53話 公開ボタンを押す、その前に
「……そろそろ、出すか」
部屋の中。時計の針は、午後3時を指していた。
目の前のパソコンには、完成したゲーム――仮タイトル“BlockCreate”の画面が表示されている。
20色の単色ブロックから始まり、今はレンガや木材、TNT(爆発しない飾り)まで追加されて、
そこそこ“建築遊び”っぽくなっていた。
マップは500×500。
スクロールとズームもばっちり。何より──ちゃんと保存される。
昨日作った街並みに、今日も戻ってこられる。
それだけで、なんだか“この世界が続いてる”ような気がして、ちょっと感動した。
昨日の夜、もう一度テストプレイしてみたけど、バグは一切出なかった。
「これはもう、公開していいよな」
問題は“どこに載せるか”だった。
有名なフラッシュゲーム投稿サイトとかもあるにはあるけど、自分の名前を出さずに載せると、逆に管理できなくなる。
それなら――自分で公開用のサイトを作ってしまった方が、都合がいい。
「ってことで、専用ページ作るか」
HTMLを開いて、シンプルな構成で組んでいく。
タイトルは“BlockCreate”
画面の上にゲーム本体、その下に説明文。
「これは、自由に地形を作って遊べるシンプルな建築ゲームです」
「保存機能あり。キーボード操作でスクロールも可能」
遊び方と注意点も少し添える。
「保存はブラウザごとに管理されます。別のパソコンでは使えません」
「爆発しそうなTNTはただの飾りです。安心して置いてください」
文体はできるだけ柔らかく、でも“ふざけすぎない”程度にした。
「……よし、公開っと」
ローカルで確認したあと、アップロード作業へ。
サーバーにファイルを転送して、アドレスを取得。
これで、自分のゲームが誰でも遊べる状態になった。
ホームページのゲームの左右には、Google AdSenseの広告も仕込んでおいた。
遊びながら、広告をクリックしてくれたら、ちょっとした収益になるやつだ。
「審査、通ればいいけど……まあ、ダメ元だな」
何もしなければゼロ円。でも申請するだけならタダだし、
ちょっとでも小遣いになれば、次の素材代やノートパソコンの買い替えの足しになる。
「……さて。ここからが本番」
自作ニュースサイトを開く。
トップ記事として、「最近遊んでるおすすめフリーゲーム」というタイトルを作成。
記事の中身は、いつものテンプレを少し改良して――
最近、ニューリリースした新作ゲーム!!
タイトルは“Block Create”。
ブロックを並べて、自由に地形を作れる建築系のフラッシュゲームだ。
操作は簡単。クリックして置く、もう一度クリックで壊す。
でも、気づけば何時間も遊んでる。
無心で草原を敷き、川を作り、山を作って、塔を立てて――
“作ること自体が楽しい”ってこういうことか、と思った。
公式サイトはこちら → [リンク]
いつものように、“自分が作った”とはどこにも書かない。
あくまで“紹介記事”として、自然なテンションで仕上げる。
そのままニュースサイトに投稿。
公開ボタンを押した瞬間、心臓がドクンと跳ねた。
誰かがこれを遊んでくれるかどうか。
誰かが面白いって言ってくれるかどうか。
それはもう、“作る”じゃなくて“届くかどうか”の世界だった。
記事を投稿して、数時間。
「さて……どうなるかな」
ニュースサイトのアクセス解析を開いてみると、
公開直後にしてはまずまずの数字が出ていた。
記事経由で数十人がページを開いていて、そのうちの何人かはリンク先のゲームにもアクセスしている。
「……お、遊んでくれてる人、いるな」
まだ“バズる”なんてレベルじゃない。
でも、ポツポツとアクセスがあるのは事実だった。
夕飯を挟んで、夜になってもう一度覗いてみると、
ニュースサイトの記事にコメントが3件ついていた。
匿名ユーザー:
こういうの、地味に好き。Flashゲームで似たようなのやってた記憶があるけど、これはシンプルで遊びやすいね
名無しの通りすがり:
