37話 自動化の夏
ニュースサイトを自動化してから、数日が経った。
毎朝、決まった時間に、新しい記事がサイトに投稿される。
俺はそれを、適当に確認するだけ。
俺がやることは、
・記事を作成すること
・天気サイトに投稿すること
・特集コラムを投稿すること
これだけになった。
ほとんど手をかけなくても、サイトはちゃんと動き続けていた。
(……これが、自動化ってやつか)
感動すら覚える。
でも――
本当の驚きは、そこじゃなかった。
ニュースサイトに載せたオリジナル記事。
たとえば「ネット動画配信時代の到来」とか、「ネット通販によるライフスタイルの変化」とか、そんな未来ちょい先取り系の話題。
それらが、意外なほどバズった。
SNSや掲示板で話題になり、そこからさらにアクセスが増えていった。
そして。
ニュース記事の下に、さりげなく貼っておいたリンク――
俺が運営する
【翻訳サイト】
【文章作成サイト】
【レシピサイト】
【天気予報サイト】
そこに、アクセスがどんどん流れ込んできた。
結果――
【収益報告】
7月分合計
205,430円
(…………え?)
ネットで計算して、数字を見た瞬間。
俺は、マジで二度見した。
(いやいや、落ち着け……)
目をこすって、もう一度見る。
……間違いじゃなかった。
20万超え。
中学三年生、14歳。
ネット収入で月20万越え。
(や、やば……!)
嬉しいというより、
軽く手が震えた。
もちろん、翻訳や文章作成の対応は、ほとんどChatGPTの自動翻訳+自動返信だ。
俺はチェックと、ときどき微調整するだけ。
正直、手間はそこまでかかっていない。
なのに――
こんな金額になってしまうなんて。
(……何買おうかな)
パソコンの画面を眺めながら、ふと思った。
せっかくなら、何か大きな買い物をしてみたい。
パソコン?
ゲーム機?
それとも、タブレットとか?
(いや、待て待て。浮かれるな俺)
たぶん、今のタイミングで無駄遣いしたら、あとあと後悔する気がする。
それに、両親にもちゃんと説明しなきゃ。
夜。
リビングで家族が揃ったタイミングを見計らって、俺は意を決して切り出した。
「母さん、父さん、ちょっといい?」
「なに?」
「この間話したサイトの収入……今月、20万超えた」
しばらく、沈黙。
母さんは、ぽかんと口を開け、父さんは新聞をめくる手を止めた。
「にじゅ、そんなに……?」
「うん。ニュースサイトから他のサイトに人が来て、翻訳とか文章作成の依頼がめちゃくちゃ増えてさ」
説明しながら、俺自身も改めて実感して、ちょっと怖くなった。
(マジで、こんなに上手くいくんだな……)
父さんは腕を組みながら、しばらく黙っていたが、やがてぽつりと言った。
「すごいな……」
母さんはまだ半信半疑みたいな顔をしていたけど、「体壊さない程度に頑張るのよ」とだけ、そっと付け加えた。
「うん、わかってる」
腕を組んでいた父さんが、低い声で、ぽつりと言った。
「……ここまで稼いだなら、税金のことも考えないとな」
「……え?」
思わず聞き返す。
税金。
サラリーマンの時は勝手に引かれていたが、サイト運営なら自営業になるため自分で納税する必要がある。
「日本では、年に100万以上の所得があったら、税金が発生する。20万も稼いだなら、あっという間に超えるだろう」
「……マジで?」
父さんは頷き、さらに続けた。
「だから、まず開業届を出せ。ネットで仕事をしてるっていう正式な届け出だ。それを出せば、青色申告もできるし、いろいろ節税できる」
「開業届……」
言葉だけはニュースサイトとかで聞いたことがあったけど、まさか自分が必要になるなんて、夢にも思ってなかった。
「心配するな、手続きはそんなに難しくない。事情を説明すれば、14歳でも個人事業主扱いにできる。
ただし、ちゃんと調べて、ルールを守れ」
父さんはそう言って、真剣な眼差しで俺を見た。
「……わかった。やってみる」
「まあ……」
父さんがまた話し出した。
「……20万も儲けたのはすごいが、こうなるとはすぐに思っていた」
いきなりそんなことを言われて、俺はきょとんとする。
「え?」
父さんは、少し笑って続けた。
「ちょうど話そうと思ってたんだがな。前に、会社のホームページ作ってくれただろう?」
(ああ、そんなこともあったな)
先月、父さんに頼まれて、会社のHPを作った。
無料素材とChatGPTを使いながら、それっぽくまとめたやつだ。
正直、大したことはしていない、と思っていた。
「それを会社で見せたらな、みんな驚いてたよ。『こんなにちゃんとしたのが作れるのか』ってな」
「へぇ……そうなんだ」
知らなかった。
父さんの会社の人たちが、そんなに真剣に見てくれてたなんて。
「それでな、お前が作ったホームページをベースに、うちの会社全体のHPを構築したいって、部長やら、その上の役員やらが言い出してな」
父さんは苦笑しながら、マグカップをくるくる回す。
「実は社長も、お前を一度会社に呼びたいって言ってた。お小遣い渡すから、だと。……どうする?」
父さんは、ごく自然にそう聞いてきた。
軽い口調だけど、たぶん本気だった。
少し考えて――俺は、ふっと笑った。
「いや、別にいいよ。父さんの手柄ってことにしてくれて」
父さんは目を細めて、なんとも言えない顔をした。
「……そうか」
父さんは、コーヒーを一口飲んでから、ふと真面目な声で言った。
「社長はな、10万くらい払おうって言ってたんだが……本当にいいのか?」
金額を聞いて、一瞬だけ驚いたけど、俺はすぐに頷いた。
「うん。運営はどうせ業者に任せるんでしょ?基礎を作るだけなら、俺にとってはそんなに難しくないし」
父さんは、じっと俺の顔を見つめたあと、「……そんなものか」と、小さく笑った。
重く受け止められるより、こうして軽く流してもらえるほうが、今はありがたかった。
俺も、肩の力を抜きながら続けた。
「むしろ、俺が作ったものを使ってくれる人がいるっていうだけで、十分うれしいよ」
本心だった。
自分の作ったものが、誰かの役に立つのはやっぱりうれしい。
「そのかわりさ」
俺はふと思いついて、父さんに言った。
「俺のサイト、紹介しといてよ。天気予報のサイトと、ニュースサイト」
父さんは、ちょっと意外そうに眉を上げた。
「ん? ああ、そんなのでいいのか?」
「うん」
俺は頷く。
別に、感謝の言葉とか、報酬とか、そういうのはいらない。
ただ、自分が作ったものが誰かの目に触れて、誰かの役に立つかもしれないっていうだけで、十分だった。
「……会社で言っとけばいいんだな」
「そうそう。社員の人たちにちょっと話してくれればいいよ」
父さんは「ふむ」とだけ呟いて、あとは何も言わずに、静かに頷いた。
(ニュースサイトの読者が増えたら、そのうち、翻訳とか文章代行サイトにも勝手に流れていくだろう)
そんな計算も、頭の片隅にあった。
でも、別にガツガツ売り込みたいわけじゃない。
自然に、流れるように。




