38話 静かなる模索
夏休み。
とはいえ、俺の日常はそこまで大きく変わらなかった。
毎朝、ニュースサイトが自動で更新されるのを確認して、依頼のあった翻訳や文章作成のチェックをして、余った時間はプログラミングの勉強にあてる。
友達が海だ、祭りだ、と浮かれている中で、俺は静かに、パソコンと向き合っていた。
のんびりとした夏休み。
けれど、変わっていないようで、確実に“何か”は動いていた。
たとえば、2ちゃんねる。
ある日、「最近できたニュースまとめサイトが便利すぎる」と書かれたスレが立っていた。
URLは、まぎれもなく俺が作ったニュースサイト。
「一ページに全部まとまってるの便利」
「職場の昼休みにこれ見てる」
「まとめ方が地味に見やすい」
レスの流れはおおむね好意的だった。
中には、「翻訳サイト、天気予報、レシピサイトとかも一緒に運営してんの?」みたいな書き込みもあったが、当然ながら誰も証拠を持ってるわけじゃない。
(時々リンク載せてるから気づかれたのか?)
焦りつつも、妙な興奮もあった。
匿名掲示板。
ネット黎明期を支える、ある意味“地下メディア”。
その2ちゃんねるで、自分のサイトが話題にされているという事実に、得も言われぬ達成感を覚えた。
しかも、褒められていたのはニュースの収集だけじゃなかった。
「このコラム書いてるやつ、感性がなんかオッサンくさいけど、やけに面白い」
「ネットいじめの記事、地味に考えさせられた」
「ネットで注文して翌日配送って本当かな」
――そう、俺の書いたコラム記事だ。
ChatGPTに骨子を相談しながら、構成と語調は全部自分で仕上げた。
“未来を知ってる”というアドバンテージをフル活用して、「これから流行るネタ」を先取りするスタイル。
その手の記事が、2ちゃんねるの住民たちに、ちょっとずつ引っかかり始めていた。
例えば、廃校利用。
「このままじゃ学校が潰れるって話、うちの田舎もまさにそうなんだよな」
「おまえらの母校がカフェになる日も近いなwww 」
「廃校がサバゲ―場になったら毎週通うわww」
冗談交じりではあるけれど、読まれて、語られているという事実がある。
そして、アニメの聖地巡礼。
これは完全に、未来の“当たり”ネタだった。
俺が「これ、絶対10年後には当たり前になるから」と思って取り上げたテーマだ。
実際、スレでは
「聖地ww宗教かよww 」
「おねがい☆ティーチャー の木崎湖行ったやつしかこのスレでは語るなよ 」
「オタは行動力だけはあるからな… 」
「同人誌もって町内歩くなよ」
などの反応があり、地味にレス数が伸びていた。
もちろん、すべてが好意的なわけではない。
「なんか、わざと狙ってる感じがしてイヤ」
「中の人、胡散臭くね?」
そんな批判もあった。
でも、それも含めて“反応がある”というのは、ものすごくありがたいことだった。
世の中に自分の文章を出して、それに意見が返ってくる。
それって、たぶん——
作り手にとって、一番うれしいことなのかもしれない。
もちろん、2ちゃんねるの反応なんて一時的なものかもしれない。
スレはすぐに流れるし、次の日には誰も見ていないかもしれない。
でも、確かにあのとき、あの掲示板で、“俺の言葉”が、誰かの画面に映っていた。
その事実が、妙に心に残っていた。
「よし……じゃあ次は、どんなテーマにしようか」
画面を見ながら、思わず小さく笑った。
* * *
そして、今日。
少しだけ非日常なイベントがあった。
開業届を出しに行く。
暇だったから、朝9時に起きてのんびりと母さんの作った朝食をたべた後、自転車で税務署に向かった。
税務署に行くことは初めてで多少緊張したが、全然混んでいなくて、対応してくれた職員の人も優しくて手続きは、驚くほどあっさりしていた。
