52話 Block Create
澪が帰ったあと、部屋の中は少し静かだった。
扇風機の回る音と、パソコンのファンの音だけがやけに耳に残る。
「ま、あんなもんだよな」
思い出すのは、澪が笑いながら言った「積み木みたいだね」という言葉。
否定ではなかったけど、大絶賛でもなかった。
でも、俺自身が一番よく分かってる。
このゲームは、人を選ぶ。
見た目は地味。音もない。
銃をバンバン撃つわけでも、魔法で敵をなぎ倒すわけでもない。
ストーリーがあるわけでもないし、スコアやランキングなんかもない。
プレイヤーに渡されるのは、ただのブロックと、静かな空間だけ。
「そりゃ派手なアクションの方が楽しいよな……」
昔、自分も夢中になった。
ゾンビを撃ちまくるゲームとか、魔法を覚えてステージを突破していくやつとか。
前世だと、スマホでタップ連打するだけのガチャゲーにも、気づけば何時間も使ってたことがある。
そういうのに比べたら――
このゲームは、地味すぎる。
でも、俺はちょっと笑った。
「……まあ、いいか」
そんなゲームでも、俺は楽しかったから。
作ってるときも楽しかったし、ブロックを積み上げてるときも、なんか無心になれた。
澪のリアクションも、悪くなかったと思う。
このゲームが“流行る”かどうかは、正直分からない。
でも、もし誰か一人でも気に入って、暇なときにポチポチ遊んでくれたら、
それで十分だ。
夜になって、再びパソコンの前に座る。
「さて……バグチェックでもするか」
地味な作業。だけど、やっておかないといけない。
途中でフリーズしたり、保存データが壊れたりするのは、プレイヤーにとって一番萎える。
まずは普通に遊んでみる。
草ブロックを敷き詰めて、川を作って、山を作って。
ズームとスクロールも異常なし。
今度は、保存したマップを読み込んでみる。
昨日作った街並みが、そのまま画面に現れた。
「うおっ……ちゃんと残ってる!」
思わず声が出た。保存した通りの地形がそのまま再現されている。それだけでちょっと感動した。
次に、ありえない使い方を試す。
一つのマスに何百回もクリック連打して、色の限界まで回してみたり、画面の端から端までひたすらブロックを積みまくったり。
「……問題なし」
多少もっさりする場面はあるけど、ゲームが止まったりエラーが出たりはしない。
「おっけー。これなら、誰かに遊んでもらっても大丈夫そうだな」
一通りテストを終えたあと、また普通に遊びはじめた。
今度は、家の形を作ってみたり、お店を作ってみたり。
プレイヤーの目線で、いろんな遊び方を試していく。
(お堀を作って、中世ヨーロッパのお城を作って……)
気がつけば、1時間以上が経っていた。
「……やっぱり楽しいわ、これ」
誰にも強制されず、勝ち負けもなく、ただ自分の想像だけで“何かを作っていく”時間。
それは、どこか“現実”を忘れさせてくれる。
「来週まで、いろいろな遊び方試してみるか……」
新しい使い方を思いついたら、また機能を追加すればいい。
保存データに“名前”をつけられるようにするとか、
スクショを撮って投稿できるようにするとか。
「ま、ひとりでも楽しめるうちは、続けられるさ」
目の前には、今日作ったマップが広がっている。
ひと通りバグチェックを終えて、俺は大きく伸びをした。
クリックの反応、保存機能、スクロールやズーム、すべて問題なし。
何十回も操作を繰り返したけど、フリーズもなし。
エラーどころか、妙な挙動すら見つからなかった。
「よし。じゃあ……次、いくか」
このままでも遊べるけど、もっと“建築”が面白くなるようにしたい。
今あるのは、20色程度のシンプルなブロック。
見た目はただの色だから、プレイヤーの想像力にすべてを委ねる仕様だった。
でも――やっぱり、ちょっとくらい“素材っぽさ”があると楽しいよな。
「ってことで、テクスチャー、増やすか」
さっそくChatGPTに聞いてみた。
>マス目のブロックを、見た目だけ差し替えられるようにしたい。画像を使って、箱とかレンガとか、切り替えできるようにしたい
すると返ってきたのは、画像ファイル(PNG)を読み込んでブロックごとに設定を切り替える方法だった。
要は、今まで“色だけ”で管理していたブロックの状態に、
画像のパターンをくっつけて、選べるようにするという仕組み。
「ふむふむ、なるほど」
さっそくフリー素材サイトで“箱”とか“レンガ”っぽいテクスチャを探して、いくつか保存。
「TNT(爆発物)」風のブロックも見つけたから、ついでに入れてみた。
まあ、爆発の機能はまだないけど、“見た目だけTNT”ってのが逆に面白い。
「……これだけでもだいぶ雰囲気変わるな」
クリックで選べるブロックに、ただの緑や茶色じゃなく、「木材」「石」「レンガ」「箱」「TNT」なんかが混じると――
画面に“目的”が生まれる。
ただ置くだけじゃなくて、「これで何を作ろう?」っていう気持ちが自然と湧いてくる。
「じゃあ次は……マップ、広げるか」
今のマップサイズは100×100。
ちょっと作ってたらすぐ端っこにたどり着く。
ブロックを積んでると、どうしても「もっと広くしたい」って気持ちになる。
「いっそ、500×500にしよう」
数値を変更して、マップ全体を一気に25倍に拡大。
画面の読み込みは少し重くなったけど、問題なく動いた。
ズームとスクロールも設定済みだから、広くなってもストレスはない。
画面をグイっと動かして、まだ何もない空間を見渡す。
「うわ、なんか……果てしないな」
その感覚が、めちゃくちゃワクワクした。
これだけ広ければ、草原の中に山を作って、その上に城を建てて、道を敷いて、川を流して……と、いろんなことができる。
「城か……素材、足りるかな?」
草、石、レンガ、木材、鉄、TNT(飾り用)――
全部ブロックの種類としてはそろっている。
あとは、作る側の想像力次第だ。
「これで……“お城”もいけそうだな」
誰かが、山の上に塔を建てたり、地下に秘密の通路を作ったり、草原を全部TNTで埋めたりするかもしれない。
“プレイヤーが遊び方を決めるゲーム”が、ちゃんと形になってきた。
夜の部屋の中で、ひとりパソコンの前に座って、スクロールしながら何もないマップを見渡す。
まっさらな地面。
どこにでも、何でも、自由に作れる空間。
そこに、さっき追加したレンガのブロックをポン、と置いた。
それだけで、“城のはじまり”に見えてくる。
「誰か、これで遊んでくれたらいいな」
まだ世の中には出してない。
でも、そろそろ……全体に公開して見てもらいたくなってきた。




