47話 フラッシュゲーム
次の日、朝ごはんを食べ終わって、母さんが台所で洗い物をしているときだった。
「おかーさん。昨日の入金、確認した?」
「ん? なに?」
スポンジを手にしたまま、振り返る。
「だから、例のやつ。六月分の収益」
「……ああ、あれね。通帳見たら、ちゃんと入ってたわよ。5万8千円ちょっと」
「よしっ!」
俺はガッツポーズを決めた。
キラリと光る5万8000円。
もちろん、これは“母さん名義”で登録した口座に入ってるわけで、実質、俺の財布ではなく“実家の壁の向こう”にある金庫みたいなもんだ。
「で、そのうち……その、ちょっともらっていいかなって」
「え? いくら?」
「……2万9千円」
皿を拭いていた母さんの手が一瞬止まった。
「また半分?」
「うん。先月も半分もらったし、今月も同じでいいかなって。ルール的に、ほら、なんか決まってたほうが分かりやすいでしょ。使い道もちゃんとあるし、適当に使うつもりはないよ」
「はいはい。で、今月の理由は?」
出た、ジャッジメント。
俺はすかさずポケットからメモを取り出した。昨日の夜、寝る前に“母へのプレゼン用”として書いたやつだ。
「まずひとつ。パソコンが最近ちょっと重くて、作業効率が落ちてきてる。そこで、秋葉原に行って部品の下見。いま買うとは限らないけど、将来的に必要なスペックを知ることが重要」
「ふーん」
母さんは腕を組み、ちょっと笑いを堪えている顔をしてる。
「ふたつめ。参考書。これは必須。受験用の参考書とか、技術書もあるし、最近読みたいビジネス書も出てる」
「ビジネス書って……あなた、まだ中3でしょ」
「うん……まあ将来のためにというか?」
「またそんなこと言って」
「最後にちょっとしたお楽しみとして、電車賃と昼ごはん代も含まれております。予算内!!ムダはほとんどないから」
「なんか、ほんとにそれっぽくなってきたね……」
母さんは笑いながら通帳を取り出してきた。
「はい、じゃあ2万9千円ね。立て替えて渡しとくから」
「了解!感謝します!」
現金を受け取り、俺はついテンションが上がって、その場で敬礼してしまった。
「というか……そもそもこの収益、どうやって稼いでるのか、よく分かってないんだけどね……」
母さんが小声でつぶやく。
「うん、まあネットは難しいよね」
「まあ……でも、お金の出どころが変じゃないのは分かるし、今のところキチンとしてるもんね。でもお母さん的には、たまには友達と遊びに行ったりしないの? 澪ちゃんとか」
「えっ……なんでそこで澪?」
「だって天気のサイトのとき手伝ってくれたんでしょ? よくウチで勉強してるし」
「う……うん、まあ、そうだけど」
「秋葉原に行くのもいいけど、ちょっとくらい“夏休みらしい思い出”作ってもいいんじゃない?」
母さんがニコニコしながら言ってくる。
(……くっ、まさかここで澪をプッシュしてくるとは)
「べ、別に、そういうんじゃないし……」
「そうなの? 残念ねー。観覧車とか似合いそうだったのに」
「うるさいって!」
逃げるように自室に戻った俺は、ベッドに倒れこみながらお金の入った封筒を見つめた。
封筒を机に置いて、椅子に深く沈み込む。
天井をぼーっと見上げながら、さっきの“観覧車”って言葉が、頭のどこかに引っかかっていた。
……バカバカしい。でも、浮かんできちゃうんだよな。
(……秋葉原でパーツを見て、ブックオフかジュンク堂で本を買って、あとは……)
観覧車が頭をよぎった。
さっき母さんが言ってたあの一言が、やけにリピートする。
「……別に、一緒に行きたいとか、思ってないし」
自分に言い聞かせながら、俺はパソコンを起動する。
“息抜きのつもりで始めたゲーム開発”のフォルダを開き、
開発ツールとエディタを並べた。
あくまで、今はパーツの下見と本の調達。それが主目的。
……でも、もし澪が「遊園地とか行きたいね」って言ってきたら――
うん、考えるだけにしておこう。
今はまだ、そのイベントは“未定”ってことで。
