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40話 突然の連絡

リビングのテーブルにノートPCを広げ、俺はひとりコーヒーを飲みながら、キーボードを打っていた。

画面の中には、執筆中のレシピ本の特別コラム用の下書き。


来月、正式に出版されるレシピ本――

出版社とのやり取りはメールと電話で済んでいて、表紙やページ構成の確認も終わっている。

あとは掲載する“ちょっとした読み物”、つまりコラムの部分を書き上げるだけだった。


「この本は、日々の“ちょっと困った”を助けるレシピ集です」

「料理が得意じゃなくても、忙しくても、何か一品作りたい日に――」

「そんな思いから、レシピサイトを立ち上げました」


そんな感じで、サイトを始めた理由とか、読者から届いた感謝のコメントとか、

“ちょっと真面目で、ちょっと温かい話”を盛り込めればいいと思っていた。


カタカタと文字を打ち込みながら、手が止まる。


「“最初に作ったレシピは、鶏もも肉の照り焼きです”……いや、もうちょいエモい書き方にするか?」


そんなふうに、何度も言い回しを変えながら、少しずつ文章が形になっていくこの時間は、意外と好きだった。


外は穏やかな春の日差し。

母さんは、キッチンで洗い物をしていて、静かな午後。

学校は進級してすぐの時期で、まだ授業らしい授業も始まっておらず、俺には少しだけ余裕があった。


けれど、その空気は――一本の電話で急に変わった。


「……もしもし、はい、葛城です……あ、はい、はい……え? えぇ……?」


母さんの声が、急にトーンを変えた。

なんだかよくない予感がした。


俺は自然と席を立って、キッチンへ向かう。

母さんは受話器を肩に挟みながら、眉を寄せていた。



「あ、ちょっと待ってください……はい、本人いますけど……」


俺と目が合った母さんが、少し戸惑いながら受話器を差し出した。


「……税務署の方から。確認したいことがあるって」


「え?」


思わず声が漏れた。

税務署――まさか、あの開業届の件か?


(なんか不備があったのかな)


俺は受話器を受け取り、ゆっくりと耳に当てた。


「はい、葛城です」


『あ、もしもし。こちら八王子税務署の佐野 と申します。先日、開業届を提出いただいた件で、いくつか確認がありまして……』


声は丁寧だった。

けれど、その言い回しには、どこか“型どおりではない柔らかさ”があった。


『少し直接お話を伺いたいので、来週そちらにお伺いできればと考えておりますが……』


「……訪問ですか?」


『はい。いえ、特別な意味ではないんですが、念のため、ですね。開業時の確認という形で』


「……わかりました」


『はい、では来週の――』


電話を切って、俺はしばらくその場に立ち尽くした。

キッチンには水を出しっぱなしにしている音が響いていて、母さんは受話器を見つめたまま、黙っていた。


「……税務署が来るって」


「ええ、聞こえてた。……大丈夫なの?」


「うん。たぶん……」


そう言いながらも、胸の奥に小さな引っかかりが残っていた。

たしかに、収益はある。税金のことも調べて、記録もつけてる。

口座は親名義だけど、管理はクリアにしてあるし、申告する準備もしている。


問題は、ない――はずだ。


けれど。


(……なんで“確認”なんだ?)


ただの開業届にしては、対応が丁寧すぎる。

来訪までして確認を取るなんて、普通の副業申請じゃあんまないことだろう。



「やっぱり、“中学生がサイトを作って稼いでる”ってのが、変に目立ったのかな……」


無意識に呟いていた。


あるいは、ニュースサイトがバズったせいか。

あるいは、翻訳サイトの多言語対応が怪しまれたのか。

どこかで、“この年齢でこれだけのことをしている”のが、引っかかったのかもしれない。


(……それとも、他に何かある?)


