41話 不穏な気配
来週に税務署の人が来る。
それまでにChatGPTを使わずにやったと思わせなければならない。
どうしようか悩んだ末に思いついた。
――そうか、ダミーソフトを作ればいいんだ。
ChatGPTがやってることを、“表向きは自分が作ったソフトウェアがやっている”ように見せればいい。
中身の処理はChatGPTでいい。
でも、見た目や操作系統は、すべて“自作ソフト”にすれば、説明はつく。
ニュース作成なら、ジャンルやキーワードを入力するUIを用意して、生成された文章が「このソフトのロジックで出力された風」に見えるようにすればいい。
翻訳も、入力欄と出力欄だけあれば十分。
言語を選んで、“変換中……”なんて表示して、数秒後にChatGPTの出力をそのまま出すだけで、あたかもソフトが翻訳しているように見える。
天気予報も同じだ。
CSV形式の天気データを読み込んで、今日・明日の天気を一覧表示するページを作っておけば、それで納得されるかもしれない。
(そうだ……それぞれのサービスに、表向きの“ツール”を作っておけばいい)
「これなら、中学生が趣味で作った“自作翻訳ツール”っぽく見えるだろ」
次は、ニュース作成用のページ。
「ジャンル」「記事の長さ」「トーン(真面目・カジュアル)」などの入力項目が並び、
“自動作成ボタン”を押すと、それらしい見出しと本文が出てくる仕組み。
もちろん中身はChatGPTに投げてるだけだが、表向きは俺が作ったシステムになる。
他にも、「文章代行依頼フォーム」とか、「天気予報生成スクリプト」も作る。
とにかく、「これは自分の技術で作ったんです」と信じてもらえる形を作ること。
税務署の職員は、たぶんコードの中身までは突っ込んでこない。
「見た目がそれっぽい」だけで、納得して帰ってくれる可能性は高い。
(とはいえ、見破られないように、ちゃんと作り込んでおかないとな……)
とりあえず、ChatGPTに「翻訳ツールっぽいUIをHTMLとCSSで作って」と依頼してみる。
数秒後、返ってきたコードは完璧すぎるほど整っていた。
「……ありがとう。ほんと、お前すげぇな」
ChatGPTには聞こえてないはずの言葉を呟いて、
俺は静かにキーボードを叩き始めた。
―――――――――
「……よし、まずは翻訳ツールからいくか」
PCを前に、俺は手を組んだ。
税務署の“確認”に備えて、ChatGPTの存在を隠すための“偽装ソフト”を作る――そのための作業が、いよいよ始まった。
最初のターゲットは、翻訳ツール。
今まではChatGPTの画面に直接プロンプトを打ち込んで、翻訳文を受け取っていた。
でも、それをそのまま見せるわけにはいかない。
見せるべきは、“中学生が作った、ちょっと凝った翻訳ソフト”だ。
「えーっと……HTMLで2つのテキストボックス……送信用と結果用……」
ChatGPTに「翻訳ソフトっぽいUIをHTMLとCSSで作って」と頼むと、数秒でコードが返ってきた。
それをベースに、少しだけカスタマイズ。
言語選択のドロップダウンを追加して、「日本語 → 英語」だけじゃなく「フランス語」「ドイツ語」「スペイン語」などを追加。
ラベルを英語と日本語で併記して、“いかにも翻訳っぽい”見た目にする。
「翻訳開始」ボタンを押すと、画面に「Translating…」というモーダルが表示される。
実際にはその裏でChatGPTにリクエストが飛び、返ってきた翻訳文が出力欄に表示される――それだけの単純な仕組み。
でも、見た目だけなら、それっぽく見える。
中身を知らない人間が見れば、「なるほど、こうやって翻訳してるんだな」と思うはずだ。
(これなら……いけるかも)
――次に、天気予報ソフト。
こっちはさらにシンプルにする。
“今日・明日の天気”を画面に表示するだけのツールで、都市名を選んで「取得」ボタンを押すと、現在の天気と予報が出てくる。
実際には、ChatGPTが天気情報っぽい文を返してくれるようにプロンプトで調整して、
「○○市の天気を、CSVデータに基づいて出力してください」みたいな指定をする。
裏では未来AIが頑張ってくれてるが、表は“中学生でも頑張れば作れそう”な見た目で統一。
(ただ、実際の天気情報はどうしてるって聞かれたら……「気象庁の過去データを参考にしてます」って言えば通るか?)