それはそうと、夏休み。
サラリーマン時代にはもう一度欲しいと思っていた憧れ。
でも、今さら普通の夏休みがどう過ごされるべきなのか分からなくなっていた。
予定もないし、仕事(というか副業)も記事とか書くペース落として少し抑え気味にしたし、ちょっとぐらい“適当に過ごしてる感”を演出しようと思ったわけだ。
寝坊して、アイス食べて、テレビつけて――
ザ・夏休み。
「でもなぁ……娯楽、意外と少ないな」
正直、びっくりした。
時間はあるのに、やることがない。
テレビはまあまあ面白い。
午前中の再放送ドラマとか、昼のバラエティとか、
それなりに見ていられるけど、基本的には主婦向けの番組ばっかり。
「これが……あの“昼ドラ”か……」
初めてじっくり見たけど、不倫だのドロドロだの、怖い。
むしろ、ネットニュースより情報量がエグい。
そして、マンガ。
……これが、致命的だった。
ジャンプ、マガジン、サンデー。
どれを開いても、“知ってる未来”がページの先に待っている。
「このキャラ、数巻後に死ぬよな……」
「この作者、あと3年で連載止まるんだよな……」
そう思いながら読むのは、正直つらい。
BLEA〇Hも好きだったはずなのに、1話1話のドキドキが、結末の“確定ルート”に霞んでいく。
(オチが分かってるマンガって……こんなに味気なかったっけ)
じゃあ映像作品なら?と、近所のレンタルビデオ屋に行ってみた。
棚を端から端まで見渡して――すぐに絶望した。
「これ、当時は空気だったけど後に名作扱いされるやつ」
「これは炎上エンドの作品」
「こっちは……最初はいいけど、中盤からグダグダになるんだよな……」
思い出と知識が、同時に押し寄せてくる。
純粋に楽しむってことが、思ってた以上に難しかった。
――詰んだ。そう思った。
結果、俺が何に戻ってきたかっていうと、ネットサーフィンだった。
これだけは、裏切らなかった。
ブラウザを立ち上げ、適当に検索して、掲示板や個人サイトを流し見する。
昔懐かしいブログ文化と、意味不明な装飾文字の嵐。
黒背景に白文字、マウスを乗せると燃えるリンク。
「インターネット、カオスだな……」
でも、この雑多で訳のわからない感じが、意外と落ち着く。
2025年の洗練された“監視と洗練のネット空間”とは違って、
ここには、くだらなさと自由があった。
この時代のネットでの最上級の娯楽:フラッシュ倉庫。
年代物のセンス丸出しなTOPページ。
謎の効果音、鳴りまくるGIFバナー、リンク切れの嵐。
なのに、その奥には“動画”と“ゲーム”が詰まっている”宝庫”がある。
まずは、フラッシュ動画。
3コマ漫画みたいな動きで、棒人間が爆発したり、
ネコがいきなりブチギレたり、ボタン連打でドラえもんが宇宙に飛んでったり――
「くだらねえ……でも、なんか笑えるんだよな」
制作した人の悪ノリが、全力で伝わってくる。
この“作る側も遊んでる”感が、今のネットからは減ってしまった空気だった。
そして、次。
フラッシュゲーム。
こいつが、やばかった。
シンプル。だけど中毒性がすごい。
ほとんど使っていないが、未来のハイスペックなゲームに慣れていたはずの俺からするとシンプル。
横スクロールのシューティングなんか化石レベル。
ひたすらクレーンを降ろしてヘンなアイテムを釣るやつとか。
「……なんで、こんなに面白いんだろう」
グラフィックも音楽もたいして良くないのに、
プレイしてると、手が止まらない。
しかも、バグってるのか意図的なのか分からない挙動が妙にクセになる。
敵を倒すと“?マーク”が出て、押したら画面がバグって終わった。
セーブ機能がないから、最初からやり直し。
「理不尽っ……! でも、もう一回!」
何だこれは。
今のゲームでは絶対に許されない雑さ。
でも、その雑さこそが、自由で、楽しくて、最高に笑える。
「これさ……作ったら、俺も楽しいんじゃないか?」
パソコンに向かいながら、自然とそんな考えが浮かんだ。
よし!!
やる気が出てきた!!




