある。
それがただの小遣い稼ぎなのか、社会的な価値なのかはまだわからないけど――
「……じゃあ、ちょっと考えてみるね」
「ああ、頼む」
「次、来たときまでに決めるよ。売るのもその時教える」
「いいね、それ。むしろそうなったら、大学でプレゼンさせてくれ」
俺は苦笑いしながら、麦茶をひとくち飲んだ。




