46話 観覧車は英語でferris wheelらしい
「なんでこのサイト、こんなに万能なんだよ……」
2ちゃんねるの書き込みを読みながら、思わず気の抜けた声が漏れた。
《【便利】中学生が運営してるらしいニュースサイト【化け物】》
スレッドタイトルからしてひどい。何が“化け物”だ。褒めてるのかバカにしてるのか、どっちだよ。
中を覗いてみると、案の定カオスだった。
「レシピ、翻訳、天気、ニュース、全部一人って本当?」
「いやいや、絶対どっかの会社だろこれ」
「この作り込み、法人化してる可能性あるな」
「てか中学生説マジ?ガチだったら国が拾うべき人材だろ」
「税金どうしてんの? 親の名義か?」
そのスレッドの中で、ちらほら見かける言葉があった。
「税金どうしてんの?」「これ大丈夫なの?」――
……まさにそれがきっかけで、俺の夏休みは変な方向に転がり始めた。
数日前、電話でのアポを取っていた税務署の人が来訪。
すでに開業届で目をつけられていたらしく、詳しく話を聞かれることに。
(なんで中3の夏休みにこんな展開なんだよ……)
で、そんな外的イベントもありつつ――
実は、内的な“しぼみ”も進行していた。
ここ最近、ニュースサイトもレシピサイトも、アクセス数が頭打ちになってきた。
別に落ちてるわけじゃない。むしろ安定はしてる。
毎日何千人も見に来てくれるし、リピーターだっている。
広告収入も、しっかり入ってくる。
……でも、なんだろうな。
心が躍らない。
最初の頃は、ページビューのグラフが急角度で伸びるたびに、「俺、なんかすごいことやってるかも」って、毎日がちょっとだけ祭りだった。
でも今は、数字が「昨日より+3%」とか、「いいねが微増」とか、そういう小さな変化に落ち着いてきた。
きっと、正常な成長ってこういうものなんだと思う。
でも、それってつまり――
「もう、このサービスは完成しちゃったんだな」っていう雰囲気が漂いはじめてる。
新しくページを作っても、反応は“まあまあ”。
しかも最近は、企業からの問い合わせも増えてきた。
「うちの商品も紹介しませんか?」
「PR記事に対応していますか?」
「SEO対策代行に興味ありませんか?」
うん、急に“仕事っぽく”なってきた感がある。
オープンソースの気ままな遊び場だった場所が、急にスーツ着た大人たちの世界に変わってきた。
俺の中で、何かがすーっと冷めていくのが分かった。
(税務署まで来たしな……)
いや、対応したのは母さんと一緒だし、実際には何も悪いことしてない。
でも「見られてる」って感覚が妙にプレッシャーになって、“楽しくやってるだけ”だったものが、だんだん“監視されてるもの”になってきた気がした。
俺がこの活動を始めたのは、別に社会貢献したかったからでも、お金儲けがしたかったからでもない。
未来を知っていて、ChatGPTが使えて――
「だったら面白いことできるんじゃね?」って思った、それだけだった。
それが今や、税務署に天才中学生と言われたり、企業とのやりとりで「対応は貴社の窓口担当が……」みたいなメールをもらうようになってる。
ちょっと違うんだよ、そういうの。
(……俺、いつから働いてるんだっけ)
転生して、あの世界に別れを告げた日から――
気づけば、学校と副業をひたすら並行して生きてきた。
「そろそろ、休んでもいいよな……?」
つぶやいて、自分でもびっくりした。
そうだ、夏休みなんだ。
今は8月4日!夏休みの前半戦!
世の中の中学生は、今ごろカブトムシ獲ったり?、ゲーム三昧だったり、海に行って、スイカ割って、遊びまくってるんだ。
俺はどうだ?
税務署と話して、請求書を処理して、ChatGPTにデータ突っ込んで新しいサイト構築。
これ、どこの社畜だよ。
「ちょっと、遊ぶか……」
思わずつぶやいたその瞬間、あることを思い出した。
(6月分の収益、明日あたり入るんじゃなかったか?)
