55話 来訪者
八月の終わり。
まだ暑さは残るけど、セミの声がどこか弱々しくなってきた。
夏休みも残り数日。時計の針が進むたびに、「そろそろ日常が戻ってくるぞ」と背中を押されているような気分になる。
昼過ぎ、扇風機の風を浴びながらパソコンを開いていると、チャイムが鳴り、母の声が響いた。
「恭一、玄関開けてー」
のそっと立ち上がって玄関を開けると、そこに立っていたのは――スーツケースを引いた、見覚えのある男の人。
「あ、よ。久しぶり」
「あっ、叔父さん!」
にこっと笑ったその顔に、なつかしさを覚える。
母の弟で、年は三十代後半くらい。埼玉の大学で技術系の研究職をしていて、なんとなく理屈っぽいけど、嫌な感じはしない人だ。
俺にとっては、気を使いすぎなくて済む“親戚”って数少ない存在。
「1年ぶりか。ずいぶん大きくなったな~」
「いや、そんな変わんないよ。……たぶん」
「ほら、暑いから早く入って」
乾いた洗濯物を抱えた母にうながされて、叔父さんはリビングに向かう。
冷房の効いた部屋に「快適、快適」と嬉しそうに言いながら、テーブルの麦茶を手に取った。
「出張帰り? それとも休暇?」
「うん、研究会が近くであってさ。ちょっと寄った」
「それならごはんでも食べていけば?」
「いやいや、時間的に微妙だけど……でもちょっと恭一と話したかったんだよね」
「え、俺?」
「うん、姉さん――つまりお母さんから聞いてさ。“うちの子、最近ウェブサイト作ってるのよ”って」
「……あー、うん。まあ、ちょこちょこ」
母さん、叔父さんにまで言ってたのか。
悪い気はしないけど、やっぱりちょっとだけ恥ずかしい。
「すごいじゃん。自作してるってなかなかできないよ。ちょっと見せてくれない?」
「いいけど……最初に作ったレシピサイトでいい?一番見やすいし」
「レシピサイト? なんか想像と違って意外だな。……見てみたい」
そう言われて、自室に戻り、ノートパソコンを抱えてリビングに戻る。
ダイニングテーブルに置いて、電源を入れ、レシピサイトをブラウザで開く。
「へえ……これ、トップページ?」
「はい。カテゴリで分かれてて、今は400件以上レシピが投稿されてます。自作レシピと、ユーザー投稿と両方」
「投稿って……そんなにたくさんの人が見てるの?」
「それなりに。たまに“このレシピで作ってみました!”って写真も届きますよ。サムネイルに使わせてもらってるんです」
「え、なにそれ、めちゃくちゃ実用的じゃん」
驚いたような表情のまま、叔父さんはスクロールしながらページを眺めていた。
その手つきは明らかに素人ではなく、エンジニアっぽい目線で要素を確認している感じがした。
「これ、レイアウトとかも自分でやったの?」
「一部テンプレート使いましたけど、基本はHTMLとCSSで」
「中学生で、そこまで?」
「まあ、時間はかけましたけど……やってみたら意外と楽しくて」
「すごいなあ……いや、普通に感心する。これ、もう作品だよ」
そんなに大したもんじゃないけど――
「他にはどんなの作ってるの?」
レシピサイトを一通り見終えたあと、叔父さんがそう尋ねてきた。
「えーと……翻訳サイトとか、天気予報とか……あと、ニュースサイトもあります」
「ニュースサイト? それって、情報まとめ系?」
「んー、まあ……そんな感じですかね」
軽く濁した返答に、叔父さんはさらに目を細める。
「中学生がニュースサイトって……まさか、記事も自分で?」
「いや、えっと……」
叔父は大学で助教授をしている。
専門は科学技術だ――つまり、そのまま見せたらバレる可能性がある……
「あら、ソフト使ってるのよ。ね?」
唐突に母の声が割り込んだ。
台所から皿を拭きながら、何気ない口調でそう言う。
「えっ、ソフト?」
叔父さんが身を乗り出す。
「姉さん、それどういう意味?」
「えーと……なんだっけ。あれよ。自分でキーワード入れて、記事を自動で組み立てるっていう……人工知能? なんとかっていうの」
「人工知能……?」
……お母さん、そこはもうちょっと曖昧にしてほしかった。
「まあ、なんかソフトで補ってるんですよ。手動と半々くらいで」
俺はなんとか話をそらそうとしたが、時すでに遅し。
「ちょっと見せてくれない? そのニュースサイト」
「えー……まあ、別にいいけど……」
内心しぶしぶ。
どうしても“ChatGPT的な存在”のことを他人に見せるのは、抵抗がある。
でも、叔父さんは家族だ。悪い人でもないし、信頼してる。
それに、ここまで来て「やっぱ見せません」は通らない。
「じゃあ……開くね」
ブラウザを新しく開き、ブックマークからニュースサイトを表示する。