考えながら、ちょっと不安になる。
(気象庁の気象データを参考にして自分で予測してますにするか……いやそんなこと気象予報士にしか無理だろ)
全体的に無理がある気がする……
(まあ、気象庁の天気をそのまま載せていますにしようか……税務署職員なら細かい違いは分かんないだろ)
税務署の職員がどこまで踏み込んでくるかが、読めない。
(……まあ、さすがに気象APIのコードまで見せろとは言わないだろ)
そう自分に言い聞かせて、次――ニュース作成ソフトへ。
こっちは一番難関だった。
プロンプトの入力欄に「ジャンル」「トーン」「キーワード」などを入れて、「生成」ボタンを押すと、数秒後に本文とタイトルが表示されるような仕組み。
裏では、ChatGPTに
「“中学生でも書ける範囲”で、“実在のニュースを元にした風の架空ニュース”を生成してください」
と依頼している。
あまりにリアルに作ると逆に怪しまれる気がして、少しだけ素人臭さを残すように微調整。
“あえての稚拙さ”を入れるのは、意外と難しい。
「……中学生っぽく見せるって、難易度高いな……」
ChatGPTの完成度が高すぎるせいで、“手作り感”を演出するのが一番手間だった。
それでも、なんとか3つのダミーソフトが仮完成した。
今のところ、ボタンも反応するし、出力も見た目には問題ない。
(これなら、あの人たちが来たときに見せても……ごまかせる、はず)
最後に文章作成ソフトだが、これも翻訳ソフト同様に作成をした。
4つ目となるとさすがに手慣れたもので、30分で完成した。
* * *
夕方近く、部屋のチャイムが鳴った。
インターホン越しに聞こえた声は、聞き慣れたものだった。
「こんにちはー……って、やっぱりいた」
玄関を開けると、澪が教科書の入ったリュックを背負って立っていた。
「勉強、いい?」
「うん、ちょうど休憩しようとしてたとこ」
そう言って彼女を部屋に通すと、澪は遠慮がちに机の端にノートを広げた。
前にも何度か来ていて、少しずつ“ここで勉強する”ことに慣れてきたらしい。
「今どこまでやってる?」
「一次関数の応用問題。宿題がちょっと難しくてさ……」
「じゃあ、グラフの描き方から復習する?」
「うん」
そんなやり取りを交わしながら、しばらくは数学の問題に集中した。
解き方を教えたり、ノートに式を書き込んだり。
澪はいつも真剣で、わからないところは素直に「もう一回」と言ってくれる。
――だからこそ、俺もちゃんと応えたくなる。
一通りの問題が終わったところで、ふと思いついた。
(……今のうちに、あれを見せてみようか)
「ねぇ、澪」
「ん?」
「ちょっと見てほしいものがあるんだけど……これ」
俺はPCのモニターを回して、デスクトップに開いておいた“翻訳ソフト風のダミーアプリ”を表示させた。
「へぇ……翻訳?」
「そう。簡単なソフトを作ってみたんだ。文章を入れて、“翻訳開始”を押すと、英語にしてくれるやつ」
「えっ、自分で作ったの?」
「うん。ちょっとした実験でね」
なるべく軽いノリで答える。
澪は興味深そうに、スクリーンに顔を近づけた。
「すごい……ちゃんと日本語と英語の欄がある。これ、動くの?」
「うん。たとえば……“私は猫が好きです”って打ってみて」
彼女が少し戸惑いながらもキーボードを打ち込み、「翻訳開始」をクリック。
数秒の処理中アニメーションのあと、出力欄に英語の文章が表示された。
『I like cats.』
「わっ……出た!」
目を丸くして、澪がこちらを見る。
「これ……ほんとに自分で作ったの?」
「うん、まあ……簡単なやつだよ」
「でも、なんかすごい。翻訳って難しいのに……」
画面をじっと見つめながら、感心してくれているのが伝わる。
俺はその反応を、内心ほっとしながら見ていた。
(よし……“普通の人から見れば、ちゃんとそれっぽく見える”)
「他にも、ニュース作成用のとか、天気予報のツールもあるよ」
「ニュースも!? え、それってどうやって?」
「ジャンルとかキーワード入れると、それに沿った内容が出てくる感じ」
澪は目を輝かせていた。
「そんなの中学生が作れるんだ……すごすぎない?」
「……まあ、時間かければ、できなくもないってやつ」
言いながら、少しだけ胸が痛んだ。
――実際には、ChatGPTが全部やってくれてる。
でも、それを言うわけにはいかない。
澪のような“普通の人”には、これで十分通用する。
裏にAIがあることに気づかれる可能性は、ほとんどない。
「これって、学校の自由研究とかで発表したらめっちゃ注目されるんじゃない?」
「……それはちょっと派手すぎるかも」
「もったいないよ」
そう言って笑う彼女を見て、俺はふと気づく。
(……これで、たぶん大丈夫だ)
澪が分からないなら、税務署の職員にも、きっと分からない。
そもそもあの人たちは、技術的な中身をチェックしに来るわけじゃない。
俺がどんな方法でサイトを運営していて、それが本当に“自分の手によるもの”かどうか。
それがある程度“信じられる形”になっていれば、問題にはされないはずだ。
「今度、天気予報のツールも試してみてよ」
「うん、見たい!」
自然なテンションで話してくれる彼女を前にして、ようやく少しだけ緊張がほぐれてきた。
「明日から天気悪いって言ってたから、その精度も試せるかもね」
「それ、占いより当たる?」
「うーん……頑張って作ったから、たぶん?」
笑い合いながら、俺たちはまた机に戻って、少しだけ英語の勉強を続けた。
外はすっかり夕暮れ。
明日は、税務署の職員が来る日。
その嵐の前の、ほんの穏やかな一日だった。




