29話 広がる野心
パソコンの前に座りながら、
俺はぼんやりと天井を見上げていた。
(レシピサイト、翻訳サイト、天気予報、作文……)
いろんなサイトを作ってきた。
どれも、少しずつ成果が出てきている。
でも、どこか物足りなかった。
もっと、一気に加速できる方法はないか――
そんなことを、ずっと考えていた。
(どうすれば、もっと広げられる?)
サイトを更新して待つだけじゃ、限界がある。
SNSみたいなものも、2005年にはまだ普及していない。
人が人を呼ぶ仕組みを、自分で作るしかない。
(……そうだ)
ふと、ひらめいた。
(ニュースサイトを作ればいいんじゃないか?)
自分でニュース記事を作って、そこにレシピサイトや翻訳サイトへのリンクを貼る。
自然な形で、自分のサイトを紹介する。
(例えば、「今注目の簡単レシピ特集!」みたいな記事を書いて、そこに自分のレシピを紹介するとか)
(「無料で使える翻訳サービスまとめ!」とか言って、自分の翻訳サイトを押し込むとか)
考えれば考えるほど、このアイデアは理にかなっている気がした。
(しかも、ニュースサイトっていう形なら、いろんなジャンルの記事を書ける)
レシピだけでも、翻訳だけでもない。天気の話題、作文のコツ、
ちょっとした暮らしの裏技――
なんでも“記事”にして発信できる。
(うん、これだ)
自分で自分を宣伝する。
それも、いやらしくなく、自然な形で。
(今のうちに、やっておいた方がいい)
なぜなら、今はまだネット上にライバルが少ないからだ。
将来、この世界はとんでもないスピードで変わる。
大手メディアがネットに本腰を入れる前に、少しでもポジションを取っておく。
(できる、今なら)
俺は勢いよくパソコンを開き直した。
新しいサイト用のフォルダを作る。
【ニュースまとめてみた(仮)】
中学生がニュースサイトを運営なんて、普通ならあり得ない話だけど――
俺の中身は34歳の元社会人だ。
やろうと思えば、ちゃんと「それっぽい記事」を作れる自信がある。
まずは時事ニュースからどんどん書いていこう。
政治、経済、などの昨日のニュースを見て、それをChatGPTにまとめてもらう。
『米ブッシュ大統領が6月30日に……』
よし、いい感じに2分で1記事が完成する。
この調子でまとめていくか。
それとは別に今、レシピサイトがバズっている流れに乗る。
「簡単!炊飯器チーズケーキ特集」とか、
「疲れてる人必見!10分でできる夜ごはんレシピまとめ」とか。
そういう記事を書いて、リンクを貼る。
自然な流れで、自分のレシピサイトに誘導する。
(いいね、悪くない)
パソコンの前で、俺は腕を組んだまま、真剣に考え込んでいた。
(さて……ニュースサイト、どう作るか)
ただ「ニュースサイトを作る」ってだけじゃダメだ。
ちゃんと戦略を立てないと、せっかく作っても、誰にも見向きもされない。
まず、コンセプトを決める。
(よくあるニュースっぽいサイト……じゃつまらない)
俺が目指すのは、ニュースを簡単な文章で書いているサイトだ。
正直ニュースと言うのは文体が固い。
なら、多少優しい感じの文体にして、中高生でも読めるようにしよう。
それと、レシピや翻訳サイトも紹介するから、時事ニュース以外も記事を書いていくか。
たとえば――
• 家で作れる簡単レシピ特集
• 翻訳に役立つ英語ワンポイント講座
• 雨の日に役立つ天気対策グッズまとめ
• 夏休みの宿題攻略法(作文編、自由研究編)
そんな、生活に近いネタ。
(俺たち普通の生活してるやつにとって、“ちょっと得する情報”って、結構嬉しいもんな)
だからサイトのコンセプトは、【毎日ちょっと得するニュースサイト】――そんな感じだ。
次に、カテゴリ分けも考える。
サイトを見やすくするためには、ジャンルをきれいに分けておくのが大事だ。
例えば――
◆ニュース
◆エンタメ
◆教育育児
◆地域
◆小ネタ・コラム
このくらいの分け方なら、今運営してる各サイトともリンクできるし、どんな記事でも自然に収められそうだ。
(よし、まとまってきた)
さらに、記事の構成についてもざっくり考える。
記事はできるだけ短く、テンポよく読めるようにしたい。
文字ばっかり並んでたら、読む気が失せるからな。
目安として――
• 1記事800~1200字程度
• 要点を最初にまとめる
• できれば2~3個の小見出しを入れる
こんな感じだ。
(写真とかイラストがあったらもっといいけど……今は無理せず、まずは文章だけでいこう)
シンプルでも、情報が役立つなら、それだけで十分だ。
そして一番大事なのは――
自然な導線を作ること。
記事の最後に、さりげなく自分のサイトを紹介する。
たとえば、レシピ特集の記事なら、
「炊飯器で作れる絶品チーズケーキ!詳しい作り方はこちら」
→ 【レシピサイトへのリンク】
こんなふうに。
押し付けがましくなく、興味を持った人だけが自然にクリックしてくれる形にする。
(無理に押し売りしない。興味を引く。これ大事)
自分で自分を宣伝する。
だけど、それに気づかれないくらい、さりげなく。
そんなサイトにしたい。
(……なんか、楽しくなってきたな)
目の前に広がる、まだ白紙の世界。
ここに、どんな記事を積み重ねていくか。
考えれば考えるほど、ワクワクしてくる。
* * *
ニュースサイトの構想をまとめ終えて、俺は大きく伸びをした。
(よし、準備は整った)
新しい武器を手に入れた気分だ。
このまま一気に作業を進めようか――
そう思ったときだった。
ピコン。
パソコンの隅で、新着メールの通知が鳴った。
(誰だろ)
何気なくメールボックスを開く。
件名を見た瞬間、思わず手が止まった。
【ヤマダ出版社 編集部より:レシピ本出版のご提案】
(……は?)
二度見する。
でも、間違いなくそう書いてある。
震える指でクリックし、本文を開く。
初めまして、ヤマダ出版社編集部の安藤と申します。
このたび、貴サイト『毎日ごはんレシピ』を拝見し、
非常に実用的かつ親しみやすいレシピに感銘を受けました。
つきましては、貴サイトのレシピをもとに、
一冊のレシピ本として出版を検討させていただきたく、ご連絡いたしました。
一度、お話をさせていただけますと幸いです――
(……マジかよ)
頭が真っ白になる。
レシピ本、出版?
俺が?
このレシピで?
一瞬、冗談か詐欺かとも思ったけど、送信元のドメインはちゃんと大手出版社のものだった。
(夢、みたいだな……)
パソコンの画面を見つめたまま、胸がじんわりと熱くなる。
14歳、中学3年生。
サイトを立ち上げて、たった数ヶ月。
その俺に、出版社からオファーが来るなんて――




