51話 3日でできた世界のはじまり
「とりあえず、今日はここまででいいかな」
時計を見ると、夜の9時過ぎ。
夕飯のあと、2時間くらい作業して、ゲームの土台が少しだけできてきた。
画面の中には、マス目状に並んだカラフルな四角があって、クリックすると色が変わる。それだけ。
「……めっちゃ地味だけど、ちゃんと動いてるな」
最初は20色のブロックだけ。
茶色、緑、水色、白、灰色……名前もない、ただの色。
でもその並び方を工夫すれば、森とか川とか、ちょっとした風景っぽく見えてくる。
Unityとかで3Dのゲームを作れたら本当は一番いいのかもしれない。
2025年だったら、Three.jsでWebブラウザ上に3Dワールドを作るのもわりとメジャーだった。
でも2005年の今、そんな技術はまだ“未来の道具”だ。
フラッシュで作るなら、2Dのマス目に色を塗る、くらいがちょうどいい。
でも、だからこそ、できることがある。
「これなら……誰でもすぐ遊べる」
マウスをカチカチするだけ。
それだけで、自分だけの世界を作っていく遊び。
俺自身が作ってて、すでにちょっとハマっていた。
* * *
次の日。
昼過ぎにちょっと宿題をやって、軽くお菓子をつまんでからパソコンを開く。
「さて、今日はもうちょっと進めるか」
この日は4時間くらい作業していた。
前日にできたブロックの配置機能に、今度は画面を動かす仕組みを追加。
矢印キーで左右に移動したり、上下にスクロールしたりして、広いマップを見渡せるようにする。
「おお……なんか一気に“ゲーム感”出てきた!」
画面をぐいぐい動かして、自分で草原を広げたり、川を作ったり、「この辺に山を作ってみようかな」とか、想像だけでどんどん地形ができていく。
絵がなくても、ちゃんと遊びになる。
まるでブロックのおもちゃで遊んでるような、自由な手ごたえがあった。
見た目はただの色付きの四角。
でも、その組み合わせと配置次第で、世界っぽさが生まれる。
「こりゃ……やってる方が楽しいってやつだな」
そして、3日目。
午前中はスーパーに買い物、昼は家でだらだら、そして夕方。
「今日で仕上げたいな……」
作業を始めて、やるのはセーブ機能の実装。
せっかく作ったマップが、ブラウザを閉じたら消えるんじゃ意味がない。
作った地形を保存して、また次に続きができるようにしたい。
ChatGPTに聞いてみた。
>今のブロックの並びを保存したいんだけど、どうすればいい?
すると、保存と読み込みの方法をいくつか提示してくれた。
コードを打ち込みながら、手探りで進めていく。
「……おお、動いた!」
一度作った簡易的な家を保存して、ブラウザを閉じる。
そして、もう一度開く。
そこには、昨日作ったしょぼい家が、ちゃんと残っていた。
「セーブできてる……ちゃんと!」
ぱっと見は、ただの四角が並んでるだけ。
だけど、自分で配置して、自分で戻ってこられる世界。
それだけで、“ちょっとした感動”があった。
「完成、だな……」
3日かかったけど、それでも“自分だけのゲーム”ができた。
音もまだないし、スタート画面もないし、説明も何もついてないけど――
それでも、“遊べるもの”にはなっていた。
誰かに見せたくなってきた。
感想を聞いてみたい。
笑ってもらえたら、もっと嬉しい。
「……よし、もうちょい改良して、サイトに載せてみるか」
“BlockCreate(仮)”というファイル名をつけて、保存ボタンを押す。
砂場で夢中になってたあの子どもみたいに、
俺もまた、画面の中にブロックを置きながら、自分だけの世界を作っていた。
* * *
日曜日の午前。
空はすっきり晴れていたけど、俺は家の中でソワソワしていた。
机の上のパソコンは、すでに電源が入っていて、画面には自作ゲームのタイトル画面。
“BlockCreate(仮)”とだけ書かれた、なんとも地味なトップページ。
でも、そこには俺の3日間の全てが詰まっている。
ブロックを置いて、地形を作って、保存して、また開いて――
めっちゃ地味だけど、作ってて本当に楽しかった。
「……誰かに見せてぇ……」
その“誰か”は、もう決まっていた。
俺はケータイを開いて、澪にメールを打つ。
件名:ゲームできた!
本文:
この前言ってたやつ、完成したから、もし暇ならやってみない?
よかったら、うち来てくれてもいいし。
「送信っと……」
送った瞬間、心臓が少しだけバクついた。
なんだろうこの、テストの答案を提出したときみたいなドキドキは。
しばらくして、「いいよ」という短い返信が届いた。
よっしゃ、と声に出してガッツポーズした。
昼過ぎ。
インターホンが鳴って、玄関を開けると、
澪は、薄い白のブラウスの裾をちょこんとつまみながら立っていた。
「こんにちはー。お邪魔します」
「おう、来てくれてありがと」
自室に通すと、澪はいつも通りスッと椅子に座って、パソコンの画面を覗き込んだ。
「これ?」
「うん。タイトルはまだ決まってないけど、とりあえず“ブロック系建築ゲーム”ってやつ」
「……積み木?」
「まあ、そうとも言う」
正直、ちょっとその表現は刺さった。
こっちは何日もかけて、あれこれ頭を使って作った“世界”なのに、
“積み木”って言われたら、たしかにそれまでなんだけど。
でも、しょうがない。
「まあ、やってみてくれたら分かると思う」
「ふーん……じゃ、スタートっと」
澪がEnterキーを押すと、ゲームが始まる。
無音の画面に、マス目が広がり、
マウスを動かすと画面がスクロールし、クリックすると色が変わってブロックが現れる。
「……これ、どうすんの?」
「自由に置いていい。建物とか、城とか、壁とか。
色の順番が変わるようにしてあるから、何となくそれっぽくなるよ」
「んー……あ、こうやってブロックを置くのね?」
「うん。そんな感じ」
澪は少し眉をひそめながら、ゆっくりクリックしてブロックを並べていく。
でも、たぶん――そこまでハマってない。
無言の時間が続く。
クリック、クリック、画面スクロール、またクリック。
「……」
「……」
俺は内心、ちょっとドキドキしながら、澪の反応をうかがっていた。
楽しいと思ってくれるかな?
すごいって言ってくれるかな?
そういう期待が、どこかにあったのは否定できない。
でも、澪の口から最初に出た言葉は――
「ふふ……これ、ほんとに“積み木”だね」
だった。
思わず苦笑いが漏れた。
「……でしょ?」
「なんか、幼稚園のとき、似たようなおもちゃで遊んだ気がする」
「おいおい、比べるなよ……」
でも、嫌味じゃなくて、本当に素直な感想っぽかった。
澪が言うと、“積み木”も悪くない気がしてきた。
たぶん、そこが一番大事なところだ。
「まあ、こういうのって、自分で作ってるときが一番楽しいからさ」
そう言うと、澪はちらっと俺を見て、小さく笑った。
「……分かる気がする」
「うん?」
「この前言ってたでしょ。“砂場って、形はすぐ崩れるけど、作ってるあいだが一番楽しい ”って。
たぶん、私にはまだ分からない楽しさがあるんだと思う」
「ああ、そんなこと言ってたな」
「ね。」
それでこのゲームひらめいたんだよって言おうとしたけど、ちょっと照れくさくて言わなかった。




