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44話 税務署来訪③

「……1つ、どうしても不思議なんですが、翻訳やニュースの文で……」


「はい?」


「機械って、こんなに自然に文章を出せるものでしょうか?」


(あ、この質問はやばい……)


「私のイメージだと、機械って、“あらかじめ入力された単語や文を取り出して並べる”というもので……たとえば、“Aという言葉が来たらBを出す”みたいな。

でも、いま見せてもらった翻訳や文章って、まるで人が考えて書いたような自然さがある。

……正直、“こんな自然な文章を本当に機械が出せるのか”と、少し信じられなくて」


来た。核心だ。


(……確かに)


2005年の感覚なら、それが当然だ。

この時代には、まだSiriもGoogle翻訳も、ChatGPTもない。

当時の“機械”は、まさに“登録された文例を引き出すだけのもの”だった。


でも――俺は未来から来ている。

そして、その“未来の知識”を、どうにか“今”の言葉に変換しなくてはいけない。


しばらく迷った末、俺はひとつの言葉を選んだ。


「……これは、“ニューラルネットワークのアルゴリズム”を組み込んでいるからです。篠原さんが言われたエキサイト翻訳や機械には、“ニューラルネットワークのアルゴリズム”を組み込んでないだけでは?」


言いながら、心の中で緊張の糸がピンと張る。


(通じるか? それとも……)


「ニューラル……なんですか?」


篠原さんが、完全にポカンとした顔で尋ねてくる。

佐野さんも同じように、眉をひそめていた。

俺は、あえて少しだけ首をかしげながら、自然な調子で返した。


「え、ニューラルネットワークのアルゴリズムですよ」


「……はい?」


「教科書にも載ってますよ。コンピューターが人間の脳の仕組みを模倣して、パターンを学習していくっていう理論です」


堂々と、さらっと言う。嘘は言っていない。


「データを学習させて、そこから言葉の傾向や構造を判断して、新しい文章を自動生成する……

そういうアルゴリズムで、翻訳も文章作成も、精度が高くなるようにしてます」


「はぁ……そういうものなんですか……?」


佐野さんの目が、明らかに“納得”ではなく、“それ以上突っ込めない”という空気に変わる。

篠原さんも「ネットの世界って奥が深いですね……」と苦笑していた。


(よし……このまま押し切る)


「……すごいですね……」


佐野さんが、呟くように言った。

その一言に、俺は軽く笑って答えた。


「ありがとうございます。まだまだ未完成ですけどね」


――さて、これで乗り切れたか。


そう言って画面から視線を上げた瞬間、佐野さんと篠原さんの顔に、どこか安心したような表情が浮かんでいた。


佐野さんは一度、深くうなずいた。


「いえ、ここまで見せていただけて本当にありがたかったです。想像以上に、すごく丁寧に作られていて驚きました」


「最初は正直、“中学生がこれを?”って思ってたんですけど……まさか、こんな完成度のものを実際に見るとは」


篠原さんが、素直な口調でそう言った。


「いろいろと、質問が多くなってしまってすみませんでした」


「いえ、当然です。こちらこそ、説明がわかりにくいところもあって……」


そう返しながら、俺はようやく胸の奥に溜まっていた空気を、そっと吐き出した。


(……乗り切った)


