50話 描けなくても作れる世界
パソコンの前に座ってはみたものの、俺の指はキーボードの上で止まっていた。
ゲーム作り――
途中まで、いい感じだった。
戦車も動いた。敵も出た。素材も拾えた。
でも、問題はあの時からずっと変わっていない。
絵が、描けない。
あの後もいろいろ考えた。
戦車じゃなくて、もっと簡単な絵で済むゲームにできないか?って。
たとえば――
縦スクロールのシューティングゲーム。
昔あった、画面の下から戦闘機が出てきて、ひたすら上に進みながら弾を撃つやつ。
でもそれでも、敵キャラが必要だし、背景だっている。
爆発のエフェクトも、見た目がそれっぽくなきゃ、いまいちテンションが上がらない。
「結局、見た目がしょぼいと、すべてがダメになるんだよな……」
次に浮かんだのは、パズルゲームだった。
落ち物系、マッチ3、スライドパズル……
この辺はシンプルな素材でいける気がする。
でも、今さら“普通のパズル”を作っても、誰もやらない。
画面が地味ならなおさらだ。
やる意味があるか?と言われたら、ちょっと首をかしげたくなる。
「うーん……他に、見た目にこだわらなくて済むゲームって……」
しばらく考えたあと、心理テスト系がなんとなく思い浮かんだ。
たとえば――
Q1:好きな色は?
Q2:好きな動物は?
Q3:朝起きたときの気分は?
みたいな質問に答えていくと、「あなたの性格は●●タイプです!」って診断される、あれ。
「確かに、あれなら絵はいらないかも……」
ボタンと文字だけで作れる。
演出をちょっと工夫すれば、それなりに楽しいし、SNSでバズってるのも見たことがある。
でも、なんか……違う。
それって“逃げ”だよなって、自分で分かってしまった。
俺が作りたかったのは、くだらなくて笑えて、でもプレイした人が「もう一回やるか」ってなるような、“バカだけど面白い”ゲームだった。
性格診断も悪くないけど、あれは“コンテンツ”であって“ゲーム”じゃない。
「……ダメだ、モヤモヤする」
イスをくるっと回して、ベッドに寝転がる。
天井を見ながら、何も考えずに目を閉じた。
すると、不意に――
あの日見た、公園の砂場の光景が思い出された。
小さな子どもが、一生懸命シャベルで山を作っていた。
それを見ながら澪が言った。
「形はすぐ崩れるけど、作ってる間が一番楽しいって感じ、しない?」
その言葉が、頭の中でリフレインする。
(作ってる間が楽しい……作る……作る……)
そのとき、ビリッと電流が走った。
――そうだ、マイクラだ!
思わず起き上がった。
砂場。作る楽しさ。崩してもまた作る。
そして子どもが夢中になるあの姿。
“遊ぶ”じゃなくて、“作る”こと自体が遊びになるゲーム”。
今、自分が悩んでいたのは、
「キャラが描けない」とか「エフェクトがしょぼい」とか、“作る側のゲーム”を考えてたからだった。
でも、“作る”を“遊び”にすれば、プレイヤーが自分で動かして、考えて、いじって、
何かを作り出していく過程こそが、ゲームになる。
「俺が作らなくても、プレイヤーが作ればいいんだ!」
発想の逆転だった。
グラフィックがショボくてもいい。
むしろ、最初から“ショボいけど自由度が高い”って方向にすればいい。
昔のブラウザゲームでも、ドットでブロックを並べるだけの建築ゲームがあった。
あれを今、自分なりに作れば――
「イケるかもしれない」
アイディアが一気に頭の中に流れ込んできた。
正確な3Dなんて要らない。
むしろ2Dでいい。
上から見たマス目上のフィールドに、ブロックを自由に置いたり壊したりできるだけで、それだけで子どもたちは夢中になる。
「マイクラの“原始版”を、フラッシュでやればいいんだ」
名前はまだないけど、方向性は見えた。
建築ゲーム。自由に積み上げて、壊して、ときどき敵も出てくるかもしれないし、
いろんな素材を集める要素があってもいい。
もしかしたら、それが“俺にしか作れないゲーム”になるかもしれない。
もう一度、パソコンに向かう。
指が自然と動き出す。
「ChatGPT、また頼むぞ……!」
マイクラ風――つまり、ブロックを置いたり壊したりするだけの単純なゲーム。
でも、それが今の自分にとっては“最適解”に思えた。
「これなら……いける気がする」
