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33話 side 06 変わった息子

四月になって――

私は、なんとなく、息子・恭一が変わったような気がしていた。

 

最初にそれをはっきり感じたのは、三年生になってすぐの、実力テストのときだった。

 

担任の先生から電話があった。

 

《恭一くん、今回の実力テストで国・数・英すべて90点超えでした。平均点が50点程度だった中で、素晴らしい成績です》

 

それを聞いたとき――

私は正直、耳を疑った。

 

(えっ……うちの恭一が?)

 

これまで、恭一はどちらかといえば「普通の子」だった。

 

学校にはちゃんと通っているけれど、特別成績が良いわけでもない。

休み時間は友達とゲームや遊びの話ばかりしていたし、家では、勉強よりも漫画やパソコンで遊んでいる時間の方が多かった。

 

だから――

まさか、学年トップクラスの点数を取ってくるなんて、考えたこともなかった。

 

(カ、カンニング……?)

 

一瞬、そんな失礼な疑いすら浮かんだ。

 

だけど、先生の話では、試験範囲は過去二年間すべてからバランスよく出題されていたという。

しかも、恭一は単に点数が高かっただけじゃない。

どの教科も、まんべんなく得点していたらしい。

 

「これはカンニングでは無理です。実力で取ったと見て間違いありません」

 

先生はそう断言していた。

 

(……本当に、あの恭一が?)

 

私は、家でテストの答案を見せてもらった。

きれいな字で埋められた解答用紙。

問題の意図をきちんと理解しているのが伝わる、簡潔な答え。

 

それを見たとき、心の中にじんわりと温かいものが広がった。

 

(頑張ってたんだ……気づかなかっただけで)

 

誇らしさと、申し訳なさが、胸に込み上げた。

 

 

 * * *


 

それからだ。

 

恭一の「変化」が、次々と目に見えるようになったのは。

 

ある日、夕飯を作ろうと冷蔵庫を開けていたとき。

 

「母さん、冷蔵庫の中、鶏肉とピーマンある?」

 

「うん、あるけど……」

 

「じゃあ、それで炒め物作ろうよ。ピーマンは縦に細切りにして、鶏肉は一口大に。塩コショウと、最後にちょっとオイスターソース入れると美味しいよ」

 

そんな風に、料理の提案をしてきた。

 

(え……?)

 

思わず手を止めて、顔を見た。

 

今まで、料理に興味なんてなかったはずなのに。

 

しかも、びっくりするほど的確なレシピだった。

 

さらに数日後。

 

恭一は、広告の裏紙に何か書いたのを持ってきて、こう言った。

 

「一週間分の献立、考えてみた」

 

そこには、冷蔵庫にある材料を使い回しながら、バランスよく組み立てられたレシピ案が並んでいた。

 

月曜:鶏ももとピーマンの炒め物

火曜:豚こま肉とキャベツの味噌炒め

水曜:サバ缶の炊き込みご飯

木曜:じゃがいもとベーコンのグラタン風

金曜:簡単カレー

土曜:冷凍うどんで鍋焼きうどん

日曜:卵とじ親子丼

 

(……なにこれ、すごい)

 

思わず声が漏れた。

 

材料も無駄なく、バランスも考えられている。

毎日作る立場からしても、「これなら負担にならないな」と思える内容だった。

 

「これ、どこかで見たの?」

 

私がそう尋ねると、恭一はにっこり笑って、こう言った。

 

「ちょっとパソコンで考えた」

 

(……パソコン、ね)

 

正直、そのときはあまり深くは考えなかった。

 

「最近の子は、パソコンも上手に使うんだなあ」ぐらいに思っていた。



それから、恭一は――

まるでスイッチが入ったかのように、パソコンにのめり込んでいった。

 

学校から帰ってきては、机に向かい。

夕飯を食べた後も、カタカタとパソコンのキーボードを叩き続ける。

 

勉強はもちろんしている。

だけどそれ以上に、パソコンに向かう時間が、どんどん増えていった。

 

(そんなに楽しいものなのかな……?)

 

最初は、少し心配もした。

 

親としては、どうしても「パソコン=ゲームか遊び」みたいなイメージがあったから。

 

でも、ちらっと画面を覗いても、ゲームの画面は一度も映らなかった。

 

代わりに、白い画面に、びっしりと文字の羅列。

 

何やら英語や記号みたいなものを打ち込んでいた。

 

(これって……プログラミングってやつ?)

 

ニュースで聞いたことがあるだけで、実際に自分の息子がやっているのを目にするとは思わなかった。

 

 

 * * *


 

そんなある日。

 

「母さん、ちょっといい?」

 

夕飯後、恭一が真剣な顔で言った。

 

「……なに?」

 

内心、ドキッとした。

 

「えっと、母さんの銀行口座、ちょっと使わせてほしいんだ」

 

「……は?」

 

一瞬、耳を疑った。

 

銀行口座?

お金?

 

まさか――

ネット詐欺とか、何か悪いことに巻き込まれたんじゃないだろうか。

 

(まさか……!!)

 

動揺を隠せず、すぐに問いただした。

 

「ちょ、ちょっと待って。何に使うの?変なサイトに騙されてないでしょうね?」

 

恭一は、苦笑いをしながら手を振った。

 

「違うよ!レシピサイト、作ったじゃん?