頭の片隅では、いまだに“もしかしたら何か引っかかっているかも”という不安も残っている。

でも、今のふたりの反応を見る限り、致命的な疑念はもう払拭されたと見てよさそうだった。


佐野さんは手元の書類を閉じながら、にこやかに言った。


「今回の訪問は、あくまで“開業届の内容に基づく確認”ですので、以上で終わりたいと思います。

収支の管理も丁寧にされていましたし、サイト運営に関しても、実際に現物を見せていただけたのは大きかったです」


「ありがとうございます」


「ただ、今後さらに収益が伸びていくようでしたら、事業規模に応じた申告方法や帳簿管理なども必要になるかと思います。その際は、またご相談いただければ」


「はい。気をつけます」


母が隣で深く頭を下げる。


「本当に……お忙しい中、ありがとうございました。息子がこんなことをしているとは、私も最初はびっくりしましたが、ちゃんと教えていただきありがたいです」


「いえいえ、こちらこそ。とてもいい経験をさせていただきました。若い方のこういう挑戦を見ると、なんだか元気をもらえます」


篠原さんが穏やかに微笑む。

会話はすっかり和らぎ、まるで昔からの知り合いのような雰囲気にさえなっていた。


それでも、俺は気を抜かなかった。

最後の最後まで、ChatGPTの存在だけは匂わせないように、慎重に言葉を選び続けた。


「では、本日はこれで失礼させていただきます」


「今後、何かあればこちらにご連絡ください。ご自身の記録も引き続きしっかり保管されるようにお願いしますね」


「はい。データは毎月まとめていますので、大丈夫です」


玄関まで見送るとき、篠原さんが小さくつぶやいた。


「それにしても……中学生で、ここまでやってるとは。いやあ、私のいとこなんて、まだゲームしかしてませんよ」


「うちの子なんか、パソコンの電源すらまともに入れられませんよ」


2人の軽口に、母も「うちも最初はそうでしたよ〜」と笑いながら答える。


(母さん、上手いな……)


その自然な返しにも救われた。

ドアを開けて外に出るふたりに、最後にもう一度だけ頭を下げる。


「本日はありがとうございました」


「こちらこそ。がんばってくださいね」


「応援してます。……これからもがんばってね」


ふたりはそう言い残し、坂を下っていった。

足音が遠ざかっていくのを聞きながら、俺はそっとドアを閉めた。

その瞬間――全身の力が、抜けた。


「……ふぅぅぅぅ……」


気づけば、深い深いため息が漏れていた。


「終わったね」


母が微笑みながら言う。


「うん……何とか、ね」


俺はそのまま、リビングのソファに座り込み、天井を見上げた。

乗り越えた。

疑われた。


でも、信じさせた。

未来の技術を使って、現在の常識をすり抜ける。

ギリギリのバランスの上で、俺はまだ、立っている。



―――――――――

(……やっと、終わった)


税務署職員との“確認”は、緊張と探りの連続だった。

何を訊かれてもおかしくない状況の中、ChatGPTの存在を一切知られずに乗り切れたことは、大きな勝利だ。


(いや、ほんとに……ギリギリだったな)


「ニューラルネットワークのアルゴリズムです」なんて、よく口にできたと思う。


あれが仮に相手が技術系の職員だったら、間違いなく追及されていた。

でも、彼らは“税務”のプロであって、“システム”の専門家じゃない。

そのギャップに、今回は救われた。


(あとは、“中学生”っていうフィルターだな)


どれだけ高度なことを言っても、結局相手の中では“中学生が作ったにしてはすごい”という枠を越えなかった。

つまり、“ちょっとすごい中学生”くらいに思ってくれていたら、万々歳だ。


(……それでいい。そう思ってくれていたら)


これ以上深く考えさせず、「すごいね」で終わってもらえるのが一番だ。

ChatGPTの存在を暴かれずに済んだことは、今後の活動の基盤になる。

けれど――それと同時に、反省点も多かった。


(……突っ込みどころ、あったな)


ソフトの説明も、コードの見せ方も、どれも綱渡りだった。

職員の理解が浅かったからなんとかなっただけで、次にもっと知識のある相手が来たら通用しないかもしれない。


俺はノートPCを閉じ、深呼吸をひとつ。


今までは、新しいアイデアが思いつくたびに、何も考えずに走り出していた。

ニュースサイトも、翻訳サイトも、レシピサイトも。

ひらめきがあれば即行動。それが“強み”だと思っていた。


でも、今回の件で気づいた。


(……もう、なんでもかんでも突っ走るのは、やめよう)


一つ一つのサービスには、それぞれ“外部の目”がある。

アクセス数が増えれば、当然「誰が作ってるんだ?」と注目もされる。

今回のように、税務署や他の大人たちが踏み込んでくることもある。


今後は、リスクを想定して動かないといけない。


「次に作るときは、“見せ方”からちゃんと考えよう」


呟いた自分の声が、部屋の静けさに吸い込まれていく。

突っ走るのは簡単だ。でも、守るには戦略がいる。

ChatGPTを使うにしても、どう隠すか、どうカバーするか――そういう視点が必要だ。

やっと乗り切った今回の経験を、無駄にはしたくない。


(……まあ、そんなことより、 6月分の収入早く来ないかな)


今月はちょっと、欲しいものが多すぎる。でも、まずは――お小遣い帳、つけなきゃな。


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