今までは“絵が描けないから無理”だった。
戦車にしろ敵キャラにしろ、どうしてもそれっぽい見た目が必要だったから。
でも、このブロックゲームなら――最初から“見た目はシンプルでOK”という前提で始められる。
「そう、色だけでいい。とりあえずは」
マイクラがリリースされたのは、2009年。
この時代(2005年)には、まだ影も形もない。
似たようなゲームも、おそらく存在していない。
でも、だからといって――「俺が発明した!」なんて言うつもりはない。
自由にブロックを並べて、ちょっとずつ景色ができていく。
そんなゲームが“あったら面白いかも”って思っただけだ。
クオリティは、そりゃ高くはない。
ブロックは全部単色、音も簡単な効果音だけ、キャラもいない。
だけど、それでも。
誰かが、遊んで、笑ってくれたら――それで十分だ。
「うわ、なんだこれ。くだらねぇ」って言いながら、もう一度だけクリックしてくれたら、それが一番うれしい。
「……これは、もしかして、俺にしか作れないゲームになるかもしれない」
思わずニヤけた。
最初は、20色くらいの単色ブロックだけでいい。
土色、草色、水色、石色、砂色……それっぽい色を並べれば、なんとなく“世界っぽさ”が出る。
ブロックをクリックして置く。もう一度クリックすれば壊れる。
それだけで十分だ。子どもは、こういう“自由にいじれる遊び”が大好きなはず。
2Dベースだが、一応それっぽく見せることが出来ている。
「……木とか、テクスチャーはあとででいいや」
人気が出てきてから考えればいい。
ユーザーの反応を見ながら、ブロックに“模様”を足していったり、ちょっとした“キャラ”を動かしてみたりすればいい。
そのころには、外注して絵を描いてもらってもいいし、素材サイトで探せば十分だ。
単色ブロックの時点でベースができていれば、絵の部分はいつでも差し替え可能になる。
「うん、これは現実的にいける……!」
久しぶりに、手応えのあるアイデアだった。
さっそく開発スタート。
まずは、マップとなる“マス目”を作る。
フラッシュ上に100×100の小さな正方形ブロックを並べて、ひとつずつクリックに反応させる。
「クリックされたら、色を変えるだけ……と」
コードを書き込んでテストする。
……カチッ。
「おっ、いけた!」
ひとつのマスが、白から緑に変わった。
もう一度クリック。
今度は緑から水色に。さらにクリックすれば灰色に。
一定のルールでブロックの色が順番に切り替わっていく仕組みができた。
「これを全マスに適用して……」
少しずつ、マップ全体に処理を広げていく。
色が変わるだけなのに、なぜか見ていて楽しい。
「こういう単純なの、意外とハマるんだよな……」
つい夢中になって、画面をクリックしまくっていた。
草原っぽくしたり、川を通したり、ちょっとだけ家の形を作ったり。
誰にも見せてないのに、すでに楽しい。
「この感覚、忘れてたかも……」
誰かのために作るんじゃなくて、
評価されるためでもなくて、
“自分が楽しい”から作る。
初心に帰った気分だった。
「ChatGPT、セーブ機能ってどうやるの?」
マップを保存して、あとで再開できるようにしたい。
それができれば、いずれユーザー投稿とか、公開マップなんかにも応用できる。
ChatGPTの返事はいつも通り的確だった。
保存の仕組みから、必要な処理の流れまで、手順が整理されて返ってくる。
「さすが……頼れるな、やっぱり」
その通りに組んでいくと、徐々に全体の輪郭が見えてきた。
ブロックの配置を反映したデータが、画面上にしっかりと再現される。
夜には、ベースとなる地形が完成していた。
画面には、シンプルだけど、どこか愛着の湧くブロックの世界が広がっていた。
誰にも見せてない。
誰からも感想をもらってない。
でも、作っていて楽しい。
「よし……これは、いける」
次は、マップのサイズを広げて、ズームとかスクロールの機能もつけよう。
複雑な処理はいらない。ただ、“見た目以上に遊べる”ことが大事だ。
ゲームのタイトルも、そろそろ考えないといけないな。
“ブロックライフ”? “スクエアゲーム”?
“俺の箱庭”? ……なんか違う。
まあ、それはあとでいいや。
今は、久々に“作りたい”って思えるものが、ちゃんとある。