名前と住所、職業欄には「ウェブサイト運営」と記入し、ハンコを押して提出するだけ。
「こんなもんでいいのか……」
拍子抜けするほど簡単だった。
まあ、職員はネットに詳しくなかったからサイトの説明に手間取ったし、
中学生で今月20万以上稼いでいるのに驚いていた。
そんなこんなで
これで正式に、俺は"個人事業主"になったわけだ。
* * *
昼ごはんを食べて、のんびりコーヒー牛乳を飲んでいたら、なんとなく“ふぅ”とひと息ついてしまった。
午前中はちょっとだけコードをいじって、レシピサイトの更新もした。
気づけば、パソコンの前に座ったまま、ぼーっと画面を眺めている。
1時間くらいして、飽きたので手を止める。
「それにしても20万か…」
小さくつぶやいた声が、静かな部屋に響いた。
自分で言って、自分で驚く。だって、中学生がひと月で二十万稼ぐなんて、普通じゃありえない数字だ。
前回も半分は手元に入れていい感じだったし、今回の収入も半分引き出していいとする。
つまり、十万円。
十万って。中学生にとっては、もはや宝くじでも当てたんじゃないかってくらいの金額だ。
(……何に使う?)
机にノートを広げて、そこに“使い道案”と書いて、シャーペンを走らせる。
・駄菓子屋でお菓子爆買い
・ゲームショップで新品ソフトをジャケ買い(中古じゃなくて!)
・限定プラモデル、シリーズ全部揃える(子どもの頃あきらめた“全部乗せ”を今こそ)
・ノートパソコンを新調して、作業環境を整える(仕事効率が数倍になるし、自己投資だし)
・鉄板焼き。家族で行く。天気サイトを手伝った澪も誘う。
・技術書、ビジネス書。普段なら手を出せないような分厚いやつを一気に買って読む。
思いついたままに書きなぐった案が、ページの半分を埋める。
「……なんか、贅沢な悩みってやつだな、これ」
転生してからスマホもない時代で退屈かと思いきや、毎日がとても楽しい。
中学生の頃の自分はお小遣いをもらっても、ガチャガチャ回すくらいの使い方しか思いつかなかったかもしれない。
ふと、パソコンの画面に目をやる。
自分が作ったレシピサイトのトップページが表示されていて、サムネイルには投稿者からもらった手作り料理の写真が並んでいた。
自分の作ったものが、多くの人に影響を与えている。
そう考えただけでうれしくなる。
これから俺のサイトはどんどん大きくなるし、冬には月30万、40万いくかもしれない。
──今の自分にとって、一番意味のある使い方って、なんだろう。
もちろん、お菓子爆買いもプラモ祭りも最高にテンション上がる。
でも、せっかくなら……「誰かと一緒に使いたい」って気持ちが、ふと湧いてきた。
たとえば、両親。
ここまでの活動に文句ひとつ言わず、見守ってくれた。
口座の名義も貸してくれたし、開業届も「お前が本気なら」って真面目に付き合ってくれた。
そして、澪。
あいつには、ちょっと申し訳ない気持ちもある。
翻訳サイトを作ったときも、天気サイトを仕上げたときも、澪の手をちょこちょこ借りたくせに、まだちゃんとお礼をしていなかった。
「……鉄板焼き、だな」
そう呟いて、ページの一番上に、大きくこう書いた。
《家族+澪と一緒に、ちょっと良い外食》
ただの食事でもいい。
でも、自分の稼ぎで、ごちそうして、「ありがとう」って言いたい。
ただ使うだけじゃない。
どう使うかで、自分自身も、誰かの一日も、ちょっとだけ明るくできるんだ。
──このときの俺はまだ、“この先に待っている現実”の重さを、ほんの少しも想像していなかった。
補足
聖地巡礼として有名な『らき☆すた』は2007年に放送開始です