その瞬間、なぜか背中に冷たい汗が伝った気がした。


“ChatGPTの存在”を調べている――

そんな気配が、現実になりかけているような、不穏な空気だった。


「ま、いいや。来るっていうなら、ちゃんと見せればいい」


そう言い聞かせて、自分の部屋へ戻った。

でも、さっきまで続けていたコラムの文章は、もう頭に入ってこなかった。



再びパソコンの前に座ったものの、さっきまでの集中力はまるで戻ってこなかった。

画面の中では、コラムの文案が中途半端なまま残っている。

でも、そんなものは今どうでもよかった。


(……どうしよう)


税務署が“確認に来る”という一言。

それは、ただのルーティンにも聞こえたが――俺の中ではどうしても無視できない。


「お仕事の内容を、実際にどのように行っているか確認させてください」


きっと、そう言われる。

ニュース記事をどうやって書いているのか。

翻訳文をどうやって生成しているのか。

レシピの自動化、天気予報の取得、サイト構成――


普通なら、説明できるはずだ。

けど、俺の場合は違う。

ChatGPTがいる。


2005年に存在しない“未来のAI”。

こいつがいること自体が、説明できない。


(……さすがに、ChatGPTをそのまま見せるわけにはいかないよな)


一度、ディスプレイを通じてChatGPTが返してくるコードや文章を見せたら、絶対に“おかしい”とバレる。

職員がプログラミングに詳しくなくても、「中学生がこれを一人で作ってるのか?」と疑うのは当然だ。


しかも、ChatGPTはインターフェースも未来的すぎる。

どんなに説明を加えても、“2005年の技術”には到底見えない。


(どうする……?)


目を閉じて、深呼吸を一つ。

このままでは、バレる。

「何か裏がある」と思われたら、それだけで調査対象にされる可能性がある。


別に違法なことはしていない。

でも――あまりに先を行きすぎている。


(見せられない――)

俺は、パソコンの前で腕を組み、天井を見上げていた。

税務署の職員が訪ねてくる。

その理由は、“開業届を出した中学生”が、月に何十万も稼いでいるという、ありえない実態の確認だろう。


向こうはあくまで「確認」と言っていた。

でも、言い方が丁寧であればあるほど、逆に警戒されている気がして仕方なかった。


「何を使って、そのサイトを作ったのか」

「どんな仕組みで収益が発生しているのか」

「どのような形で文章を生成し、翻訳し、記事を更新しているのか」


たぶん、全部聞かれる。

当たり前だ。

収入があって、それが“事業として成立している”以上、その内訳や仕組みを知るのは税務署の仕事だ。


でも、問題はそこじゃない。


――俺が使ってるのは、ChatGPTだ。


未来のAI。

2005年には、影も形もないテクノロジー。

どんな言い訳をしても、これは絶対に“この時代のもの”として通用しない。


しかも、こいつの出力は優秀すぎる。

ただの高校生レベルの文章じゃない。ニュース記事はプロのように整っていて、翻訳文はネイティブ並みに自然。


それにレシピの説明も、専門家が監修したみたいな安定感がある。

一度でも、目の前でChatGPTの画面を見られたら――終わる。

どれだけ言い訳しても、ただの「自作ソフトです」とは言い通せない。


(……どうしよう)

さっきまでのコラム執筆どころじゃない。

このままじゃ、すべてがバレる。


未来の知識を持っていても、バレた瞬間に使えなくなる。

誰かに怪しまれて、それが噂になって、監視の目が付いたら――何もできなくなる。


(ChatGPTは……絶対に見せられない)


その一点だけは、揺るがない。

でも、見せなきゃいけない。

「これはこういう風に作ってます」「こうやって生成してます」って言える、“納得できる仕組み”が必要だ。


しばらく机に突っ伏したまま、思考を巡らせていた。

とにかく、自然に見えるように。

中学生が一人で作った“それっぽいもの”として、説得力がある形に。


(……いや、まてよ)


俺は、一つのアイデアが脳裏をよぎった。

刑事ドラマでは実際の警察の運用と異なるように、本章でも物語の構成上実際の税務署の運営と異なる場合があります。

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― 新着の感想 ―
何百万も不明瞭な金の動きが無い限り税務署から突っ込まれるこたないです。 中学生だから悪目立ちした? 開き直って俺が全部やってる!と言えば良いだけのこと。 投資求めてる訳でもないのに技術さらす会社なぞな…
技術の核心部分をあれこれ実際に見せて説明する義務あるんでしょうかね 必要な免許とか公的許可を無視してる事業なら専門部署から突っ込まれるのもわかるのですが、金が流れてないのでなんと言われようが自分がやっ…
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