あれ、広告が付くことになったんだ。それで、収入が入るから、その振込先が必要で……」

 

「レシピサイトって、あの……?」

 

あの、冷蔵庫の食材で一週間の献立を考えてくれたときの、あの話だ。

 

私は半信半疑のまま、パソコン画面を見せてもらった。

 

すると、そこには――

 

素人とは思えない、きれいに整ったレシピサイトがあった。

 

レイアウトもシンプルで見やすく、材料や手順も、ちゃんと整理されている。

 

(え……これ、本当に恭一が作ったの?)

 

驚きと、少しの誇らしさが胸に広がった。

 

「最近の子って、こんなことまでできるんだな……」

 

小さく呟くと、恭一は、ちょっと照れくさそうに笑った。

 

 

 * * *

 


それから間もなく、今度はこんな話をしてきた。

 

「翻訳サイトも作ったんだ」

 

「翻訳……?」

 

またしても、聞き慣れない単語だった。

 

「英語から日本語、日本語から英語に訳すサイト。ネットで翻訳依頼を……」

 

「そんなの、本当にできるの?」

 

私は半信半疑だった。

 

だけど、恭一はあっさりとパソコンを見せて、翻訳サイトの画面を見せてくれた。

 

簡単な文章を打ち込んで、送信ボタンを押す。

 

すると、すぐに英訳された文章が出てきた。

 

(……すごい)

 

もう、何がなんだかわからないけれど、とにかく「すごい」のだけは、はっきりわかった。

 

「最近、ちょっとずつ依頼も来てるんだよ」

 

そう言う顔は、どこか誇らしげだった。


「母さん、今月分、入金あったから」

 

ある日、そんな風に言われて、私は何気なく通帳を記帳した。

 

そして、目を疑った。

 

(……一万円以上?)

 

サイトの収入。

確かにそんな話をしていたけど――

正直、数百円くらいのものだと思っていた。

 

遊びみたいなもので、「ちょっとお小遣いが増えたらいいね」程度の話だと。

 

だけど、記帳された金額は、1万円をはるかに超えていた。

 

(えっ、えっ……?)

 

思わず通帳を持った手が震える。

 

(こんなに稼いで……なにか、危ないことに手を出したんじゃないでしょうね!?)

 

頭をよぎったのは、やっぱり「ネット詐欺」とか「悪い商売」とか、そんなネガティブな想像だった。

 

慌てて、リビングにいた恭一を呼び出す。


 

 * * *


 

話し合った結果――

私は心から安心した。

 

恭一は、きちんと自分の頭で考えていた。

 

どうやってサイトを作ったのか。

どんな仕組みで広告収入が入るのか。

なぜそれが違法でも危険でもないのか。

 

一つ一つ、言葉を選びながら、私にも分かるように、丁寧に説明してくれた。

 

(ちゃんと考えてるんだ……)

 

思わず、胸が熱くなった。

 

小さい頃は、「ママー!これやってー!」って甘えてばかりだったのに。

 

今では、ちゃんと社会の仕組みを理解して、自分の力で動こうとしている。

 

(……本当に、成長したなぁ)

 

 

 * * *


 

それからというもの、私は恭一を見る目が少し変わった。

 

勉強も、サイト運営も、黙々と、真剣に取り組む姿。

 

友達と遊ぶ時間を削ることもあるけれど――

それも、本人が選んでやっていることだ。

 

(将来は、IT系に進むのかしら)

 

ふと、そんなことを思った。

 

最近は、IT関連の仕事が人気だとニュースで聞く。

プログラマー、エンジニア――

 

恭一の性格なら、きっとどこかでうまくやっていく気がした。

 

「子どもは勝手に育つ」なんて言うけれど。

本当に、あっという間に、親の手を離れて育っていくものなんだな、と。

 

少し、寂しくもあり、それ以上に、誇らしかった。

 

 

 * * *

 


そんな折――

 

「母さん、出版社からメールが来た」

 

夕飯後、恭一がパソコンを開いたまま、そんなことを言った。

 

「……出版社?」

 

最初、何の話か分からなかった。

 

「レシピサイト見た人が、レシピ本出しませんかって」

 

(え、えええええっ!?)

 

驚きすぎて、思わず雑誌を落としそうになった。

 

だって――


本を出すなんて。

普通は、何年もかけて実績を積んだり、プロの料理研究家になったりして、やっとたどり着ける世界だ。

 

それなのに。

うちの、まだ中学生の息子が――

 

自分で考えたレシピで、サイトを作って、たくさんの人に見てもらって。

 

その結果、出版社から声をかけてもらったなんて。

 

(本当に……すごい)

 

嬉しいのと、信じられないのとで、少し複雑な気持ちになった。


でも――

パソコンに向かってコツコツと作業を続けていたあの背中を、私はちゃんと見ていた。

自分の頭で考えて、自分の手で動いて、未来をつかもうとしている姿を。


思えば、最近の恭一はあまり「分かってほしい」とも言わない。


それでも――

私はちゃんと、見てるよ。

第5章までお読みいただき、本当にありがとうございました。


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