今月はまだ4日だけど、すでに広告収入が4万円を超えている。
収益。金だ。マネー。ピッカピカの現金。
6月は確か……5万ちょい入っていたはず。
「母さんに半分だけって言われるとして……2万ちょいか」
教室で「今月キツいわー」とか言ってる同級生が、菓子パン代を親に借りてるその隣で、
俺は税務署と戦い、フリーランスのような収益管理をしてるんだから、本当に意味がわからない。
でも、金がある。
だったら、遊ぶべきだろう。
せっかくの夏休み。
この3ヶ月間、俺は目まぐるしく動き続けてきた。
サイトを作って、管理して、開業届けを出して、ついには父親の会社のホームページまで引き受けた。
「よくやった、俺」
自分で自分を労いながら、テレビをつける。
画面の中では『笑っていいとも!』が始まっていた。
「……懐かしいな」
お昼の風景として記憶の片隅にあったこの番組。
タモリさんのゆるい笑顔と、意味があるんだかないんだか分からないコーナー。
そのどれもが、なぜか今の気分にピッタリだった。
冷房の効いた部屋で、ジュースを飲みながら『いいとも』を見てるこの感覚――
「これだよ、これ。俺の夏休みって、たぶん本来こういうのだったんだよ……」
番組のゲストが誰だかも分からない。
でも、どうでもよかった。
とにかく“自分が中学生に戻っている”感じがして、ちょっとだけ目頭が熱くなった。ほんのちょっとだけど。
(明日、金が入ったら、どうしようか)
その考えが、自然と頭に浮かぶ。
「まず、パソコンだよな……」
実は最近、作業中にちょっとだけ重さが気になるようになってきた。
ChatGPTでコードを生成してるときに、処理が引っかかると、どうしてもイラッとする。
「よし、秋葉原行くか」
気分はもう、秋葉原の裏路地の自作パーツショップを巡る中学生である。
実際にはまだ行ったことはなかったけど、ネットの写真では何度も見たことがある。
メモリ増設。SSD換装。グラボ(別に要らないけど欲しい)。
「いや、俺……将来なにになるつもりだっけ?」
思わず苦笑した。
――でも。
ふと、視界の端に“別の記憶”がよぎった。
あの日。
天気予報サイトを作った時のことを思い出した。
家で、澪が隣に座って、真剣にノートパソコンの画面とにらめっこしていた。
「この雨の確率、なんで場所によって違うの?」
「うちは“学校の近く”とか“自宅周辺”って、もっと細かく地点を区切ってるんだ。気象庁のは市単位で出してるから、平均値っぽい出方になるんだよね」
「ふーん。でもさ、数字が微妙だと、“傘いるかどうか”って迷うんだよね」
「……たしかに」
そのやりとりがきっかけで、「傘指数」なる曖昧な指標をグラフで表示するようにした。
澪が「これなら朝見たときに分かりやすいかも」って笑ったとき――
不思議と、胸の奥が少しだけ温かくなった。
単なる“仕事”とか“開発”とかじゃなくて、
“誰かの顔が浮かぶサービス”って、こういうことなのかもしれないって思った。
あのときの笑顔。
そして――ありがとうって、少し照れたように言ったあの声。
(……澪、誘ってみようかな)
天気サイトを手伝ってくれたお礼。そう、それだけのはずだった。
(……なんか、最近ちょっと、心がざわつくんだよな)
「いっそ、どっか行くか……遊園地とか」
口に出した瞬間、妄想がフルスロットルで暴走し始めた。
まずはジェットコースターだ。
「絶叫系苦手なんだよね」とか言ってたくせに、乗った瞬間ギャーギャー叫ぶ澪。
その横で「大丈夫か?」って余裕ぶった俺、めっちゃドヤ顔。
観覧車に乗れば、二人きりの空間。
景色はきれい、でも話題が続かない。
仕方なく外を見て「高いね……」とか言い出す俺。
「うん」って返す澪。
いや、この流れ、告白イベント発生するやつじゃん!?
むしろここで言わなきゃ、どこで言うんだよ俺!
……って、待て待て待て。
「やめろ、俺」
自分で自分にツッコミを入れた。
落ち着け、俺。まず冷静になれ。
これは“お金が入る→秋葉原でパーツ下見”という、あくまで技術者としてのクールな行動計画なんだ。
「……いやだから、まず秋葉原だって」
自分に言い聞かせてパソコンを開く。
でも、さっきまでの開発フォルダじゃなくて、検索バーには無意識に「観覧車 東京 おすすめ」と打ち込まれていた。
「……うわっ、やべ。これ完全に浮かれてるやつじゃん」
画面を閉じて、軽く頭を抱える。
でも、心のどこかが、ほんの少し浮き立っていた。