操作が直感的でいい。息抜きにちょっと触るにはちょうどいいな。セーブできるのありがたい
TNTで爆破:
TNTに期待したけど爆発しなくて笑った。逆に安心して置けるのがじわじわくる
「ふふ……TNTのコメント、来たか」
なんというか、“ちょうどいいリアクション”という感じだった。
絶賛ではない。でも、ちゃんと触ってくれて、何かしら感じてくれた。
それが、妙に嬉しかった。
(ほんとに、誰かが遊んでくれてるんだ)
ただの数字じゃない。
実際に、どこかの誰かがこのゲームを開いて、マウスをカチカチしてくれた。
ブロックを並べてくれた。
草原を作って、川を流して、レンガを積んだ人がいたのかもしれない。
もしかしたら、くだらないTNTを山盛りに置いて笑ってくれたかもしれない。
それを想像するだけで、心の中がポカポカするような感じがした。
そして、2ちゃんねる。
俺のニュースサイトのスレがたまに立つ掲示板。
雑談も多いけど、たまに真面目な情報交換もある場所。
「どうせスルーだろ……」と思いながら覗いてみたら――
スレの中で、“最近紹介されてたブロックのゲーム”として軽く話題になっていた。
名無しさん:
なんかニュースサイトで紹介されてたやつ、ちょっと触ってみたけど地味に時間泥棒
名無しさん:
ブロック積むだけのやつ? あれ、自分でも何か作りたくなるよな
名無しさん:
ああいうので街とか作ったらタになるw キャプ職人出番だぞ
「……うわ、意外といい流れじゃん」
もちろんツッコミもあったけど、全体的に“好意的な空気”だった。
ふざけてるように見えて、どこか懐かしさを覚える感じ。
そして、ちょっとだけ自分でも作ってみようかなと思わせるような“空白の余地”。
そういうのが、このゲームには確かにあったのかもしれない。
「……なんか、嬉しいな」
声に出して呟いてみた。
誰もいない部屋で、画面の前で。
派手な数字じゃない。
ドカンと広がる流行でもない。
でも――
ちゃんと届いた、という手応えがある。
自分が作った、たった一つの積み木の世界。
その小さな画面が、誰かの指先で動いて、ちょっとだけ日常に入り込んだ。
それだけで、この3日間の努力が報われた気がした。
深夜0時。
外は虫の声が遠く響いていて、家の中はもう寝静まっていた。
俺だけが、パソコンの前で小さな笑みを浮かべながら、静かに画面を眺めていた。
ニュースサイトのコメント欄には、新しい反応がいくつか増えていた。
「山作って街にしてみた」とか、「俺ん家再現してみた」とか。
たわいもない感想だけど、そこにあるのは、たしかに“遊んでる誰か”の存在だった。
どこかの誰かが、今日このゲームを開いて、
画面の中に“自分だけの世界”を作って、少しだけ楽しい時間を過ごしてくれた。
想像しただけで、胸がじんわりあたたかくなる。
「……こういうのも、アリだな」
今まで俺が作ってきたのは、ほとんどが“使ってもらうためのサービス”だった。
レシピサイト、翻訳ツール、天気情報。
便利さ、役立ち度、お小遣い稼ぎ――それが第一だった。
実際、月に何万も稼げるようになって、俺の生活はちょっと変わった。
小遣いの額も、自分で決められるようになった。
親にも、学校にも少しだけ胸を張れるようになった。
でも、このゲームは違う。
お金を稼ぐために作ったんじゃない。
ただ、誰かがクスっと笑ったり、意味もなくブロックを積んで時間を忘れたり、そんな“なんでもないひととき”を過ごしてくれたら――それでよかった。
もちろん広告の申請は出した。通れば収入も入る。
でも――それが目的じゃないとは、ちゃんと言える。
「金もうけじゃないって、こんなに気持ちいいんだな……」
つぶやきながら、椅子の背にもたれた。
ただ「面白そうだから」で作ったゲーム。
そして、それを遊んでくれる人がいて、ちょっとだけ喜んでくれた。
画面の中には、保存されたままのマップ。
俺が最初に作った草原と川と、石畳の道と、未完成の塔が並んでいる。
(……明日は、もう少し装飾を増やしてみようかな)
そんなことを考えながら、静かにPCをシャットダウンした。