グレー基調のシンプルなデザインに、最新記事がずらりと並ぶ。
「最近だと人気なのは……これかな。『廃校利用で地域活性』とか、『アニメの聖地巡礼が地方観光に与える影響』とか……」
「……うわ、思ってたよりちゃんとしてる」
叔父さんはスクロールしながら、記事の見出しや本文にじっと目を通している。
「え、これ、本当に中学生がやってるの?」
「えーと、まあ、テーマ出して、構成して、文章はAIの補助を使ってって感じ」
「AI……ど、どうやって?」
「いやー俺バカだから上手く説明できないや……」
あまり詳しく話せないので、ごまかすしかない。
「でもすごいな。恭一、ニュースの選び方にセンスあるよ。言葉遣いも自然だし、読ませる構成になってる」
「そうかな……」
「正直、研究室の学生でも、ここまで自然な文章書ける子って少ないよ。特にこの段落の展開がうまい。導入からの流れが、ちゃんと論文的な構造になってる 」
そう言って真顔で褒められると、なんだか照れる。
自分が書いたわけじゃないからなおさら微妙な気持ちだ。
でも――
「俺が出したテーマで、俺が構成して、俺が世に出した記事」だ。
それだけでも、胸を張るには十分だと思ってる。
「これ、趣味? それとも、何か目標があるの?」
「最初は趣味だったけど……最近は広告とかも載せてるし、少し収益もあるよ。」
「はあー、すごいなあ……」
「あら、少しって言うけど、7月は20万超えてたのよ。もうホント驚いちゃった」
母さんがまた余計なことを……
「20万、そんなにか?」
叔父さんは腕を組みながら、何か考え込むようにうなずいていた。
「姉さん、すごいね、恭一くんは」
「うん。正直、私もちょっとびっくりしてるのよ。まだ勉強もちゃんとしてるし、自分でちゃんと管理してるから、私たちは応援してるの」
そう言って、母が柔らかく笑った。
俺は少し気恥ずかしくなった。
ニュースサイトの記事を一通り読み終えたあと、叔父さんがしみじみと呟いた。
「テーマの切り取り方も構成も自然だし、何より文章が滑らか。
本当に、今の中学生が書いたとは思えないレベルだよ。いや、褒めすぎじゃなくて」
「記事はそのソフトでつくってるのよね。叔父さんに見せてあげたら」
……ああ、本当に終わった。
「そのソフト、ちょっと見せてもらっていい?」
その言葉がくるんじゃないかって、どこかで予感してた。
「えー……まあ、うん。ちょっとだけだよ?」
「もちろん」
しぶしぶ、パソコンの別のウィンドウを開く。
見せるのはChatGPT―― じゃなくて、税務署が来るときに対策で作った文章作成ソフト。
これなら翻訳の飛んでもなさに比べたら、マシだ……
画面には、シンプルなUIで“お題”と“指示”を入力するボックスが表示されている。
「たとえば……“愛・地球博について、地域経済に与える影響を分析してください”って入れると――」
カチカチとタイピングし、Enterキーを押す。
「2005年に愛知県で開催された愛・地球博では……」
「あ、もう出てきた……!?」
叔父さんは、目を丸くした。
「これ……自分で作ったの?」
俺は一瞬、どう答えるか迷った。
本当のことは言えない。でも、完全に否定するのも妙だった。
だから、少し肩をすくめながら、こう答えた。
「……一応、頑張って作りました……」
「すごいな……」
叔父さんの目が、さらにまん丸になった。
「いやいや、これ本当にすごいって。構文の流れも自然だし、ちゃんと論理がつながってる。
しかも中学生が、だよ? まさか本当に文章の生成エンジンまで作ってるとは……」
「いや、さすがにゼロから全部じゃなくて……ベースはあって、そこから調整とか最適化をちょっとずつ……って感じ」
「それでもすごいよ!」
叔父さんは身を乗り出すようにして、画面をじっと見つめ続けていた。
「普通、ここまで整った文章を“AI風に”生成しようとしたら、膨大な言語モデルの知識が要る。
普通は、“リンゴを食べた”と“食べられたリンゴ”の違いすら判断が難しいんだよ。それをこんな自然に…… もう奇跡だな」
「奇跡……」
「いや、本当に。今の大学の研究でも、こんな自然な出力はまだ難しいって話なのに……」
そう言って、叔父さんは頭を抱えるようにして笑った。
俺はと言えば、曖昧な笑みを浮かべて、なるべく“質問の続きを促さないように”そっと画面を閉じた。
……ここまでは、見せてもいいギリギリのラインだ。
いつもお読みいただきありがとうございます。
本章から物語が加速していき、フィクション感が強くなってきます。
皆様におかれましては、あまり攻撃的にならず、エンターテイメント作品として肩の力を抜いて楽しんでいただけたら幸いです。




