30話 レシピ本……?
パソコンの画面に映る、【レシピ本出版のご提案】というメール。
何度読み返しても、やっぱり夢じゃなかった。
(……本当に、俺にオファーが来たんだ)
嬉しさよりも先に、冷静な現実感が胸に押し寄せてきた。
(でも――これ、どう考えてもおかしいよな)
レシピの内容は、確かに俺が作ったものだ。
けど、レシピ本を見た第三者は、当然こう思うはずだ。
「これ、本当に中学生が作ったのか?」って。
料理の手順も、食材の選び方も、普通の中学生が出せるレベルじゃない。
(……絶対、突っ込まれる)
「親が手伝ったのかな?」とか、「どこかからパクったんじゃないか?」とか。
最悪の場合、信用を失うかもしれない。
(だったら――最初から、素直に“母親の作品”ってことにしよう)
そう思った。
実際、母さんもレシピを使ってくれてるし、料理のセンスだってある。
俺が主導で考えたレシピでも、「家庭の味」っていう空気感も十分にある。
名義だけ、母さんに。
そうすれば、出版社も納得するはずだ。
(でも、まず母さんに話を通さないと)
思い立ったら、すぐ行動。
俺はリビングに向かった。
母さんは、ソファで雑誌を読みながら、くつろいでいた。
「母さん、ちょっと話がある」
「あら、どうしたの? 真剣な顔して」
俺は深呼吸して、向き合った。
「実は――俺のレシピサイトに、出版社から連絡が来たんだ」
「……え?」
雑誌をぱたんと閉じる音がした。
母さんが、目を丸くしてこちらを見る。
「出版社って……本を作るとこ?」
「うん。レシピサイトを見た編集者さんが、“本にしませんか”って誘ってきた」
「本に……?」
驚きと困惑が入り混じった顔。
それも当然だ。
だって、普通なら、中学生に出版のオファーなんて来るわけがないんだから。
俺は、できるだけ落ち着いた声で続けた。
「でもさ、よく考えたら、“中学生がレシピ考えた”って、不自然だろ?」
「……まあ、確かに」
「だから、お願いがあるんだ」
母さんは黙って頷き、続きを待っていた。
「出版するなら、“母さんがレシピを作った”ってことにできないかな」
一瞬、空気がぴんと張り詰めた。
俺は急いで付け加える。
「もちろん、母さんに負担かけるつもりはないし、書類とか連絡とか、全部俺がやる。名前だけ、母さんの名前を借りたいんだ」
母さんは、しばらく黙っていた。
雑誌を膝に置いたまま、真剣な表情で考え込んでいる。
俺も、黙って待った。
今まで、いろんなお願いをしてきたけど、今回ばかりは簡単に「いいよ」って言える話じゃない。
名前を貸すってことは、その結果に責任を持つってことだ。
万が一、何かトラブルがあったら――
全部、母さんに降りかかるかもしれない。
(それでも、頼みたい)
今しかない。
このチャンスを、絶対に逃したくない。
だから、
俺は覚悟を決めて、もう一度深く頭を下げた。
「お願いします。母さんの名前を、貸してほしい」
リビングに、静かな時間が流れた。
時計の秒針の音だけが、やけに大きく響く。
沈黙が続いたあと、母さんがそっと口を開いた。
「……ちょっと、いい?」
「うん」
俺は姿勢を正して、母さんの言葉を待った。
「そのレシピ……本当に、あんたが考えたの?」
ドキリとした。
やっぱり、そこに突っ込まれるか。
「まさか、本に載ってるレシピとか、ネットにあったレシピを、そのまま載せてるんじゃないでしょうね?」
母さんの目は真剣だった。
疑ってる、というより、ちゃんと確認しなきゃいけないと思っている――
そんな気持ちが、伝わってくる。
(そりゃ、当然だよな……)
本にするってことは、誰かがちゃんと責任を持たなきゃいけない。
もし他人のレシピをパクってたなんてことになったら、取り返しがつかないことになる。
俺は、ゆっくりと口を開いた。
「自分で考えてる……って言っても、実は、俺ひとりで全部やってるわけじゃないんだ」
母さんが、じっと俺を見つめる。
「ちょっと、パソコン見てくれる?」
俺はパソコンを持ってきて、いつもの画面を呼び出した。
そして、ChatGPTに向かって、
簡単なリクエストを書き込んだ。
【冷蔵庫に鶏もも肉とじゃがいもがある。
これを使って、簡単にできる夕飯レシピを考えてください】
数秒後。
画面には、分かりやすく整理されたレシピ案が表示された。
鶏肉とじゃがいものバター醤油炒め。
下味のつけ方、焼き方、仕上げのコツまで、びっしりと書かれている。
母さんは、驚いたように目を丸くした。
「えっ……こんなに早く?」
「うん。これが、“AI”ってやつ」
俺は、なるべくわかりやすく説明した。
「俺がやってるのは、こうやってAIから提案をもらって、それを自分なりにアレンジしたり、文章を直したりしてまとめる作業」
「だから、どこかのサイトをパクったわけじゃない。ゼロから作ってるっちゃ、作ってるんだ」
母さんは、食い入るように画面を見ていた。
(たぶん、半分も仕組みは理解してないだろうけど)
それでも――
ちゃんと「自分で考えたんじゃないのか」という疑問には、
誠実に答えられたはずだ。
母さんは小さく息をつき、俺を見た。
「……すごいね、これ」
ぽつりと、そう呟いた。
「これなら、確かに、あんたが全部一から考えたって言っても、嘘にはならないか」
「うん」
「AI……って、なんだかよくわからないけど、でも、あんたがちゃんと一生懸命やってるのはわかる」
優しく、そう言ってくれた。
胸の奥が、じわりと温かくなる。
(……よかった)
少しでも誤魔化したり、曖昧にごまかしたりしてたら、きっと、母さんには見抜かれていた。
でも、ちゃんと正直に話したから――
こうして信じてもらえた。
母さんはふうっと小さく息を吐き、ソファに深く背を預けた。
「まあ、出版社に返事する前に、どんなふうに話をまとめるか、ちゃんと考えようね」
「うん、わかってる」
俺も素直に頷く。
パソコンの画面には、さっき生成したレシピがまだ映っていた。
それを眺めながら、改めて、心の中で小さく誓った。
(よし、レシピサイトを頑張ってきたのが認められた!!)
母さんは、出版社のメールを何回も読み返しながら言った。
「じゃあ、出版社には、私から返信しておくね」
「うん、お願い」
俺が頷くと、母さんはメールアプリを開いて、ゆっくりと文字を打ち始めた。
『ご連絡ありがとうございます。息子と一緒に作成したウェブサイト……』
そんな感じの、丁寧な文章。
送信ボタンを押したあと、母さんはほっと息を吐いた。
「ちょっとドキドキするね」
「……うん」
俺も、胸の奥がじわじわ熱くなった。




