表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/144

56話  いや、バレたら困るんだけど


「自然言語の応答精度、データベースとの連携構造、UIの設計も含めて……正直、大学の研究室でも滅多にお目にかかれないレベルなんだよね。まさか君が全部自作したとは、ちょっと信じられないんだけど……」


「…………」


まずい。

完全に“そこ”を突かれた。


「え、えーっと……まあ、ほら、いろいろ、参考にしながらっていうか」


「参考?」


「うん。ネットにあるオープンソースとか、いろんな掲示板のコードサンプルとか。そういうのをかき集めて、自分なりに組み合わせて……みたいな?」


「ふぅん」


嘘ではない。

……厳密には全部嘘だ。


ChatGPTの構造なんて、2005年時点で誰も知らないし、知り得ない。

それどころか、未来の世界の知識をベースに設計されてる。


「つまり、誰かのライブラリを改造して? にしては完成度が異常に高い気がするけど……」


「そ、そこは、まあ、手間暇かけて、チューニングしたっていうか……あはは」


汗が額を伝う。

やばい、詰められてる感がすごい。


「あと、学習済みモデルって、どうやって組み込んだの?」


「そ、それは、えっと……ローカルに、一応、ファイルがあって……」


「何GB?」


「……あ、あんまり大きくないかな。軽量化してるし……多分」


我ながら、回答がふわふわしすぎていて笑えてくる。

でも、だからこそ“素人のごまかし”に見えるかもしれない。むしろリアル。

叔父さんが眉をひそめながらも、それ以上追及してこないのが何よりの証拠だ。


(ごめん、ほんとは……未来から持ってきた超技術なんです)


言えるわけがない。


「恭一くん」


「は、はい」


「このソフト、本当に君が作ったんだよね?」


――ぐさっ。

心臓にナイフを刺されたような感覚。


でも、それと同時に、どこかで覚悟も決まった。


「はい。もちろん、完璧に一から全部ってわけじゃないけど……自分なりに、いろいろ工夫して。結果として、今の形になったって感じ」


言葉を選びながら、なるべく“等身大の天才中学生”を演じた。


「……すごいな」


しばらく沈黙したあと、叔父さんが小さく呟いた。


「正直、最初はどこかから拾ってきたのかと思った。でも、今の受け答えを見てて……ああ、これは本当に自分でやってるなって、なんとなく分かったよ」



「そ、そう……?」


「うん。説明が下手だった。あれは“天才がやる説明”じゃなくて、“苦労して覚えた人間”の説明だった」


褒めてるのかけなしてるのか分からなかったけど、とにかく、問い詰めモードは解除されたようだった。

よかった。マジで、よかった。


「あと、何かあったら、ちゃんと相談してくれよ。これだけのものを作れるなら、手助けできることもあると思うからさ」


「ありがとう叔父さん……」


――こうして、なんとか乗り切った。


「いや、マジで。あれ、すごすぎるよ。自然言語処理の研究をしてる人間として、ぜひ手元で触ってみたいっていうか」


「いやいや、ちょっと待って」


心臓が一気にバクバク鳴り始めた。


「無理無理!!というか、それ、簡単に渡せるようなもんじゃないから」

「え、でも……見た感じ、ただの実行ファイル一個だったよな?」


「それ“だけ”に見えるようにしてあるだけで、実は内部でいろいろ繋がってて……」


「そうなのか」


叔父さんが少し驚いたような顔でうなずく。


「サイトのバックエンドとも連動してるし、俺の他のツールとも繋がってるから、切り離すのが難しくて」


「なるほど。じゃあ確かに、軽く貸してって感じじゃないな」


「そうだけど、えーと、その……ホームページ作成に必要だし」


「は?」


叔父さんが素で「何言ってるの?」って顔をしてきた。


「いや、そのソフトがないと、俺のサイト全部回らないっていうか。記事作成とか、コラムの構成とか、レシピ文章のまとめとか、全部任せてるから渡せない……」


「そうか……なるほど。確かに、それは困るな」


一旦は引いたものの、すぐに視線を戻してきた


「じゃあ一晩だけ貸してくれない? 次に来たときでいいから」


「う……」


“貸して”と言われると、断りづらい。

でも、だからって簡単に渡せるものじゃない。


あれがどれだけ危険な存在かは、自分が一番よく知っている。

実際、天気予報やニュース記事で“精度高すぎ問題”がすでに出てるし、税務署の件だってその延長線上だ。


「……検討はするけど、あんまり期待しないでね」


そう言って、お茶を濁そうとした瞬間――


「これ、研究室に持って行ってもいい? 人工知能系のプロジェクトで参考にしたいんだよね。

データの出力方法とか、処理構造とか。そういうのを見るだけでも、かなり有用でさ」


「……いや、それは……!」


即答だった。

本能的に、「絶対にダメだ」と感じた。


人工知能の研究室に渡したら、確実に大ごとになる。

どんなに「参考だけ」って言われても、未来のAIが大学で解析されたら、何が起きるかわからない。


「うーん、分かった。じゃあ、次回来た時にまた触らせて。ただ使ってみたいだけ 」


「うん、わかったよ」


そのあと、リビングでのんびりと叔父さんの買ってきたケーキを三人で食べていた。


「いやー、やっぱすごいよ。あれはちょっと、本当に驚いた」


ソファに深くもたれながら、叔父さんは二杯目の麦茶を口に運んだ。

その表情は、もはや“親戚のおじさん”というより、“投資家”のそれに近い。


「たとえば、今のニュース生成の仕組み、もう一回やってみてくれない?」


「え、もう一回?」


「うん。ちょっと別のテーマで試してみたい。……そうだな、『大学の地方移転がもたらす社会的影響』とかどう?」


「……それっぽいな」


俺はPCを開いて、ソフトにお題を入力。Enterキーを押す。

数秒の沈黙のあと、すらすらと文章が流れ出す。

構成は導入→現状の課題→期待される効果→結論、という論理展開。

言葉遣いも自然で、少なくとも中学生が手打ちで書いたとは誰も思わないだろう。


「……これ、論文提出レベルだよ……」


ぽつりと呟いた叔父さんの声には、もはや驚きを通り越して感嘆すら混じっていた。


「いや、マジで。これが家のPCで出てくるの、ちょっと異常だって」


そして、しばし沈黙のあと――


「……でも、だからこそ言うんだけど」


叔父さんはグラスをテーブルに置き、俺の目をまっすぐに見た。


「そのソフト、発表したら? それか売るとか」


「えっ?」


思わず、変な声が出た。


「売るって……あれを?」


「うん、あれはすごすぎるよ。売ったら大ヒット間違いなし!」


それはそうだろう。

2005年には存在しないAIなんだから。

2025年だってChatGPTは大ヒットしている。


「……そういうものかな?」


「恭一くん」


叔父さんは少しトーンを落として言った。


「君が持ってるのは、単なる便利ソフトじゃない。


あれは私が見たことがないものだ。研究者としてすごい興味がある」


「……でも、もし広まって、変なことに使われたら」


「そこは線引き次第。たとえば、テンプレ的な文章補助だけに絞るとか、出力制限をかけるとか。

君はすでに“使いこなせるレベル”まで理解してる。だったら、制御もできる」


叔父さんの目が、真剣だった。

言ってることは間違ってない。

むしろ正論すぎて、反論の余地がない。


でも……


「うーん……どうしよっかな」

俺は頭をかきながら、テーブルの角を指でつついた。


「正直、売ったらどうなるのか、全然想像つかないというか……

それに、俺、まだ中学生だし……なんか責任とか、重すぎるっていうか」


「だから、相談してくれればいいんだよ。俺でも、お父さんでも。大人はそのためにいるんだから」

そう言って、叔父さんは笑った。


たしかに。

ChatGPTを使って収益を得たり、ホームページを構築したりしてきたけど、

結局のところ、俺はまだ“誰にも知られないからできていた”にすぎない。

それを表に出す――つまり、“他人に使わせる”となったら、話はまったく別だ。


でも。


(検討してみる価値は……あるかもな)


だって、俺の中にも、あのソフトを使って“何かを成し遂げたい”って思いはある。

それがただの小遣い稼ぎなのか、社会的な価値なのかはまだわからないけど――


「……じゃあ、ちょっと考えてみるね」


「ああ、頼む」


「次、来たときまでに決めるよ。売るのもその時教える」


「いいね、それ。むしろそうなったら、大学でプレゼンさせてくれ」


俺は苦笑いしながら、麦茶をひとくち飲んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
仮に販売しても動くかな?2005のPCスペックと通信環境で、十全に使いこなせる気がしない……
叔父さんがというか、アカデミックな人がこんなの見たら逃すわけもなく。 まだ義務教育中の中学生だから卒業までは猶予はあるとしても、卒業後即大学に呼ぶくらいのことは考えが及んでそう
このおっさんが原因で面倒事が起こる予感がするなぁ… PC勝手に持ってくとかやらかしそう
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